乱世
「弱者が成り上がるには戦乱の世が都合がいい。手っ取り早く武勲を挙げられるからな。」
ロゼはいつもの渡り廊下で、背中を合わせているリーアに語り掛けている。空気ばかりがある廊下は音をよく響かせた。
「学校祭実行委員会に入るぞ。リーアもどうだ。」
「相撲部に何もないなら。」
リーアは蟲相撲部の大型新人として入学初月を過ごした。いつの間にか異名までついており、しかもどんどんエスカレートしている。『乗り手狙いのリーア』『頭落としのリーア』『首狩りのリーア』といった風にだ。めきめきと実力をつけ、百は下らないであろう蟲相撲部員の中で、十本の指にはもう入っている。単一角種の角を相手の蟲にぶつけ、その上を走って乗り込み、乗り手を叩き落し、混乱する蟲も土俵から叩き落すというのが主な戦法である。一応ルール違反ではない。
「祭りの日は派手な試合を期待している事が何もないに入るなら何もない。」
「じゃ、やる。」
逆にロゼは、一切目立った出来事が無い。入学してすぐの不正騒動があったものの、確かかどうか曖昧な事など、忙しい学生達は瞬く間に忘れてゆくのだ。ロゼ側で難しいのが、犯人を特定しても何らできる事が無いということだ。ロゼが不正をしたのは事実であるし、それを蒸し返して徹底的に調べ上げられた場合、危機に危機に瀕するのもまたロゼなのだ。
「じゃあ、その前に少し準備だ。」
「何するの?」
ロゼは黙って歩き始めた。リーアももちろんついていく。この頃になるとリーアも慣れたもので、方角から何となく図書館へ向かっている事を察せられた。悪事を働く時は図書館に行く物なのだろうかとリーアは思った。
「悪事だけじゃなくて、事を働く時には先駆者に知恵を借りるのが定石なんだよ。」
「なんで分かったの?声に出てた?」
「顔に書いてある。」
「顔も見てないじゃん!」
図書館の窓には湿度管理の関係で高価なガラスが使われている為、入り口の方へ回り込むまでの間リーアはガラスに映る自分の顔を穴が開くほど見つめる事が出来た。しかし、なんの文字も見つける事は出来なかった。
「真に賢き者になるならば、ここに来ないわけには行かないでしょう。さぁ、なんのようですか?賢者の卵達?」
いつもの挨拶を司書が交わしてくれる。彼女らは何度かここに通うようになって分かったが、司書は初めて図書館を訪れた者だけでなくすべての者にこの挨拶をしているらしい。
「学校祭の過去の議事録はありますか。」
司書は満足気に笑って、過去を知る者は未来を知る者ですといってから図書館内にひっこんだ。しばらく待つと、細見の男性をつれて出てきた。前も見た顔だった。来たまえと一言いって男性は歩き始めた。この男は歩くのが速い。二人は小走りで追いかけねばならなかった。
「学校祭実行委員の連中を意のままに操れるだけの知恵と知識がいるからな。」
「それでどうするの?」
二ヤリと笑って、ロゼはリーアの見慣れた表情になった。
「できる限り派手な学校祭にする。」
なんだそんな事か、とリーアの顔には書いてあった。
「学祭を戦争にする。」
二人の顔は笑っていたし、面白そうだとも書いてあった。




