火花
「君はアズマンド殿の事をどこまで知っているんだい?」
アズマンド邸を出されてからの沈黙をテリーヌが破る。
「リーアの父で、果物商という事になってます。外国のいろんな珍品を集めるのが趣味」
「僕の武器は、僕の無害性だ。君は僕が無害性を武器にしている事に気が付いているが、それでも脅威ではないと考えている」
さわやかで涼しげなテリーヌの空気とは別の、冷たい空気が蟲車を満たす。
「君は気が付いているはずだ。アズマンド殿は君を脅している。故郷の家族がどうなっても知らないぞと」
「……」
「否定しないなら続けよう。僕は僕の武器でもってあらゆるフライトスタイン派と繋がりたい者達の窓口になっている。その都合で古今東西あらゆる珍品を食べているが、今日の焼き菓子はしらない。すこしでも有名な物はほぼ網羅している僕が知らないとなると、相当小さな地域で無名の物という事になる」
「私の故郷は良いところですよ」
「そうだろうね。君がその証拠だ。そして、アズマンドは情報を得た。君は脅された。そして、友達の情報を売った。常人の目にはそう写るだろうね」
「まぁそういう見方もあります。でも故郷を思い出させてくれたお礼、とも受け取れますよ」
「いや、それは無い。君はアズマンドに敵対的だ。お礼なら反撃や挑発は必要ない」
窓に向かいの蟲車の姿が巻き取られて、消える。
「君はとても賢い。僕は始めは君を守ろうかと考えたんだ。そして、ああ。まどろっこしいね」
「蟲車はまだ何処にも着きませんよ」
テリーヌは話しながら考えを伝える事で、ワロゼリオに敵対されないよう無害性を示している。が、話しているうちに徐々にはす向かいにすわるワロゼリオの気配が大きくなり、押しつぶされてしまうような気分になった。本当はゆっくり、穏やかに会話の調布を握らなければならないのに、すぐに蟲車を飛び出してしまいたかった。最初はワロゼリオを気の毒に思っていたのに、いつの間にか彼女に自分の無害性を示して助かる事を考えている。
「故郷に家族を残していないのかい?」
「両親は居ますよ。もうずいぶん年ですけどね」
テリーヌは「脅しが怖くないのか」という意味で聞いたのだ。ワロゼリオがそれを理解できないわはずはない。受け流された返答は、どういった意味だろうか。脅しなど少しも怖くないという意味だろうか。
「故郷は良い所でしたよ」
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粉挽き屋は何時の世も嫌われ者だ。領主からは税を取られる。農民から税を毟る。板挟みにあって首が回らなくなるか、力を持って幅を利かせる。少し裕福で、余裕もある。
シェルギスタン王国中域の小さな村にも粉挽き屋がいる。どちらかといえば幅を利かせ、例に漏れず嫌われている。
この家に女の子が産まれた。名前は仮で「プト」と付けられた。プトはすくすく大きくなった。村で虐められそうになっても、年の離れた二人の兄が助けてくれた。
3歳になった頃、プトは自分の心の底からの欲に気がついた。目に映る全てが欲しい。きっかけは単純で、兄二人が都会へ行ってしまった喪失感からだった。両親はプトに甘くなったが、プトの欲はそんなものでは満たされなかった。自分は何もかも欲しいのだ。
手始めにプトは組織を作り始めた。子供たちだけの秘密の集まりだ。自分をリーダーに据えて指揮を取れば、村の子供たちは全員自分のものになった。
プトが一声かければ、村中の奇麗な石を集められた。世界は自分の思い通りになった。
ある時、プトは教会の屋根に登った。嵐の夜に瓦が飛んでいったので、鳶職人が修理の為に梯子をかけていた。職人には気づかれなかった。
遠くまで見えた。いつもは視界を遮る木々も、風で靡いて、頭を下げてくれているようだった。
城があった。小さく小さくあった。村の中のどの石よりも小さかった。けれども、どの石よりも綺麗だった。真っ白な城壁と、翡翠の屋根が眩しかった。絶壁のような大岩を掴むように建てられたそれは、プトの心も掴んで離さなかった。
職人に怒鳴られるまで、プトはボンヤリと立っていた。頭の中では、どうやってあの城を手に入れるかだけが何度も考え巡らされていた。
四歳になった時、プトは正式な名前を得た。両親を言い負かし、自分で名前をつけた。「全て」という意味で、ワロゼリオと名乗った。




