暗号通信
リーアは小さく跳ねながら部屋へ入った。すぐ下に紙溜まりがある。どれもロゼあての手紙だ。新学年になってから、ロゼとリーアはほとんど話していない。喧嘩などではない。ただ時間が嚙み合わないのだ。いっそこれらのように手紙でも書こうかと、リーアは試案する。
適当に一通拾えば、封筒の隙間から砂がこぼれた。封蝋になにもないので、そのまま取り出す。それから、封筒の中を嗅いだ。異国の臭いがした。ロゼの国の臭いとも違う、砂漠の国だ。隅にまだ砂が残っている。
便箋の方を見た。上質な紙ではない。季節の挨拶から始まり、自分達が健康であると続き、次は一月後に手紙を出す旨で締めらる。ごく一般的な手紙の作法に乗っ取った丁寧なものだ。が、違和感を覚えた。ロゼにどんな交友関係があっても不思議ではないが、何かが変だった。
「名前が無い」
封筒の裏には、ワロゼリオと、ジルガンティア教国国立学校の名前がある。しかし、手紙のどこを探しても差出人の名前が書いていない。
「ほんとはもう一枚あって、検閲で抜かれた……?」
封筒が高級品で、便箋がそうでもないのも奇妙だ。紙質が悪いせいで、所々斑点がある。なぜわざわざ便箋の質を下げたのだろうか?
「なにか……なにかまだある。わたしは絶対わかるはず。よく知ってるはず」
検閲で抜かれたとするなら、送り主が不用心すぎやしないか。適当な封蝋すら施していないのだ。では、名前を書く必要が無かったとか?それはなぜか?よっぽどロゼと親しいので封筒だけで気が付けるとか?手紙の度に、「次は何時々々に送る」と書く事で、最初の一通以外から名前を省いている?それか、気が付いていないだけで書かれている?
「暗号?」
暗号を使う事は違法だ。が、みればみるほど暗号に見えてくる。荒れた紙質の中の小さな斑点が一定の規則で並んでいる。手紙全体を格子状に分割した時、必ずひとマスに一つ斑点がある。
考えを出力しようと炭に手を伸ばすが、途中で止める。もしそれが暗号の証拠として誰かに見られれば不味い。仕方なく頭の中で全部解読することにする。
「......頻度的に鍵がいるタイプかも」
そこへ、ちょうどロゼが帰って来た。大きなハサミと金鑢を持っている。リーアを見て少し笑う。
「ョサイはなんて?」
「鍵無しでそれは無茶言う」
ハサミを壁に立てかけて、金鑢をもったままロゼは手紙の束を持ち上げる。四通落ちた。机上に出来上がる紙の山。のこりを拾うついでに鑢も壁に掛ける。
「国が黙ってないわよ?」
「バレたらの話だ」
山の一番上の一枚を開けて、ロゼは手を止める。リーアがゆっくりと言葉を吐く。
「サ、ン、ド、ウ、シャ、ア」
ロゼは手紙をさっとひったくる。唇に人差し指をあてて、少し眉を寄せる
「本当に読めるとは思わなかった」
「ョサイって名前が最後の文字だと仮定したら、読めた」
「出来てもするな。私の首がかかってる」
なら、しなければ良いのにという言葉をリーアは飲み込む
「そういえば私のに混じってリーア宛のもあったぞ」
一瞬だけ動きを止めて、視線を逸らすリーア。
「あー。まぁ来るとは思ってた」
封筒には『リーア』とだけ書かれている。他の、宛名以外を示す物はなにも書かれていない。
「誰が届けたんだ? 宛先が無いって事は直接ここへ持ってきたという事だろう? 知り合いなら挨拶ぐらい無いのか」
「多分……姉さん」
封筒の中は空だった。慣れた手つきでリーアは封筒を裏返した。『帰宅せよ。父』とだけ書かれていた。
近々大量投稿します