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031 胸を張れイノリス。お前はその方が美しい

 あっという間にやってきた野外学習当日。アリアは昨日の夜からソワソワしていた。今朝、起きてからもずっと落ち着きがない。ルサルカやレイラもどこか常とは違った。


「いよいよ今日ね。なんだか緊張してきたわ」

「私もです。昨日はなかなか寝付けませんでした」

「あたしはわくわくの方が大きいかなー」


 教室でアリア達が話に花を咲かせている。話題はもっぱら今日の野外学習についてだ。野外学習か。この前、学院の外には出たが、野外学習では王都の外に出るという。王都の外に出るのは初めてだ。一体どんな世界が広がっているのか、どんな強敵が待ち受けているのか、我も興奮と不安を感じている。


「皆さん、おはようございます」

「「「おはようございます、ヒルダ様」」」


 教室にヒルダが現れた。後ろにはリノアの姿も見える。リノアもなんだか不安そうな表情だ。だが、ヒルダはいつも通りに見えるな。いつも通り、自信がありそうな表情だ。


「諸君。席に着きたまえ」


 ヒルダも混ざってわいわい話していると、今度は先生がやってきた。先生の号令に従って、生徒たちが席に着き、静かになる。だが、常とは違い、生徒の皆がそわそわとして、どこか落ち着きがないのを感じる。


「今日が野外学習当日だ。知っての通り、各班で時間をずらして出発する。呼ばれた班は正門に向かうように。それまでは教室で待機だ。では一班、早速出発だ。正門に向かうように」


「さっそくですね。皆さん、行きましょう」


 ヒルダの号令に、我らは立ち上がる。どうやら我らは一班だったらしい。


「ふむ、一応聞くが、荷物は大丈夫かね? なにも持っていないように見えるが……」

「大丈夫ですわ。問題ありません」

「そうか。では、正門に向かうように」


 アリア達が荷物らしい荷物を持っていないのに教室が騒めいているのが聞こえる。


「これから買うつもりか?」

「準備期間は十分あったのにね」

「買ってどこかに預けてるとか?」


 彼らは皆、大きな荷物を自分の席の傍に置いている。荷物がないアリア達が信じられないのだろう。荷物を持たないアリア達は、彼らの声を気にもせず、正門まで歩いていく。途中、中庭に寄ってイノリスと合流することも忘れない。


「イノリスー! いくよー!」

「にゃー!」


 イノリスも合流してようやく全員集まったな。正門に着くと、なにやら人間と手続きがあるようだ。


「組と班を教えてください」

「五組の一班です」


 一同を代表してヒルダが答える。


「はい。気を付けていくのですよ」

「はい。ありがとうございます。行ってきます」


 あっさりとした手続きも終わり、学院の外に足を進める。初めて学院の外に出たイノリスはきょろきょろと周りを見ている。そのことがちょっとおかしかった。たぶん一昨日の我も同じようにきょろきょろとしていたのだろう。


 学外に出たイノリスは注目の的だった。だが、どちらかというと悪目立ちしている。人々はイノリスを見ると驚き、恐れて距離を取った。


「なんでここに魔獣が!?」

「使い魔だよ。たぶん襲ってこないと思うけど……」

「なんて猛獣連れてるんだ」


 人間たちの下らないヒソヒソ話が聞こえてくる。強者である人間をここまで脅かせるとは、イノリスはさすがだな。我も鼻が高い。だが、人間たちの態度にイノリスは少ししょげているようだ。心優しい奴だからな、イノリスは。きっと脅かして申し訳ないとでも思っているんだろう。


「胸を張れイノリス。お前はその方が美しい」

「にゃ~」


 イノリスが元気がないのに気付いたのか、ルサルカが歩きながらイノリスの首筋を撫でている。


「そうだ! イノリス、ちょっと伏せして」


 ルサルカがなにか思いついたようだ。伏せをしたイノリスによじ登り始める。我も登っておくか。


「ルサルカさん!? いったい何を!?」

「ちょっとルサルカ! パンツ! パンツ見えてるわよ!」

「恥ずかしいからそんなこと叫ばないでよ!」


 ルサルカがイノリスにまたがると、イノリスが立ち上がる。


「どう? これで怖くなくなったんじゃない?」

「多少和らいだ気もしなくはないような?」

「あの……女の子がそんなに足を開くのは……」


 あまり効果が無いようだ。だが、人間たちの言葉を聞いていると、イノリスへの恐怖よりも、ルサルカへの「あいつは何者なんだ?」という言葉が増えた気がする。恐怖を和らげることには失敗したが、話題をルサルカにすり替えることには成功しているようだ。


 我らは周囲の人間たちを恐怖に与えながら、一昨日行った商店街でパンや肉などを購入しつつ、王都の西門に向けて歩き続けた。目の前に見えている壁に大きく口を開けた門が西門だろう。西門を越えるのに呼び止められたりはしなかった。我らはそのまま西門を出て王都の外に出る。


「わぁあ。ここが外なのね」


 西門を外に出ると、そこは黄金の大地だった。背の高い黄褐色の草が一面に伸びており、風に波打っている。その真ん中を茶色い太い道が貫いていた。


「見事ですね。もうすぐ小麦の収穫時期でしょうか」

「これ全部小麦なの!? すげー!」

「ルサルカ、大人しくしてないとまたパンツが見えるわよ」


 我らは、小麦畑を見ながら道なりに進んでいく。まぁ我はイノリスの背に乗って歩いていないがな。楽ちん楽ちん。


 イノリスに乗り遅れたリノアが時々羨ましそうにこちらを見てくる。それに気づいたのかイノリスがリノアに近づき、首根っこを咥えて持ち上げた。


「ひゃわわわわわわ」


 リノアがびっくりして何か叫んでいる。イノリスは首を回してリノアをルサルカの方に渡した。


「リノアも乗っけてあげるの?」


 リノアはイノリスの口からルサルカに渡され、イノリスの背中に乗ることに成功した。


「びっくりしました」

「にゃ~」

「ふふっ。ルサルカさん、リノアがお世話になりますわ」

「いえいえ、ヒルダ様も乗りますか?」


「いえ、わたくしは……遠慮しておきますわ」


 ヒルダは乗らないらしい。乗ればいいのに、楽ちんだぞ。


 道なりに進んでいくと、黄金の大地の終わりが近づいてきた。もう結構歩いたな。まぁ我が歩いたわけではないが。黄金の大地を越えると、今度は背の低い緑の草の絨毯になった。絨毯の模様のように、花が咲き、絨毯に彩を添えている。そんな絨毯を遮るものが現れる。大きな川だ。道も橋で川を渡る道と、川沿いに行く道に分かれている。


「川は渡りません。このまま川沿いに進みます」


 地図とにらめっこしていたヒルダが決定を下す。一向はヒルダの号令に従って道を進んでいく。


「あれ? そういえばクロはどこに行ったのかしら?」

「クロならイノリスに乗ってるよー」

「いつの間に……」


 今頃気が付くとは、アリアは観察力が足りないな。

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