炎は移る
別で書かれてある「砂漠の少年」を読むともっと楽しいかもしれません。読まなくても楽しくするつもりです。これ→https://ncode.syosetu.com/n9893go/
ルームメイトはきっと先に入っているだろう。リーアは広い学生寮を迷子になりながらなんとか自分の部屋にたどり着いた。なんといってもルームメイトは、学校の筆記試験を首席で通ったエリートらしいのだ。要領の悪い自分よりも先に部屋にたどり着き、二段ベッドの上段を確保しているに違いない。リーアは二段ベッドの下段など、普通のベッドと変わらないと考えている。
これから長く一緒に過ごす相手の第一印象は良いに越した事はない。六歳という年齢にしてはしっかり者の彼女は、髪を手櫛で整え、襟を正し、裾を払ってからドアを開けた。見た目にふさわしい唸り声を、年季の入った蝶番が立てる。
「やぁ始めまして。私はワロゼリオ。これからよろしく」
バンダナで癖の付いた黒髪を留めている少女は、荷ほどきの手を止めて振り返りながら自己紹介をした。リーアも負けじと胸を張って自己紹介に望む。何に負けじとなのかは知らないが、リーアの中にはライバル意識が芽生えていたのだ。
「わたしはリーアよ。こちらこそよろしくね。あと、ベッドの上はわたしがもらうね」
リーアは抜け目なく上段を確保した。ワロゼリオの荷物はリーアと比べてかなり多い。リーアが迷子になっている間も荷ほどきをしていたのであろう、まだベッドを選んでいなかった。
「なら私は机の窓側をもらおう」
リーアはやられたと思った。しかし交渉に入るには遅く、ドサドサとワロゼリオの荷物が机に置かれていく。自分から先に場所の確保宣言をした手前、拒否するわけにはいかなかった。仕方がなく廊下側の机に適当に荷物を置いた。荷物といっても、学生用の服は後で支給されるし、食事は大食堂を利用するため、あるのはレターセットと筆記用具、櫛、私服ぐらいしかない。一方、ワロゼリオの荷物はかなり多い。ランプや本、大きな黒い板、謎の道具箱、ノコギリ、チョークにポンチョ、そしてそれらを運んできたであろう小さな手押し車だ。
「流石は首席ね。持ち物から違う」
ポンチョは隣国のシェルギスタンでよく見られる伝統的な柄をしている。全体が暗い赤紫で編まれており、アクセントとしてオレンジの帯の模様が三本ある。帯の中には幾何学的な模様が織られている。ワロゼリオは留学生なのだろうか。
「大したした事じゃない」
リーアは椅子の向きを少し変えて座った。ワロゼリオはベッドに腰掛けた。
「大した事あるわよ。特にこの古典の問題に答えられたのはすごいわ。『次の詩の続きを答えよ。友よ、我が体が灰になって逝くのが見えるか。蛾の用に粉撒いて散らそう。また我と旅をしてはくれまいか。次はついて来てはくれまいか』こんなのどうして解ったの?」
ワロゼリオは黙っていた。何かを思案している顔だった。リーアは質問を続けた。
「この詩の続きは雰囲気がガラリと変わるから、予想だけじゃあ絶対に正解出来ない筈なのよ?どうしてこんな古典の詩なんて知ってたの?」
ワロゼリオは顔を寄せ、声を潜めた。聞き耳が無いか注意しながら、そっとリーアに告げた。
「……不正をしたからだ」
リーアの眼が大きく見開かれ、直後に不安そうな顔になる。
「カンニングではない。事前に問題と答案を入手したんだ」
「そんな事して大丈夫なの?」
「今日の夜に裏庭に来るように脅しの手紙が届いた。私に答案を寄越したやつか、そいつから情報を聞いたやつか、誰からかはわからんがな」
「相手の要求はわかってるの?」
「わからん。が、今夜までに要求など意味が無くなるようにする。ついてくるか?」
いつの間にかワロゼリオは荷ほどきを全て終えていた。下がってきていたバンダナを少し上に引っ張って、ニヤリと笑った。リーアもニヤリと笑い返した。
「わたしに言って良かったの?」
「何か要求を飲もうか?」
「じゃあ、ロゼって呼ばせてもらうわね」
リーアとロゼは年相応にいたずらっ子な顔をして部屋を出た。部屋はもう二人の物になっていた。