38 お出かけ日和ですね (1)
翌週。
ジェナーはギルフォードと共にクロムの街へ出かけた。
高く澄み切った空に、赤く色づき始めた街路樹。深まる秋にジェナーの心は弾んでいた。
ぱっかぱっかと馬がひづめの音を立てて軽快に去っていく。
石畳の街道を挟んで、見渡す限りたくさんの店が軒を連ねており、都市の繁栄を感じる。
「今日は一緒に来てくれてありがとう、ギル」
「こちらこそ。貴重なあなたのお時間を俺にくださりありがとうございます」
王宮書庫は王都にある。2人は王都に行く前に、クロムへ訪れた。クロムは王都からほど近い場所にあり、大きな公共図書館がある。こちらは一般人も利用可能な施設だ。ギルフォードの額縁を購入した後、二人は図書館へ向かった。
二階建ての建物に入り、広い施設内をしばし歩いて、目的の本が並べられた棚を見つけた。
ジェナーは、棚の高いところに置かれた本を取ろうと背伸びしながら手を伸ばす。
(……と、届かない……っ)
ジェナーの身長では取れそうにないので、諦めて脚立を取ってこようと踵を床に着けると、頭上に長い腕が伸びた。
「こちらでよろしいですか?」
「……! え、ええ、そこにある本。背表紙のラベル番号SS06の本は全て取って欲しいの」
「分かりました。――この10冊ですね」
ギルフォードは背伸びもせずに軽々と本を取り、山積みにして片腕で抱えた。
「閲覧室へ行きましょう」
「かしこまりました」
閲覧室には幸い、ジェナーとギルフォードの他に人はいなかった。ジェナーは重厚な扉を閉めて、木製の長机の前に座った。
机の上に集めた10冊の本、SS06の番号で分類されたこれらの本は、「運命の紋章」を題材とし、実話に基づいて描かれたロマンス文学だ。100年ほど昔に発行された本で、かなり古びてはいる。
ジェナーとギルフォードは2人で10冊の本に軽く目を通した。
「……やっぱりね」
「はい。やはり、紋章が発現したのは、上流階級の娘息子で――行方不明だった庶子のみ、ですね」
「紋章保有者は、なぜか決まって紋章の存在を隠している。……それに、どう考えても行方知らずの庶子を確かめるように紋章が現れているわ」
「……『魔術』の類いが使われているのでしょうか」
「そう考えるのが妥当ね。血の繋がった子どもを証明する術があるのだとしたら……? 大昔に国際法で禁じられた魔術を、ごく限られた上流階級の者たちだけが、後継問題などを解消するために極秘で使い続けている……」
ギルフォードは、ため息をついた。
「そのような魔術があるのだとしたら、全ての辻褄が合います。運命の紋章の文献が存在していないことも、王女殿下が紋章を隠していることも、紋章があってもなお俺の精神に何の影響もないことも、何もかも……」
「誰にも紋章の真実にたどり着かせないために、上はどんどん規制を厳しくしているのでしょう。だから、紋章についてほのめかす文学さえも描けなくなった。表現の自由さえ、知らぬところで制限されてきたんだわ。……これらの文学を書いた人はきっと、勇敢にも紋章の真実を知らせようとしている。核心には触れていないけど、読む人が読めば分かるもの。上流階級の人たちが、国際法に反した禁術を使い続けているのだと」
ジェナーは、シャーロットのことを思い浮かべて、眉を寄せた。
「恐らく、シャーロット様にも、紋章の効力などという力は働いていないはずよ」
「……」
彼女は、紋章の真実を知った上でそれをあえて隠し、さも自分がギルフォードの運命の相手を装って彼に近づいたのだ。ギルフォードへの好意は、紋章による力ではなく、純粋な心から抱いた好意だろう。
ギルフォードは、この魔術に関して真相を隠されるべき理由はなかったはずだ。当事者であり、1国の王族であるのに、知らされていなかったのは――シャーロットが口止めしていたからだろう。少なくとも、ジェラルド・ヒューズは真相を知りながら彼女に口止めされていた。
「……つまりこの伝説の真実は、上流貴族が使った魔術の痕跡を、運命の証と誤認した人たちから広まった――偽りの伝説……ということですね」
「そうね。もしくは、禁術の痕跡を誰かに見られてしまった対処として、神秘的な噂を意図的に流すことで、本来の意味をカモフラージュしてきた……」
「どちらもあると思います。噂を流せば、興味がある人は食いつきます。それが上手い具合に連鎖して、三百年のうちに伝説として根付いたのでしょう。今や、魔術が存在していたことさえ、おとぎ話の世界ですから」
「……」
あと1つ。ジェナーの考えを決定づけるために、必要なものがある。
「お嬢様が王宮書庫に行きたいのは……魔導書を探すためですか」
シャーロットとの間に紋章が現れたことは謎だ。それを知るには、魔術についての詳細が書かれた書で、発動条件等を調べる必要がある。
「……そうよ。この国でもその術は長らく使われてきたはずだから、あるかもしれない。さすがに、もっと厳重に保管されているかもしれないけれど、手がかりくらいは見つかるんじゃないかと思って」
「なるほど。もし術にまつわる書を見つけたら、その時は――」
ジェナーは頷いた。
「あなたの手の甲にある印は、王女殿下との運命の証ではないと証明できる。もう……これに私たちが翻弄されることはなくなるわ」




