表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/48

24 ギルフォード攻略への条件

 

 ジェナーが王立学院に入ってしばらくが経った。シャーロットの恋敵として他の生徒たちから非難を受けることを覚悟していたが、予想していたような事態にはならなかった。――というのも。


「ジェナーさん……! 中間考査の勉強は進んでいらっしゃいますか? 私、勉強が苦手なので、よければジェナーさんに教えていただきたいです」

「えっと……私でお力になれるか分かりませんが」


 ジェナーは内心、嘘をつけ、とツッコミを入れた。しかし、彼女に懇願されては拒むことはできない。なにしろ、断ったとしても引き受けるまで頼んでくる厚かましさがあることは、お茶会の招待状を4通も送ってきたときから承知しているからだ。

 一見おっとりしている彼女だが、人並み以上に勉強ができることはゲームをプレイして知っている。ジェナーが勉強を教える必要はないのだ。


 シャーロットは入学して以来、頻繁にジェナーに声をかけてくるようになった。彼女は普通以上に好意的で、宿敵として学内に噂が吹聴されるようなこともなかった。しかし、ジェナーとしては極力関わりたくない相手だ。


「わあ、嬉しいですっ! ありがとう、ジェナーさん」


 ジェナーが了承すると、彼女はぱっと表情を明るくしてジェナーに抱きついた。体重を預けてきた彼女を手で支えると、上目がちに彼女が顔を上げた。


「私、ちょっと人より要領が悪くて……。いつもジェナーさんのことは頼りにしているのですよ?」


 甘えるような声で彼女が言う。眩いほどの容姿と愛らしさに思わず目を(すが)めた。


 ジェナーを牽制するような強気な態度をとっていた彼女が一変して、親しみを持って接してくるようになった理由は分かっている。


 ゲーム『運命の紋章』において、ギルフォードの攻略のためには悪役令嬢であるジェナーにひたすら話しかけて、友好関係を築いておくことが必須条件。今のシャーロットの行動は、ギルフォードルートでヒロインが攻略を成功させるためのシナリオ通りの行動である。


 ゲーム内でギルフォードをいたく気に入っていたジェナーも、シャーロットに情が移り、最終的には後押しする立場になる。

 ギルフォードはゲーム内でも、ジェナーに対して少なからず恩を感じていた。ヒロインはシナリオを進める上での課題として、ギルフォードとの関係を元主人のジェナーに認めさせなければならなかった。しかしそれは、あくまで――ゲームでの話だ。


「身に余るお言葉にございます、王女殿下」

「あら、シャーロットと呼んで欲しいといつもお願いしていますでしょう? ほら、王女ではなくて?」

「……シャーロット様」


 シャーロットは花のような愛らしい微笑みを浮かべているが、どこか強引で、有無を言わさないところがある。というより、お茶会でジェナーを貶めるような態度を取っておいて、その手のひら返しといったらない。ジェナーも彼女の強心臓には、呆れを通り越して感心さえしていた。


 彼女はさらに、あっ、と何かを思いついたように言った。


「ジェナーさん、よろしければギルフォードさんにも声をかけてくださらない? 彼、いつも成績はトップだそうですから、ぜひ彼にも教えていただきたいです……! あ、ご迷惑でなければ、ですが……」


 依頼というよりこれは命令だ。王女直々の頼みを断れるはずもなく。シャーロットは、「断るなんてありえませんよね」と言わんばかりに強気な笑顔を浮かべている。しかし、彼女とギルフォードの3人で勉強会だなんて、考えただけで胃が痛くなってくる。


 期待の眼差しを向けてくるシャーロットに、ジェナーは渋々頷いた。


「分かりました。……私から彼に声をかけてみますね」

「わあ、本当ですか!? ありがとうございます、楽しみにお待ちしていますね!」


 そして彼女は、ジェナーの耳元で囁いた。


「絶対、実現させてくれなくては嫌ですからね」


 手をひらひらと振りながら去っていくシャーロットの後ろ姿を見送りながら、ジェナーはどっと疲れを体に感じてため息をついた。



 ◇◇◇



 放課後になり、さっそく勉強会についてギルフォードに相談するため、校内で彼を探していると、ちょうど生徒会室から出ていくところに遭遇した。


「ギル……! ちょっと相談があるのだけど、今少し時間いいかしら?」

「はい、今から寄宿舎に戻るところでした。……立ち話もなんですし、どこか座れる場所を探しましょう」

「なら、あなたの部屋でいいじゃない? ちょうど戻るところだったのでしょう?」

「……」


 ジェナーの提案に、ギルフォードはいぶかしげに眉を寄せた。


「男の部屋に抵抗なく上がろうとするなんて、お嬢様は不用心ではありませんか」

「ふふ、ギルだけよ」

「またすぐそうやって調子の良いことをおっしゃるんですから」


 ぶつぶつと不満を零しつつも、彼は満更でもない様子だった。


 ギルフォードに案内され、寄宿舎の彼の部屋を訪れた。ジェナーは学院近くにタウンハウスを借りて、馬車の送迎で通学しているため、寮を訪れたのはこれが初めてだ。


 二階建てのモダンチックな外装の建物で、貴族の血縁が多く下宿しているだけあって造りが立派である。ギルフォードの部屋もなかなか広かったが、物が少なくとにかく飾り気がない。ギルフォードらしい部屋だ。


「物色しても面白いものはありませんよ」


 ギルフォードはお茶を用意しながら、部屋の中をきょろきょろ見回しているジェナーに言った。


「…………面白いもの、見つけちゃったんだけど。これ、何……?」


 壁に飾られた3枚の額縁を指さして言った。シンプルな部屋の中で一際目を引く派手なデザイン。その中には、見覚えのあるハンカチが収められている。


「お嬢様からいただいたものですね」


 これは正に、ギルフォードがエイデン家を出発した朝に贈った刺繍入りのハンカチだ。ギルフォードはなんでもないことのように淡々と答えたが、芸術作品のような扱いにジェナーは困惑した。


 そう言えば、これらを渡した時に、家宝にするだの、縁に入れて飾るだのと、のたまっていた気がする。どうやら冗談ではなかったらしい。


「使ってもらえないというのも、何だか寂しい気がするけど、大切にしてくれているようで嬉しいわ」

「いただいてからしばらくは使っていたんですが、もう手元から離れることがないように、飾っておくことにしたんです」


 ――もう、という言葉に思い出したのは、シャーロットのことだった。いつぞやのお茶会で、彼女はギルフォードから貰ったと言っていたが、やはり違ったようだ。彼女が貰ったとわざわざ嘘をついた意図についてはあまり考えたくはない。


(……それにしても)


 ジェナーはハンカチをじっと眺めた。2年も前の自作だが、今見てみると何とも珍妙な作品だ。


「――クラゲ?」


 ジェナーが呟くと、ギルフォードはぶっ、と吹き出して肩を震わせた。


「猫だったんじゃないですか。お嬢様が分からなくては、もうどうしようもないですね。ふっ……ふふ。画伯…………」


 ギルフォードのティーポットを持つ手がぶるぶると震え、注ぎ口からカップではなくテーブルの上にお茶が注がれていく。


(完全に馬鹿にされてる……)


 ジェナーを小馬鹿にしたギルフォードの様子を、遠い目で眺めた。


 ……猫、だっただろうか。

 顔を寄せてじっくりと観察してみる。しかし、どこが顔でどこが胴体なのかも分からないし、何を意図して作ったのか全くもって思い出せない画伯ジェナーであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ