つけ
「なるほど。面白いじゃないか。私はワロゼリオに付こう」
スルぺーニョは別にロゼの考えが正しいと思ったわけではない。スルぺーニョの評価した点は、本音に説得力があった事だ。這う者もロゼも、建前ばかりを言って自分の要求を通そうという小賢しい考えが見え隠れしていたのを良く思っていなかったのだ。前に一度会った時のロゼなどは、初っ端から「協力してくれ。見返りは何がいい」ぐらい簡潔で、大変好感が持てた。建前を使いまくる今のロゼは変わりすぎていて別人かと思ったほど面白くなくなっていた。
「それは……ありがたい」
何故急に態度を反転させたのか、心当たりが全くないので少し困惑したが、協力してくれるならそれに越したことはないと、ロゼはそれを受け入れた。しかし、内心では「意見を否定した直後に協力を申し出るのは怪しすぎる。情報の横流しが目的か?」ぐらいは余裕で考えている。
「我々の何が良くなかったのか聞いても?」
這う者はもう説得を諦めた。元々、技術連を出入りしている身であれば、スルぺーニョの変人性は聞きたくなくても耳に入ってくる。何でもかんでも言うことを聞いたり、あきれるほど頑固だったり、校舎を封鎖したり、食堂の配膳を手伝っていたり。元々我々の手に負えない者だったのだと思えばいくらか気持ちが楽であった。
「遅い。群れるな。勇気を持て」
「耳の痛い限りだ」
スルぺーニョは「今挙げた三つの事柄、全部自分にも当てはまりそうだな。やっぱり似た者同士組もうかな」と考える。しかしそう考えながらも、ロゼの差し出した紙に自分の名前を書く。
「二人の用は済んだかな? ではさらばだ」
そう言った途端、おそらく私物を技術連へ持ち込んだのだろうと思われる天蓋付きのベットに向かって駆け出した。様々な物が散乱している技術連の中でも異質の雰囲気を醸し出すそれへスルぺーニョは飛込み、瞬く間に寝息を立て始めた。
ロゼが自分の絵を描かれていた時もたびたび見られた行動だが、それでも驚き、視線はひきつけられる。視線を戻した頃には、這う者の姿も見えなくなっていた。もうここはそういう場所なんだと受け入れる事にして、ロゼは自分の部屋へ戻る事にした。どっと疲れたので、今日はもう何もする気が起きなかったのだ。
寮へ戻るまでに、ロゼはいつも通り考え事をする。歩いている間は考えがまとまりやすいのだ。道筋のずれは多くあれど、大きなずれがないか、考えの取り逃がしはないか、一つ一つ確かめていくのだ。何より、「スルぺーニョ」と「這う者」という自分ではあまり理解できていな連中とあって来た直後なのだ。不確定要素に見える彼らがどうなるのか、今一度考えなおすには良い機会だった。
秘密の考え事は順調に進み、気が付けばもう部屋の目の前だった。扉には簡単な鍵がかかったままになっており、まだリーアは蟲相撲部に精を出していて帰ってきていないようだった。たしかにいつもよりは早い時間である。ガチャガチャとやって扉を開けると、すぐに違和感に気が付いた。
「窓が開いてる……」
寮の窓は二重構造になっており、一つ目は雨戸で、木製の板張りになっている。二つ目は木材が格子状に配置されており、内側からも外側からもそう簡単に開け閉めできない作りになっている。自分達が朝この部屋を出たときには、格子は閉じていたはずの物が開いているのだ。
ロゼが視線を落とすと、床に一通の封筒が落ちていた。そしてその瞬間、ロゼは油断しきっていた自分を恥じた。「脅迫状の送り主と落書きをした者は別人だ」と言ったのは自分ではないか。すぐさま窓から顔を出し、辺り一帯を見渡すが人影はどこにも見られない。舌打ちをしながら、部屋へ向き直り、封筒を素早く拾い上げ、破り裂く。
「ワロゼリオが不正をした証拠を持っている。証拠を返して欲しくば、今夜裏庭へ一人で来い」
脅迫状である。




