灸
「リーア!!!」
蟲相撲部の土俵へ、息を切らしたロゼが現れた。小さくともはっきりした声が響き、リーアは手を止めて振り向いた。運動が得意なではないなりに全速力で走って来たので、全身を汗だくにし、顔色が悪く、嗚咽を吐いている。部活動が始まってすぐの時間であったので何事かと思ったリーアだったが、ロゼの様子を見て、優先順位を考え直した。
「すいません! 今日休みます!」
磨いていた単一角種と、その鞍をまとめて眉の小さな上級生へ押し付け、リーアはへとへとのロゼの腰へ手をまわした。
「何すればいい?」
脅迫状がもう一通来た。と、声に出すよりは、読んでもらっている間に息を整えた方が良いと判断し、懐から手紙をリーアに渡すロゼ。少し落ち着き始めたのか、氷の解けるような速さでではあるが、新品の紙とペンに何かを書き始める。手紙を読み終えたリーアが、改めてロゼに問うた。
「何すればいい?」
「これを、反物通りの外れに住んでるキャクマという女に届けてくれ。全速力で」
「分かったわ。本気出す」
ロゼは、言うが早いか駆け出すリーアに後ろから「地図がいるなら部屋にある!!」と叫んだ。
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夜、寮の門限ギリギリになって、二人は部屋の前で鉢合わせた。二人ともそこら中を駆けずり回ったのか、心身共にくたびれていた。
「助かった。リーアじゃなきゃ間にあわなった」
「まだわからないでしょ」
「それもそうだな」
二人は倒れ込むようにそれぞれのベットへ潜り込み、目をつむった。一気に襲ってくる眠気に抗いながら、リーアは口を動かした。
「証拠ってなんなのかな」
「物的証拠なのは確定でいい。人的証拠はありえない」
「怖い事言うね」
リーアは少し笑いながら聞いた。
「裏庭には行かないの?」
「行かないさ」
ロゼは、脅迫状の送り主が誰か、ほぼ完全な目星がついていた。様々な条件を照らし合わせていけば、自ずと見えてきたのだ。今回も面倒な事に、こちらが送り主を誰か特定できたとして、それを凶弾できる立場に無い。それでも的を絞る事で、大胆な行動ができるのだ。
寮内に堂々と侵入できる立場である。
不正の情報を入手できる立場である。
ロゼよりも信用のある立場である。
それなりに頭の切れる者である。
ロゼが信用を得るために奔走している今が一番脅されて嫌な時であることを知っている。
窓から脱出できる運動神経がある。
そしてなにより、二人が放課後すぐには寮へ帰ってこないと知っている人物である。




