祭
祭りの日の朝は静かだ。嵐の前の静けさとはよく言った物で、生徒達は皆、一様にその時をまっている。静かに素早く、前日に済ませられなかった部分の準備だけを行う。露店の準備に慣れた商人達が、丁寧に丁寧に品物を並べていく。しかし、どの場所よりも静かな場所がある。
第一運動場は、学校で最も広い。普段は競技者が主に使う場所だが、今年は違う。中央には巨大な土俵が用意され、それをぐるりと囲むように仮設の観覧席が建てられた。空気が冷たく棲んでいる。
蟲相撲部所属の眉の小さな上級生は、トンボを使って土俵を慣らしていた。彼にとって土俵は神聖な場所であるが、同時に慣れ親しんだ場所でもある。
他の部員には内緒だが、彼は一般の人が観客に来る事を楽しみにしていた。部員皆は規制のあれやこれやで一般客が入る事を最後まで嫌がっていたが、彼からすれば自分の力を魅せるチャンスなのだ。確かに、キノコが蟲につくことは怖いが、そんなことを言えば何も生活なんてできたものじゃない。
日が昇った直後の凍り付いた空気が、徐々に柔らかくなっていくのに合わせて、土の感触も変わってくる。さらさらと割れるような抵抗しか無かった土が、僅かな粘り気を持ち始めるのだ。土が目を覚ましたのだ。
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「リーアの試合はいつ頃始まるんだ?」
ロゼは朝食を飲み込んで、一瞬カラになった口から声を出した。まだ食道に食べ物があるのに無理やり話したので、少し苦しそうだ。
「一応、午後一番って事になってるけど、進行速度しだいでいくらでも前後するわよ」
リーアもリーアですぐに答えるために無理に飲み込んだので、嚙み切れていない大きめのパンが喉をゆっくり通過するのを苦しんだ。
「決勝まで行くのか?」
スープで食べ物を流し込む二人をチラリと横目に見る生徒は「そんなに焦らなくてもいいのに」と呟く。
「正直に言うと行けるかもしれないし、行けないかもしれない。強敵が多すぎるけど、十分勝機もあるはずよ」
「決勝にいくなら特等席から応援する」
「特等席?」
「ああ。しかし、それだけ自分と相手の力量を視てるなら、本当に決勝まで行きそうだな」
「どこまでわたしの強みを押し付けられるかの勝負だからね」
「楽しみにしてる。訳あって早くからは観客席に行けないんだ。決勝まで言ってくれれば絶対応援できるんだ。頑張ってくれよ」




