ジャスト
ジャストは、貧しい生まれではなかった。自分が恵まれている事を分かっていた。粉ひき屋の両親は十分とは言えないが蓄えを持っていたし、二人の兄は自分に優しくしてくれた。二人の兄が粉ひき屋を継ぐから、ジャストを学校へやってくれと両親に頼みこんだ。両親は悩んだ末蓄えをすべて吐いてジャストを学校へ入れてくれた。それもあって、ジャストは始め、隣の部屋から聞こえてきた会話が理解できなかった。
「……不正をしたからだ。」
別に聞こうと思って聞いたわけではない。ただ何となく、どんなルームメイトが来るのかを楽しみに待ちながら、ベットで横になっていただけだった。壁際につけられたベッドは、隣の部屋の音を良く拾った。言われた相手が落ち着いているのもどうかしていると思った。こんな事はあってはならないと思った。すぐさま大人に伝える必要があると思った。赤茶色の毛を少し伸ばした男性教員をみつけ、隣の部屋の生徒が不正をした事を告げた。
「試験はなかなか厳格な物のはずです。」
ジャストはこの教員のの発言に落胆した。自分が軽く扱われている事にショックを受けた。自分の発言を信じてくれなかった事が衝撃だった。実際のところこの教員はジャストを軽く扱った気持ちは微塵もなく、厳重な警備体制で行われる試験の事を良く知っていたので、カンニングなどできるはずが無いとおもっての発言だったのだ。後にこの教員はジャストに誤解させる言い方をしたことを後悔している。しかし、結局ジャストは凶行に走った。早朝に寮を抜け出し、食堂へ大きく落書きをしたのだ。『ワロゼリオは不正をしている』と。
誰もが正しくあるべきだし、間違いは正すべきだと思っていた。これできっと不正は無くなると思った。しかし、蓋をあければワロゼリオは実力を示し、自分は落書きをした結果だけが残った。自分ではもう何をすれば良いのかわからなくなっていた。ただ、ワロゼリオが悪人であることを示すことができれば、自分のやった落書きという悪事が帳消しになると思い込んだ。
ジャストは暇さえあればワロゼリオを見ていた。見張るといっても、学業を疎かにするという選択肢は無かった。それでは自分の大事にしている物が壊れてしまう気がした。すでに壊れている気もした。
ワロゼリオは見かける度に、怪しい行動をしていた。町の地図を大量に写していたり、水路にある石の裏をしきりに指でなぞっていたり、じっと裏門を見張っていたり。きっとなにか企んでいるに違いないと思った。そして『蟲を寮内で飼っている者は正直に名乗り出るように』という張り紙を見たとき、ピンときた。寮内で禁止事項のはずの蟲飼いをしているに違いないと思った。
見れば見るほど怪しかった。今までの行動が全てつながった気がした。そして、これはやっと巡ってきた機会だとも思った。赤茶色の髪の教員にもう一度話を聞いてもらい、ワロゼリオの秘密を暴いてやると意気込んだ。
「いや、証拠ならある。技術連に行けば、私を描いた細密なデッサンが日数分あるはずだ。」
しかし結局、それも叶わなかった。悔しかった。もうかの教員は私の話を一つも聞いてくれないだろう。自分は正しいはずなのに、誰もそれを聞いてくれない。誰に言ったって、「まさか。」「そんなはずない。」「考えすぎさ。」と言われるのだ。
悲しかった。ただ自分は正しくあろうとしただけなのに、いつの間にか周りの人間は皆私が間違えていると言うようになった。正しくあることが何よりも良いことで、正しくない事は悪だと思っていた。けれど、自分はもう正しく有れないと思った。なので、せめて、せめて誠実でありたいと思った。
誠実でありたいために、ワロゼリオに謝りに行った。蟲を飼っているなどとあらぬ疑いをかけてごめんなさいと伝えに行った。ワロゼリオは「いいんだ。気にしてない。」と言った。なにもかも負けた気がした。本当は落書きをしたのが自分であることも白状し、謝れたら良かったけれど、それは難しかった。それを言えば許されないかもしれないと思えば、怖くなってしまったのだ。自分は誠実にもなれないのかと深く絶望した。
私は正しく有れるはずだった。




