疑いの隣人
「や、これはだな。少しでも大きくなろうとしてだな。帰ってお腹がこなれたら食べようと思っていたんであってだな。決して蟲への餌であるだとかそういったものではないのだ。」
どう聞いたって怪しい物言いに、女生徒はますます声を荒げた。ロゼは恥ずかしさからかうつむいてしまい、これもますます怪しさを後押しした。
「嘘よ! 嘘! 私知ってるのよ! 蟲相撲の観戦者が残したゴミをいじくってたでしょ! きっと餌になる物がないか探してたんだわ!」
食堂の出入り口には、ゆっくりと人だかりができ始めた。ちょうど、少し前の不正騒ぎと似たような状況になる。正し、リーアはこの場にいない。
「それは、その、キノコが生えていないか調べていただけで……。」
考えれば考えるほど、ロゼは自分が怪しい立場である事を理解し始めた。それに伴って、声はどんどん尻すぼみになっていく。それに気を良くしてか、女生徒はまくしたてるようにどんどん追い詰める。
「ワロゼリオは部活に入っていないのに放課後なかなか寮へ帰ってこないの! きっと蟲の世話をしてるに決まってる!」
勝ち誇る女生徒、それを黙って見つめる教員。そこへ、「どいて、通して、狭い」といった声と共に生徒の隙間を縫うようにして、リーアが現れた。
「大丈夫?」
リーアが思わずそう声をかけるほど、ロゼは見るからに憔悴しきっていて顔色も悪そうだった。ロゼはリーアに小声で「ああ。」とだけ返し、女生徒をしっかり見つめなおした。
「毎日用事があるんだ。」
女生徒はやってきたリーアを一瞥するだけで気にも留めなかった。教員は、こんにちはとあいさつした。周囲の生徒達は小声で口々に何かをささやき合っている。
「何の用事があるのよ!」
「あ、それわたしも気になってた。」
以外な所でリーアからも詰められて、思わずロゼはリーアを見た。
「それは言えない……、事も無いか? 落書きの犯人を学校側は見つけたらしいし、その人物は退学らしいし……。」
発言の途中から、ロゼは女生徒の表情をじっくりと観察するように見始めた。僅かな動揺も見逃さないように。やがて収穫があったのか、ロゼは徐々に体制を立て直し始めた。
「スルぺーニョのいる技術連に行っている。デッサンモデルになっているんだ。」
何の用事があるのかの答えを得たはずの女生徒は、さっきとは打って変わって狼狽し始めた。リーアは少し驚いた顔をしつつも、狼狽まではしていない。こちらが普通の反応だろう。
「へー。知らなかった。落書きの犯人を学校が見つけてるのも意外だった。」
そこへ教員が口をはさんだ。そんな話は聞いていないですよ、と。
「ああ。嘘だからな。」
「どうしてそんな嘘ついたの?」
「後で教えてやる。」
狼狽えていた女生徒は「嘘」との発言を聞き、いくらか元気を取り戻した。
「言い訳したって、貴方が蟲を飼ってない証拠にはなってないんだから! 言うだけならどうとでもできるし!」
「いや、証拠ならある。技術連に行けば、私を描いた細密なデッサンが日数分あるはずだ。」
周りの人間は決着がついた事を察したのか、ゆっくりと、食堂へ入る者と出ていく者に分かれ始めた。




