ペット
俺が異界に飲み込まれてからおおよそ一か月ぐらいが経った。一日の長さが地球と同じかはわからないし、一年の長さも同じかわからないので、果たして本当にそうかどうか定かではない。だいたい三十回くらい寝て起きたくらいのものである。一月の間にある程度言葉を覚えたし、文化や常識も結構教わった。異界慣れしている俺にかかれば、言葉なんてものは朝飯前である。
「なぁ、あの蟲は食べないのか?」
彼らの価値観だけは未だに理解できたとは言い難い。もちろん価値観を否定しているわけではない。かれらの異邦人を歓迎する価値観のおかげで俺は生かされたのだから。
「あれはダメだ。卑しい生き物だからな。」
おそらく彼らの価値観や文化は、この世界で一般的なものではない。彼らは砂漠にテントのような物を張って暮らし、砂の上を走るヨットを操って巨大な蟲を狩って生活している。遊牧民のようであり狩猟民なのだ。
「どう卑しいんだ?」
テントウムシの幼虫そっくりの蟲が、すぐ近くをうろうろしている。僕らが今いるオアシスなどの人が集まる場所では、たいていこの蟲がいる。まぁ大きさは三十センチ近くあるのでとんでもない迫力である。
「こいつらは人が作った麦を食べる蟲を食べる。つまり麦を食べている。人の作った物を食べる蟲は卑しい。」
ネズミを食べるネコみたいなもんか。そうなると益蟲じゃないか。食べない文化が根付いているのにも納得だ。
「それに、大抵だれかに飼われてる。食えば面倒だ。」
いよいよネコだ。ペット需要があるなんて。すばしこくてちょっとウゾウゾしている様子はどうにも好きになれないが、なんとなく需要はありそうである。
「なぁ、あれはなんだ?足で何か踏んでるぞ。」
蟲の外骨格を大きな桶の代わりにして、まるでワインを作っているみたいだ。本物のワイン造りをみたことはないが、なんとなくブドウを足で踏んでいるイメージだけがある。
「保存食だな。水分を加えて空気を混ぜて発酵させるんだ。肉がドロドロのスープになる。臭いが、旨いぞ。」
面白い。ぜひとも食べてみたい。正直この世界の食べもののレベルはかなり高い。蟲はみんなカニっぽかったり、独特の風味があったりして癖になる。逆にキノコはさっぱりしていて食感が楽しめ、癖がない。
「じゃあ、あれは?」
にぎわっているオアシスの水辺から目を離して、建物の影の方へ目をやると、男三人が子供一人に詰め寄っている。男たちから剣呑な雰囲気をなにも感じない事から、日常の一部なのかと考える。
「あれは人さらいだな。子供をさらって、別の町やオアシスで売る。儲かるらしい。」
「助けに行ってもいいのか?」
「その背負った水をこぼさないなら自由だ。お前強いのか?」
「弱いよ。でも何とか出来る。」
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掲示板にはまた新たな文言が追加されていた。蟲を飼ってる者は正直に名乗り出るように、とのことだ。最近、寮内のいろんなところで糞が見つかるらしい。犯人捜しをする人は大変なことだろうな、と思いながら食堂を後にしようとすると、大きな声がうしろから聞こえてきた。
「見つけたぞ! 犯人め!」
おお、それはめでたい。犯人の顔を一目見てやろうと振り返ると、おそらく私と同じ新入生であろう女子が血気迫る表情をしながら私を指さしていた。どこかで見た見た気もする。そして、その隣にはいつかの教員もいた。私に再試験を提案したあの教員だ。
「おお。ワロゼリオ君ではないか。君は何かと疑われているね。」
私にはとんと心当たりがなかったので、後ろを振り返って誰かいないか確認した。しかし行き交う生徒の姿はあれど、それらしき人の姿は見えない。
「何かの間違いじゃないですか?」
言い終わるや否や、女子生徒がずんずん距離を詰めてきて、学生用のローブのポケットに手を突っ込んできた。中にあった物をむんずと掴むと、我が打ち取ったりと言わんばかりに高く掲げた。
「この干し肉が立派な証拠よ!」
しまった。私は少しの祝いの日があるたびに、食卓へ並ぶ干し肉を、部屋へ持って帰る習慣ができていたのだ。胃が小さいのでたくさん食べられないが、肉をたべて体を大きくしようと思っての事だった。下品な事であるので毎度こっそり行っていたが、どうやらばれてしまったらしい。
「これを持って帰って、飼ってる蟲へやってるんでしょ! 寮内で蟲を飼ってはいけないのよ!」
こ、困った。正直に言うには恥ずかしいし、だからと言って疑惑を晴らさないわけにもいかない。ええい。恥ずかしいといっても校則違反を疑われるよりよっぽどよい。
「や、これはだな。少しでも大きくなろうとしてだな。帰ってお腹がこなれたら食べようと思っていたんであってだな。決して蟲への餌であるだとかそういったものではないのだ。」
めちゃめちゃ恥ずかしい。




