帆船
「打ち込め!打ち込め!打ち込んだら走れ!!さっさと次を持ってこい!!!!」
「ボス!!砂で前が見えません!!」
「かまうな!!帆は全開だ!少しでも速度を落とせば引っ張られて砂の藻屑だ!!」
アキラは砂の隙間からちらちらと見える黄色の巨体を睨みつける。そして笑う。
「クソでかムカデめ」
甲板では27人の男達が怒号を飛ばし合っている。「早く出せ!」「こっちもだ!」「後ろにあるだろ!」「もうない!」「ロープから離れろ!死にてぇのか!!」
破裂音と共に、メインマストから伸びるロープの一本が弾ける。そして、哀れにも近くにいた船員を肩口から弾き飛ばす。幸運なのは、その船員はバリスタへ運ぶ大槍を運んでいて、威力の大部分をその槍が肩代わりした事だろうか。しかしそれでもその船員の服は一瞬で焼け焦げ、皮膚どころか筋肉がむき出しになっている。
「スルチャル!生きてるか!!」
弾き飛ばされた姿勢のまま、何とか右手を少し上げるスルチャル。
「ゼータ!あの場に固定してやれ!」
「もうやってるよ」
ゼータはマストにぶら下がって逆さまになった体勢から、二本の小さな槍を投げる。見事にスルチャルの服だけを捉え、体を甲板に固定する。その直後、船が大きく右に揺さぶられる。
「掴まれーーーー!!!」
叫ぶと同時、何人かの船員の体が宙に浮く。アキラは甲板に空いた穴に足首から先を入れて踏ん張っている。
「ボス!前!!!」
砂煙がさっと無くなり、前方への視界が晴れる。帆船に並走するように、巨大な黄色いムカデが走っている。目算だが400メートルはある。メインマストから伸びる何十本かのロープ。その反対の端は黄色い体に刺さった槍と結ばっている。そして、正面には岩。
アキラは即座に右足を穴から引っこ抜き、下に向かって叫ぶ。舵輪を左回転させるのも忘れない。
「左櫂を砂につけろ!!!!急速旋回する!!!」
そして、全体に向かって叫ぶ。
「全員!全力で船の左側に寄れーーーー!!!!」
ムカデは速度を落とさないまま左へ旋回し、船を遠心力で岩へ叩きつけようとしているのだ。
「こんな所で死にたくなかった」「かあちゃん」「走馬灯が見える」「ボスなんか信用するんじゃなかった」
口々に絶望の言葉を口に出す船員達。もみくちゃになって左側へ固まっているからか、不安が一瞬で伝播する。
「喋る余裕があるなら身を乗り出してでも重心を左へ寄せろ!!!」
話すうちにもぐんぐんと岩は迫ってきている。さらに、バギッと音を立てて左櫂がへし折れるのが聞こえる。
「蟲が近いよ!怖い!」「落ちる!」「あ、折れた」
舵輪が右へ回転しそうになるのを、限界を超えて押さえつけるアキラ。まるで時間が少しずつゆっくりになっていくかのような感覚があった。岩と船の距離と、時間の流れ方が反比例しており、ぶつかる時には時間が止まるのではないかとさえ感じた。岩は、甲板の影に入った。いよいよか、と覚悟もした。少しの鈍い衝撃と、何かを削り取るような音が鳴った。船は、岩のすぐ横を通り過ぎた。そして、また、時間がもとに戻る。
「右櫂破損!使用不能です!」
船室から声が聞こえて、アキラははっとする。生きてる。
「良し!!船体は無事だな!!打ち込み再開!!!ぼさっとするな!」
気のせいでなければ、ムカデの速度は最初よりも落ちている。血をながし、毒を撃たれ、体力を消耗していないはずが無いのだ。
「今仕留めなきりゃ俺達全員蟲狩りに首ちょんぱだぞ!!死にたく無いなら死ぬ気で働け!!!」
「ボス!槍がもうないです!!」
「良し!!ネコを行かせろ!!」
船員達が内部への通路を囲んだ。木製の檻を運び出しているのだ。中にいるのはネコではない。この世界にネコはいない。
「ボスには人の心がない」「思いついても普通やらない」「どうかしてる」「おお可哀そうに」
檻には、蟲がいる。テントウムシの幼虫そっくりの、あれだ。アキラは勝手にネコと呼んでいる。この世界の住人の認識も、おおよそその通りなので不自由しない。但し、愛着がわかないからといって今回のような運用をすると部下に下衆を見るような目を向けられる。
アキラは事前にネコを訓練し、五匹づつで連携を組んでロープを編みながら渡るよう躾けてある。それぞれのネコの首輪に、ロープを括り付ける。
「第一班を行かせろ」
ネコ達が五匹、ロープの上を歩み始める。
「手が空いたやつはスルチャルの手当てをしてやれ。それからバリスタと砲を入れ替えろ」
アキラが言い終わる頃に、バチンと音がしてロープが一本弾けた。弾き飛ばされ、ネコ達は後ろへ落ちていく。
「惨い……」「みてられねぇ」
「なら代わりに行くか。第二班だ」
第二班が甲板にでてすぐ、ムカデが体を大きく揺さぶり、ロープを波打たせた。また散り散りになるネコ達。
「第三班だ」
第三班のネコは四匹だ。代わりに一匹だけ、汚い茶色の蟲を使っている。一度に15匹ものネコを仕入れる事は出来なかったので、適当に商人が連れていた物を買ったのだ。間に合わせだがなかなかに賢く、物覚えが良かった。
「良し!!大砲を用意したな!あの槍の刺さった節の近くの足を狙え!周りの節なら多少当たってもいいが、槍へは当てるなよ!!それが終わったら手筈通りに蟲に乗り込むぞ!!」




