40 お出かけ日和ですね (3)
都市クロムから馬車に30分ほど揺られ、王城に到着した。
関係者以外立ち入ることが禁じられている王宮書庫だったが、ギルフォードが木製の許可札を提示すると、簡単な所持品検査の後あっさり中へ入れてもらえた。
「その許可証、どうやって手に入れたの?」
「ジェラルド・ヒューズ様より拝借いたしました」
なんということだ。
ギルフォードは他国の皇族。そんな相手に自国の機密情報が保管されている書庫の入室許可証をポンと渡してしまうなんて、彼は恐れ知らずにも程がある。
部屋の中は、公共図書館よりずっと狭い。棚の中には古びた本が無数に収められているが、埃などは被っておらず、しっかり管理されていることが伺える。
結果から言えば――魔導書の類は見つからなかった。
「お嬢様、やはり魔導書はありませんね。他に何か探しますか?」
「そうね……貴族階級の家系図が見たいわ」
ジェナーは、貴族位のある家と、王家について詳細に書かれた家系図を引っ張り出してきて、テーブルに広げた。タイトルには『宮廷公家系図』と書かれている。
やはり、系図の記録を見ると、上流貴族や王家は、外から連れられた私生児が戸籍に途中から加えられる例が多くあった。不自然な程に。
不貞は身分に関係なく起こるものだ。しかし、上流階級に限って、外で作った不義の子の発見率が異様に高いのは、ジェナーが予想するような何かが行われているからだろう。
(でも、肝心な魔導書がなくては決定打に欠けるわ……)
ジェナーが思案していると、ギルフォードが奥の本棚をガタガタと押したり引っ張ったりし始めた。
「ギ、ギル……? あなた何を――」
「部屋の外の廊下から書庫を見たときと、実際の広さが合いません。この棚の奥にもスペースがあるはずなんです」
ギルフォードがガタガタと貴重な書物が並んだ棚を触っていくと、壁側の一番左端の本棚がギシ……と音を立てた。
「……! ……隠し、扉……」
ギルフォードの予想していた通り、本棚の一部が引き戸になっていた。奥には隠し部屋が広がっている。ギルフォードは本棚を横にずらし、その奥から現れた扉を押した。しかし、扉はびくともしない。
「ねえギル、そこを見て。鉄の手形が……」
ジェナーが指さしたのは、手の形が彫られた鉄板だった。ちょうど、男性の手がぴったりと嵌るようになっている。ギルフォードは、その手形に躊躇いなく自身の右手を重ねた。
「…………!」
すると、ギルフォードの右手の甲が紫色に光り、それと同時に――ガチャリと鍵が開く音がした。一体どういう原理かは分からないが、紋章が反応して解錠したようだ。
隠し部屋は、簡素な部屋だった。本棚が壁に並び、部屋の隅に長机が置いてある。しかし、ジェナーは部屋の床を見て息を飲んだ。
正確には――床に描かれたもの、だ。
「……運命の紋章……」
床には黒い塗料で、ギルフォードの手にあるものとよく似た紋章が描かれていた。間違いなく、この部屋に「運命の紋章」の手がかりがあることは明白である。
ジェナーはおずおずと部屋の中へ入り、棚の本を指先で引き出して表紙や中身を確認していく。
「お嬢様、こちらをご覧ください」
ギルフォードが持ち出した暗紫の厚い本の表紙には、床に描かれたものと同じ紋章が描かれていた。
「全文が古語で書かれています。……俺にはすぐに解読できませんが、お嬢様なら」
「……」
ジェナーは頷き、本を開いた。
「……! これは……」
ジェナーはごくんと喉を鳴らした。読んでみると、本の中には「運命の紋章」にまつわる真実の全てが書かれていた。ジェナーたちが予想していた通りである。
それは、『人探しの術』と呼ばれる術で、血の繋がった子どもを探す目的で使用されている。術に必要なのは片親の体液。探し出せるのは1代先の子どもだけで、孫や曾孫には効力がない。また、当事者以外でも、捜索に協力できるというのが特徴で、『人探しの術』をかけられた者たちは、対象者に肉体的な接触をした瞬間、身体の一部に――魔法陣が発現するという。
つまり、シャーロットもテーレ帝国の皇子を捜索する協力者の1人であり、たまたま術の対象者であるギルフォードと接触した際に、陣が手の甲に現れたということだ。
ギルフォードにも真相を話すと、彼は深刻そうに眉を寄せた。
「上流貴族たちが秘密裏に使ってきた術は、この人探しの術だけに限るとは思いません。……世界が手放してきたはずの術で、国の為政者たちが率先して法を破り、犯罪を犯し続けてきているのならば、由々しきことです」
「そうね……とても――根深い問題だわ。でも……これでやっと、真相が分かった」
「はい」
ギルフォードは自身の右手の甲に視線を落とし、白いグローブを取り外した。
青く刻まれた術の痕跡である「陣」があらわになる。
「これで俺はようやく、負い目を感じずにあなたを愛せる」
「ギル……私のことを、ひたむきに想い続けてくれてありがとう」
「お嬢様こそ、俺のことを信じていてくださってありがとうございます。……不安に思うこともあったでしょう」
「……そうね」
ジェナーは、ギルフォードの青い陣を沿うように指で撫でた。
その時。
「…………っ」
「お嬢様!?」
よく身に覚えのある目眩に襲われ、ジェナーはよろめいた。紋章の真実を知ったことを引き金に――新たな記憶が蘇ろうとしているのだと、ジェナーは理解した。




