表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
燃えよ  作者: 帽子男/Hatt
新章
35/36

食事会

 「テリーヌ殿、お久しぶりですな。お変わりなく?」

 テリーヌさんの手を取って蟲車を降りれば、九人の使用人がズラッと並び、その奥に小太りのオジサンが見えた。上等な質の服だ。あれがアズマンド本人だろう。

 「お陰様で。そちらもお元気そうでなにより」

 双方、軽く胸の前で手を組む。もちろん私も。修道士は皆、この挨拶をする。

 「やぁよく来てくれたね。話は聞いているよ」

 アズマンドは私にも個別で挨拶をした。一度手を解いた手前、再度組むわけにいかず、一瞬手持無沙汰になる。これは失礼にあたるだろうか?

 「初めまして。ワロゼリオと申します」

 事前の練習通りに礼をする。

 「今日は日差しが強うございます。中へどうぞ」

 一番偉そうな使用人が少しずれて、扉が視界に入る。

 


 「テリーヌ殿には悪いのだが、実は儂が本当に用があるのはワロゼリオ殿なのだよ」

 食卓には五人が着いているが、盆は四つしかない。上座のホスト、つまりアズマンドの前には代わりにポットとカップが置かれている。少し蓋をずらして香りを楽しむアズマンド。ロゼの元にも少し漂ってくる。気分が落ち着く。独特な酸味のある香り。

 「おや。そうだったのですか。てっきり前にお話した珍味好きを覚えていて下さったのかと」

 テリーヌさんの眉が下がる。姿勢も体格も良い青年には、悲しい顔は似合わないと自然に思わせられる表情だ。

 「いや、忘れていたわけではないんだ。証拠に、珍味は用意してある。君、あれをお客さんに」

 アズマンドは一瞬使用人を見る。さッと扉へ吸い込まれる偉そうな使用人。それを追うようにもう一人が扉へ向かうも、何事かを言い使って引きとどまる。

 「あ。これは失礼しました。催促したような形になってしまって」

 「いい。いい。先に失礼を働いたのは儂の方だ」



 「お口に合うかな」

 「ええ。故郷の味です」

 「それは良かった」

 食事はスパイス入りの焼き菓子だった。懐かしい。一年と少しぶりだが、鼻に抜ける香りが記憶を思い起こさせる。

 「察してはいるだろうが、娘の様子を聞きたいのだ」

 「私の語れる範囲であればなんなりと」

 「どうも儂はリーアに嫌われてるようでな。偶の休みにも顔を出してくれんし、学校の話もなにも教えてくれん」

 「そういわれれば不思議ですね。リーアは長期休みもずっと寮にいました」

 「そうだろう?せめて手紙を返してくれても良いのに」

 誰も口を挟まない。というか挟めないようにアズマンドが誘導している。何かを言いたそうにしているテリーヌ殿には、さっき焼き菓子をとりに行かなかった方の使用人が相手をしている。アズマンドはテリーヌ殿の事をよくわかっているようだ。テリーヌ殿は誰にでも優しい。使用人見習いに見える人物が、失敗を重ねる事でお咎めを受ける事に心を痛めるほどには。

 「リーアは楽しそうかね?」

 「毎日楽しそうですよ。特に相撲部の時とか」

 テリーヌ殿の顔が一瞬シワクチャになる。本当に一瞬、私にだけわかるほどの速さだ。が、無視する。

 「ああ。蟲相撲部の事は聞いているよ。あいにく儂は忙しくて学祭を見に行ってやれなかった。ぜひ聞いておきたい」

 「今年入った後輩と早速仲良くしているみたいですよ。先輩からも好かれているし、蟲とも相性抜群ですね。一年生で最上級生を追い詰めたんですから、将来はどうなる事やら」

 「ほう。そりゃ誇らしいね」

 「楽しみだねとは言わないのですね」

 「……」

 流れるように上機嫌に話しを聞いていたアズマンドの動きが固まる。

 「他には学祭実行委員もなかなか楽しそうでしたよ。今年度も立候補するとか」

 何事も無かったかのように会話を続ける。こちらの手では会話を止めない。

 「私も誘われましたよ。考えておくとだけ答えましたけどね」

 「儂としては君にも入ってもらって、様子を教えてもらいたいものだ」

 アズマンドが動きを止めたのはさっきのテリーヌ殿のしかめっ面と同じ時間ほどだけだ。つまり、私の他は気が付いていない。

 「そうは言いましても、私もやりたい事がありますからね」

 「今日の食事が報酬という事にならんかね」

 「今日の食事は今日の話の分だけです」

 「はは。かなわんね」

 テリーヌ殿がなんとか隙をみて会話に混ざってくる。

 「今日のお茶は何処の物なんですか?焼き菓子はワロゼリオ殿の故郷の物だそうで、随分合うものですから」

 「お気に召したかな。これはジャフルト砂漠の物。蟲狩りが稀に卸してくれる希少な品だよ。茶葉をレンガ状に加工して乾燥させてある。表面を少しずつ鉋で削って煎じると最後までおいしくお茶が飲めるのだ」

 「ほぉ。聞いたことがないですね」

 「まぁ蟲狩り達の共有財産みたいな物で、一族全体が入用な時しか下ろされんらしいからな。作り方も葉の種類も、全て謎だ」

 「どうりで聞いたこと無いわけですね」

 アズマンドが自分の仕入にプライドを持っている事をテリーヌ殿は分かりやすくつついた。アズマンドが元の話に戻るまでに結構な時間が経つだろう。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ