表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/48

42 答え合わせです

 

 ジェナーはレイラと共に大広間へ足を踏み入れた。ホール内は、ピンクや白といったシャーロットがいかにも好みそうな少女らしい装飾が施されている。


 立食用のテーブルに並ぶワインやシャンパンが注がれたグラスが、シャンデリアの光を反射して、輝きを放っている。


 令嬢令息たちに取り囲まれ祝福を受ける少女――シャーロットがいた。淡いピンク色の髪を編み込み、黄色の丈の長いドレスを身にまとっている。ツーピースで上と下に別れたデザインで、レースが幾重にも重ねられている。


「ジェナーさんにレイラさん! 本日はお越しくださりありがとうございます……!」


 シャーロットは感激した様子でこちらに駆け寄った。


「お誕生日おめでとうございます。王女殿下が17歳を迎えられたこと、心よりお祝い申し上げます。この1年が、殿下にとって実りのあるものになりますように」

「おめでとうございます、以下同文です」


 祝いの言葉を省略するな、とレイラに内心でツッコミを入れる。シャーロットは一切嫌な顔をせず柔らかく微笑んだ。


「ふふ。お2人とも、お祝いの言葉をありがとうございます。……ところで」


 シャーロットはジェナーの方に目線を向けた。


「私……ジェナーさんに折り入ってお話ししたいことがあるのですが、着いてきてくださいませんか? 2人きりでお話したいのです」

「……折り入った話し――ですか?」


 シャーロットと折り入って話すことはない。レイラは何かを不審に感じたらしく、シャーロットに言った。


「2人きりじゃないと話せない話ってなんです? 私も同行します」

「レイラ。……私、1人で行くわ」

「ジェナー……」

(きっと大丈夫。王女殿下は、人を貶めるようなひどいことを簡単にするような方じゃないわ。いえ……もし彼女が何か仕掛けてきたのなら、その時は――)


 ジェナーはシャーロットに愛想良く微笑んで告げた。


「参りましょうか、王女殿下」

「ありがとうございます……! では、こちらへ」


 レイラはいぶかしげに眉を寄せている。ジェナーは、広間を出る前に、遠くにいるヒルデに目配せをした。



 ◇◇◇



 シャーロットとホールを離れ、長い回廊を歩く。靴が埋まってしまうほど柔らかく毛先の伸びた赤い絨毯を踏む。エントランスに続く螺旋階段を降りた途中で彼女が止まった。


 ジェナーとシャーロットの他に姿はない。ジェナーより少し下の段に立った彼女が、顔をこちらに向けた。


「…………」

(なんて、冷たい顔……)


 彼女は、未だかつてないほど冷たい表情を浮かべていた。触れたら凍えてしまいそうなほどの表情だ。


「本当、ジェナーさんはどこまでも浅ましい人ですね」

「……」

「私からあなたに言うことはただ1つ。――ギルフォード殿下から身を引きなさい。……それだけです。私は社交界に確かな地位があります。あなたの評判を下げて、社交界から追放することなど造作もありません。賢いあなたなら、自分がどうするべきか正しく判断できるはずです」


 シャーロットは、本当にギルフォードを愛しているのだと理解した。脅迫紛いなことをしてまで、手に入れたいと思うほど追い詰められているのだ。


「ごめんなさい。それはできません」

「ど、どうして……!?」


 ジェナーがはっきりと告げると、シャーロットは不愉快そうに眉間に皺を寄せた。


「私は……ギルフォード殿下のことを心から愛しているんです。……彼を手放すことは、できません。……例えあなたに憎まれても。今日ははっきりお伝えに参りました。これから誰にどのようなことを言われても、どのようなことをされても、私はギルフォード殿下の傍らにいます。――ごめんなさい、殿下」


 ジェナーは真摯に思いを打ち明けた。たとえ、これが彼女の怒りを買って、決定的に敵に回したとしても、伝えねばならないと思ったからだ。ジェナーがギルフォードの傍を望む以上、気の毒だがシャーロットにはいつかは引き下がってもらわなければならない。


「それからシャーロット殿下。……決して、自分の価値を下げるような振る舞いをなさらないよう、進言させてください。……正道を外れた行いをすれば、必ず誰かが見ているものです。これまであなたが積み上げてきたものを失いかねません」


 シャーロットはみるみる顔を青くさせ、声を張り上げた。


「なんて生意気な……っ。どうして言う通りにしてくださらないのですか! 身の程知らず! あなたなんか、ギルフォード殿下には到底釣り合わないのです。……なのに、どうして、あのお方の隣にい続けるのはあなたなんですかっ……! 運命の紋章は、私の手にあります! 彼にとって相応しいのは、この私です……!」


 シャーロットは手袋を投げ捨てて、手をかざし、青く刻まれた紋章をジェナーに見せた。


「殿下。……その印は、交渉の材料にはなりえません」

「え……」


 ジェナーは懐から1枚折りたたんだ紙を取り出した。その紙には、シャーロットの手に刻まれている紋章と同じ絵と、古語が書かれている。


「私は、ギルフォード殿下が、運命で結ばれた相手を選ぶというなら身を引こうとずっと思ってきました。……しかし、あなたのお手にある印は、運命を示す紋章ではなく、魔術が発動した痕跡である、『魔法陣』ですよね」

「な、なぜ……あなたがそれを……っ」


 シャーロットはわずかにたじろいだ。


「王女殿下は、帝国テーレより依頼されたのではないですか。皇家の血筋である、ギルフォード殿下の捜索を。……人探しの術――と呼ばれているそうですね。あなたはその魔術がかけられた状態で彼に偶然接触し、陣が発現したのではありませんか。……この紙には古語で、この魔術に関する詳細が書かれているんです」


 魔導書の写しは、ジェナーが覚えていたものを思い出しながら書き残したものだ。


 王宮書庫にて、ジェナーは新たな前世の記憶を取り戻した。それは、ゲーム内で説明された「運命の紋章」にまつわる伝説の真相についてと――シャーロットの過去だ。


 やはり、ジェナーの推測通り、運命の紋章の伝説は偽りだった。人探しの術と呼ばれる魔術は、魔術の類いが300年前国際法で禁じられたにも関わらず、王族や上流貴族たちが秘密裏に、行方知れずの私生児を探すために用いてきたのだ。

 シャーロットはしばしの沈黙の後で、言った。


「その通りです。……私は、クレイン国王づてにテーレからの依頼を受けて、ギルフォード殿下の捜索に協力していました。確かに、この紋章は偽物かもしれません。ですが、この気持ちだけはまがいものなどではないのです……! 私は本当に――彼を……っ。――お慕いしているのです……」


 シャーロットは肩で呼吸しながら、悲痛に訴えた。

 その表情に、ジェナーの胸はぎゅうと締め付けられた。


「ごめんなさい、王女殿下。……本当に」

「謝らないでください! いっそう不愉快になります……!」

「…………」

「まさかあなたが真相に辿り着くとは思いませんでした。ジェナーさんは綺麗なだけでなく、とても聡明でいらっしゃるのですね。――つくづく憎たらしい人。……でも、これまでですよ」


 シャーロットはジェナーに向かって、この上なく優美に微笑んだ。――その刹那。


 シャーロットの体が、階段の下の方へ傾き、宙に浮いた。ジェナーは一瞬で、彼女が何をしようとしているのかを悟った。


 自ら階段から転落して、ジェナーに突き飛ばされたとでも言うつもりだろう。


(なんてことを……! シャーロット様、なんて愚かなことを……!)


 甘く見ていた。彼女が捨て身でジェナーに濡れ衣を着させようとするとは。ここまでのことをしでかすとは、さすがに夢にも思わなかった。


 シャーロットは、本来ならばこういう他人を貶めるようなことをする人間ではなかったはずだ。しかし、ギルフォードへの恋心が、こうも彼女を変えてしまったのだ。

 気がつくと、勝手に身体が動いていた。体と腕を必死に伸ばし、シャーロットの身体を包むようにして落下していく。


(…………ギル……)


 腕の辺りに、これまでに感じたことのない激痛が走り、ジェナーは意識を手放した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ