夜は
日が暮れた後に寮内から出る事は禁止されている。上級生となると見逃してもらえる事もあるらしいが、下級生に対してはとても厳しく取り締まられてる。ましてやロゼとリーアは入学初日である。つまり、部屋から出るだけでも言い訳が必要なほどなのだ。
「どうするの?裏庭行けそうにないわよ」
リーアは「なんとかする」と言ったきり、図書館に言った以外に変わった行動をしていないロゼに不安を覚えていた。少し長い髪を結わえながらロゼの方を見れば、寝衣に着替えて布団まで被っている。窓伝いにでも脱出する算段があるのかと期待していたリーアは拍子抜けである。
「裏庭?行きたいなら行っても良いが、やめておいた方が良いぞ?」
ロゼは枕の下から一枚の紙を差し出した。リーアはランプの明かりにそれを近づけて覗き込んだ。『お前が不正をした事を知っている。退学したくなければ今夜裏庭に来い』と書いてある。脅迫状だ。
「確証は無いが、差出人は情報を何処かから聞きつけた者の可能性が高い。仮に情報を流した本人だとするなら、お前が不正したことを『知っている』なんて書くのは不自然だからだ。それから、この脅迫状には、差出人だけでなく宛名も書かれていない。この部屋は二人部屋なのにだ」
リーアは脅迫状をロゼに返した。枕の下に隠してあったのは、万一他の誰かに脅迫状を見られて疑われるのを防ぐためだろう。そして燃やしてしまわないのは、『脅し』の証拠は残しておけば何かの役に立つかもしれないからだろう。ロゼはまた枕の下に脅迫状を隠し直した。
「差出人は不正をしたのが誰かまではわかってないのね。だから首席と次席という最も可能性の高い二人がいる部屋に脅迫状を送った。そこまではわかるわ。でも、裏庭をちょっと覗きに行くぐらいならした方が良いんじゃない?」
今日二人が出会ってすぐに、筆記試験の内容を一切聞かずともリーアはロゼが古典の問題を解けている物として扱っていた。唯一知っていた情報は、ワロゼリオという者が首席であるという事だけである。では何故リーアは古典の問題をロゼが解いたと思ったのか、答えは単純である。リーアは、いわば99点、たった一問以外全て正解していたからである。古典の問題を除いて。一問落とした自分以外の者が首席であるならば、首席の者は満点であるのは自明である。
「それもやめた方が良い。脅迫状がこの部屋以外にも届いていないとは限らない。不正疑惑のある者の部屋すべてに脅迫状を届け、反応が有った者、つまり夜に部屋を抜け出そうとした又は抜け出した者を特定しようとしているのかもしれんからだ」
少なくとも一年生の寮内に入って脅迫状を設置して問題なくこの場を去ることができる人物であるため、夜に部屋の様子を伺う行動をする事も容易であるはずなのだ。例えば、夜間外出を厳しく取り締まる役割の見張りなどがそれに当たるだろう。
「それとまだある。差出人の要求が分からない事も不安材料だ。リーアが言ったように覗くだけならそこまで危険では無いだろうが、もし見つかったらただでは済まされないかもしれないぞ。金銭的要求なら安いものだ。もし、我々の体が目当てだったとしてみろ。脅しとか関係なく最悪の自体だ」
ロゼは深く布団を被り直し、壁の方を向いてしまった。リーアは仕方がなくランプの火を消した。月明かりを頼りに二段ベッドのはしごを探り当て、上に登る。体重が軽いのかベッドは少ししか軋まない。
「それに、私はめちゃめちゃな美人に成りたいんだ。美人になるには、夜は寝るに限るんだ。リーアだって美人に成って損はしないと思うぞ」
リーアはロゼにもう何も言い返す事ができなかった。『入学初日から夜中に寮を抜け出す』という何かわくわくする出来事はもう起きそうにない。非日常が非日常でさらに上書きされる事は無いのだと、リーアは鼻からため息の成り損ないを吐き出した。
「美人には成りたい。おやすみ」
「おやすみ」
次の日の朝、二人は朝食を摂るために向かった食堂で、そこにいるほぼすべての人に注目される事になった。正確にはロゼ一人だけが疑いの目を向けられた。リーアはおまけである。何故なら、食堂の壁に大きな文字で『ワロゼリオは筆記試験で不正をした』と書かれていたからだ。