必殺技
「発揮良い!!!!」
掛け声と共に校長は右手を引き戻し、反動で後方へ回転、空気が後から追いかけるほどの速度だ。しかし空気は追いつく前に蟲と蟲の衝突により押しつぶされて散る。
リーアの反射神経は、常人のそれとは比較にならないほど速い。初動が速いという事はそれだけ有利で、少しでも有利を取られれば押し切られる相手である事をモユユェは理解している。故に、博打に出た。試合開始の合図を聞いて動き始めれば確実に初動で負ける事は分かっていたのだ。そこで、合図が出る瞬間を予想して飛び込んだのだ。
もし予想が外れて先に動いてしまった場合、反則負けとなるが、そんなことはどうでも良かった。博打をしなければ初動の勝負は確実に負けるのだ。
リーアの初動の脅威は部内では皆が知っていた。故に対策も何度も取られてきた。丁度それはモユユェの博打の通りで、山勘で飛び込むという物である。練習試合ならまだしも、この大舞台で博打に挑む胆力には大いに驚かされたが、練習でなんどもやられた手であるために何とか想定内だ。
低く、低く骨を震わせるほどの衝撃が一気に観客のボルテージを上げる。大声を上げていた実況者も息を詰まらせる。互いの頭角がつばぜり合いをして、ゴリゴリと削れる。
(いくらなんでもパワーが違い過ぎる!!!!)
リーアにとって想定外だったのは五本角種の力強さだ。確かに種族的に五本角種が優秀であることは間違いない。だが、単一角種もパワーがあるタイプの種なのだ。かち合った頭角に掛かる重さが尋常ではない。なんとかスタミナを犠牲にギリギリ耐えているが、今すぐ対処しなければ確実に押し切られる。
蟲を飛び写って乗り手落としを仕掛けようにも、モユユェはこちらをまっすぐに見ていて隙が無い。今飛び込めば急速に蟲を引かれて地面に叩き落されるだろう。
(今!仕掛けるしかない!!)
外骨格の上に膝を折り曲げ、今すぐにでも飛び込める体制になり、蟲に合図を出す。モユユェが一瞬だけ飛込を警戒する。
一瞬の警戒も解けないうちに、今度は単一角種が大きく羽を広げた。そして、それは、時間としては僅かだが、大きな隙を生む。二つの警戒の瞬間が重なり、思考に空白が生まれるのだ。それこそがリーアの狙いだ。
蟲の上体を少しだけ逸らし、つばぜり合いに僅かな隙間を作る。その隙間で頭角を五本角種の体の下へ潜り込ませる。これこそ必殺の構え。単一角種が愛される最大の技がそこにある。
「勝った」
観客席の誰かが小さくつぶやく。そしてそれは観客席の全ての人の思考の代弁でもあった。歓声が上がり、皆思わず立ち上がる。
メリメリと土俵から五本角種の足が引きはがされ、空中へ持ち上がる。誰もが勝負あったと考えたし誰も目から見てもそれは明らかだった。たった一人、モユユェだけはまだ諦めていなかった。
完全に地面から引きはがされるその直前に、五本角種は羽を開き、ふっと力を抜いた。張り詰めた力が解放され、蟲は上空に吹っ飛ぶ。空中で一回転し、全ての制御を失ったかに思えた。リーアは蟲の体に隠れる直前のモユユェの口が笑っていたのが見えて、背筋が凍り付くのを感じた。
蟲相撲に適した蟲はみな一様に飛行能力を持たない。では何のために羽があるのかといえば、威嚇や体温調節のために使われる。近い系統の種族の中にはまだ飛べる物もあるが、お世辞にも飛ぶのが上手とは言えない。しかし、羽を開けば空気抵抗は発生する。空気抵抗が発生すればある程度空中での姿勢が制御できる。
半日間酷使された土俵にとどめを刺すかのような衝撃と共に、五本角種は再度降り立った。それも、単一角種の背後に。
リーアがモユユェを目で追って振り返った時、来賓席のロゼと目が合った。口を大きく開けて何かを叫んでいるようだった。折角となりに大司教様がいるのになんて顔をしてるのか。引き延ばされた時間はすぐに終わりが来る。五本角種は爆発的な勢いで頭を振りぬき、リーアと蟲を土俵の外まで一撃で弾き飛ばした。
「勝負あり!!」
入学不正編、これにて終幕です。
次の更新まではしばらく時間が空くと思います。