19 王立学院に入学します
「お嬢様、とてもお似合いでございます」
「ふふ、ありがとう」
月日は巡り、17歳になったばかりのジェナーは、王立学院の入学式典の日を迎えた。ギルフォードをエイデン家から送り出した日から2年が経つのである。
新調したばかりの制服に袖を通し、姿見で自分の姿を確認する。王立学院の制服は、学院のイメージカラーである「知性と調和」を意味する緑が基調になっている。緑色のブレザーに、胸元の赤のリボン。上品で、尚且つ時流に合った若者に好まれるデザインだ。
ジェナーは鏡の前で体をくるりと動いた。短めのスカートの裾がひるがえり、腰の辺りまで伸ばした艶やかなプラチナブロンドの髪がジェナーの動きに合わせてふわりとはためく。ギルフォードが屋敷にいた頃は胸元までだった髪の毛は、その時より長めに残した状態で切り揃えてある。
「お嬢様でしたら、学院のマドンナになること間違いなしですよ! このアンナが太鼓判を押して差し上げますわ」
「アンナったら褒めすぎよ」
姿見の前に立つジェナーの横でアンナは、ふん、と鼻を鳴らしながら自信たっぷりに言った。
(ギル……元気にしているかな?)
ギルフォードからは、ジェナーの入学を祝って、今朝方に短いメッセージが添えられた大きな花束がエイデン家に届いた。
鏡の横のチェストの上に目線を移す。ジェナーはチェストの前まで歩き、花瓶に生けられた花に触れた。
学院に通い始めたら、今よりもずっとギルフォードに会う機会が増える。最後に彼にあったのは、もうしばらく前のこと。彼が王立学院に通い始めて格段に会える機会が減ったが、彼は見る度に大人びていき、一段と見目麗しい青年になっていた。
また、ギルフォードは、ゲーム『運命の紋章』のシナリオ通り、平民出身にして初めて生徒会長になった。会長は、生徒たちの中で最も好成績を収める生徒が選ばれるので――つまり、彼は恐ろしく優秀なのだろう。
「それじゃあ、行ってくるわね」
「行ってらっしゃいませお嬢様。お気をつけて」
久しぶりにギルフォードに会えるということで、ジェナーは心なしか浮き足立っていた。
◇◇◇
午前中に式典を終え、ジェナーはすぐに式に参加していたギルフォードの元へ駆け寄った。
「お、お嬢様……」
ギルフォードは口元を抑えながら、しげしげとジェナーの姿を眺め、感心した様子で言った。
「制服、とても良くお似合いです。思わず見蕩れてしまいました」
「ふふ、そうかな? ありがとう」
「はい。きっと、お嬢様は学院のマドンナになること間違いないでしょう」
(それはさっきどこかで聞いたわね)
ジェナーはにっこりと微笑んで、小首をかしげながら悪戯にギルフォードを見つめる。ギルフォードは照れくさいのか、きまり悪そうに目を逸らした。
また少し、ギルフォードは背が伸びた。初めて会った頃よりも身長差はずっと大きくなり、彼と話す時には顔を見上げなくてはならない。ジェナーは一層逞しくなったギルフォードの成長を感じつつ話した。
「式典の生徒代表の言葉、素晴らしかったわ。すっかり立派になっちゃって」
「恐れながら、生徒会長を務めさせて頂いているんです」
何だか、「生徒会長」という単語の語気が強い気がする。
「あらあら。大したものですね。それで、生徒会長さまはこの後もお忙しいのかしら?」
「はい。夜の夜会に備えてやることが山積みです。今からすぐに生徒会室に戻らないといけません」
「そう……。本当に大変なのね」
久しぶりに会えたので、もう少し話していたかった。けれど、忙しい彼を無理に引き止める訳にもいかない。ジェナーががっかりしていることに気がついたのか、ギルフォードは柔らかく微笑んだ。
「お嬢様も夜会に出席なさるのでしょう? そこでまた会えますよ」
「!」
失念していたが、今日は、王立学院の敷地内の大きなホールで、夜会が開かれる。この学院では、社交の場を経験するために、入学、文化発表式典、卒業等の行事に際してパーティが行われるのだ。
「ギルも夜会に出るの?」
「はい。何しろ俺は――生徒会長ですから」
「……それ、気に入ってるの?」
自信ありげに口角を上げているギルフォードに、ジェナーはくすりと笑みを零した。
以前は使用人として自分に仕えていた彼と、同じパーティに参加するというのは新鮮な感覚がする。
(……そういえば)
ここで、もうひとつ重要事項を失念していたことに気がつく。
ゲーム『運命の紋章』において、入学式典後の夜会もシナリオ上のイベントのひとつだった。
出会いから逢瀬を重ね、仲を深めていたギルフォードと正ヒロイン、シャーロットが、パートナーとして2人で踊るのだ。
しかしながら、ジェナーに前世の記憶が戻ったことにより、本来のゲームの筋立てから大きく外れている。お茶会でのシャーロットの様子からして、彼女はギルフォードに対して好意を抱いていることは確かだが、今夜のパーティで彼女がどのように動くかは全く予想できない。ジェナーは内心で、一抹の不安を抱いた。




