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16 こんなサプライズはいかがですか?

 

 ギルフォードは午後になって屋敷を訪れた。今日は正面玄関から彼を出迎え、応接に案内した。今日の彼は使用人ではなく客人待遇だ。


「さあ、そこに座って?」


 ギルフォードを長椅子に促し、ジェナーも向かいに座る。ギルフォードは、テーブルに置かれた本に目をつけた。


「これは……随分昔の本ですね」

「ええ。さっきまで読んでいたの。百年近く前の宮廷文学よ」


 ジェナーが読んでいたのは、宮廷もののロマンス文学だ。運命の紋章が浮かび上がった男女の恋愛が生々しく描かれている。古い文学をあえて選んでいるのは、近年になって運命の紋章を題材とする小説がめっきり出版されなくなってしまったからだ。――不自然な程に。


「どんなお話なんですか?」

「路地裏で暮らしていた孤児だった男の子が、実は公爵家の私生児だったの。公爵家に仕えていた女騎士が、男の子と出会った時に紋章が首元に現れて……。2人はすぐに恋に落ちたわ。……後に彼の血筋が明らかになって、公爵家を継いだ男の子と女騎士は結婚。ロマンチックでとても面白かったわ」


 孤児だった少年が実は高貴な血筋だった――なんて今のギルフォードによく似た境遇だ。


「それにしてもね、この2人、紋章をずっと他の人達には隠し続けたらしいの。運命の証なんて凄く素晴らしいのに、どうして隠す必要があったのかしら?」

「紋章保有者は珍しいので、変に目立ちたくなかったのではないですか」

「そういうものなのかな?」

「まあ、俺がお嬢様と対になる紋章を有していたとしたら、これみよがしにひけらかすと思います。例えば――手を顔の前にかざしながら街中を闊歩するとか」

「ほらね。あと、それは間違っても実行しちゃダメよ。不審者に見られて通報されるわ」


(……そういえば、シャーロット様も紋章を手袋で隠しておられたわ。彼女にとってどんな理由があるのかしら)


 ギルフォードは本をテーブルに戻して、その隣に置いてあるさらに古びた本を手に取った。


「……これ、全て古語で書かれていますが」

「……? そうだけど」

「まさか、原文のまま読んでいらっしゃるんですか?」


 ジェナーが頷くと、ギルフォードは目を見開いた。

 ジェナーは、楽器やダンス、刺繍といった令嬢に求められる音楽的、芸術的素養が著しく欠けている。一方で学問に優れていた。


 いくら勉強ができても、社交界で女性が求められるのは学問ではなく前者の方なので、両極端な能力の偏りに両親は頭を抱えていた。


「古文はとても面白いわ。今とは違う文化や価値観の中で生きてきた人々の様子が見えるから。まだ――「魔術」の類いが存在していた頃とかね。今ではもう考えられないけど、昔は魔術士という職種が認められていたのよね」

「ええ。三百年前に国際法で世界的に魔術の一切が禁じられてしまいましたが。人が力を持つということは、必ずしも良いことばかりではないということでしょう」


 かつては人々の身近な存在として魔術が使われていた。魔術が、人を殺したり、人体や精神に強引に干渉したりするなど、悪事に使われることが多かったため、三百年前に世界は魔術を放棄し、魔術士たちは皆処罰の対象になった。


「……以前から思っていましたがお嬢様は、音楽や芸術は()()ですが、かなり頭はよろしいですよね」


 ()()、とは酷い言い草だ。


「……音楽や芸術に長けた人の方が良かった?」

「いいえ。俺はどのようなお嬢様も、好ましく思っております」

「そ、そう。……ギルは? ギルこそ、勉強はどうなのよ。学院で学ぶ内容は難しいんじゃない?」

「さほど大変とは思いません。授業で学ぶ基礎学だけでは物足りなくて、専門分野を独学で学んで補っています」

「ふうん……とか言って、芸術科目とか武術は赤点だったりするんでしょ」

「はは、俺は満遍なくなんでもこなしていますよ」

「俺はってどういう意味よ」


 どこか欠点を見つけてケチをつけてやろうと思ったものの、ギルフォードは優秀だ。『運命の紋章』ゲーム内でも、王立学院で首位の成績を収め続けた彼は、平民出身の生徒の中で初めて、生徒会長を務めることになる。完全に攻略対象補正だ。


「それでも、古語を原文のまま読むなんて荒業俺にもできないです」

「ギルだってその気になればできるようになるわ。古文読解できても、貴族の箱入り娘にとってはあまり実用的な能力じゃないんだけどね」


 ジェナーは苦笑を浮かべた。芸術と音楽を除けば、ジェナーは優秀だ。勉強はあまり頑張らなくても人並み以上にできるし、特に古語や外国語といった語学系に強いのだが、日常で国の外に出ることもなければ、古文を使う場面なんてそうそう出くわさない。

 女性として潰しが効かない感じの特技ではなく、せめてもう少し手先が器用で、人並みの感性があったらと何度も思ったものだ。


「学院に入れば女性も基礎学のひとつで古語を学ぶと思うので、お嬢様なら良い成績が収められそうですね」

「座学は良くても芸術と音楽の実技のせいで、総合評価はプラスマイナス=マイナスになってしまいそうだけど」

「実技の減点が大きすぎてプラマイ0に収束していないのが面白いです」

「……またお父様とお母様に呆れられてしまうわ」


 ちなみにジェナーの能力に関しても、ゲーム『運命の紋章』における設定通りだ。悪役令嬢であるがために、あえて欠点を作ったらしい。学院において、座学と実技が合わさったテストで平均より低い成績を残すのは既に決定事項だ。


 ギルフォードとたわいない会話を楽しんでいるところに、扉がノックされる音が響いた。アンナがワゴンを押して応接室に入室する。ワゴンの上には、鉄製の円型フードカバーがかけられた皿が乗せられている。


「わざわざすみません。俺のために用意していただいたのでしょうか」

「そうよ。しかもね――私のお手製」

「へ、へえ……お嬢様の……」


 ギルフォードの頬があからさまに引きつっている。しかし、アンナがフードカバーを外して、中の物を確認すると、ギルフォードは驚いた顔を浮かべた。


「……本当にこちらをお嬢様がお作りに?」

「ふふ、よく出来ているでしょう? レイラがレシピを書いてくれたの」

「さすがはレイラ様です」


 アンナもそうだったが、この家の人は主人に対して扱いが結構ぞんざいだと思う。レイラのみに向けられる賞賛の言葉にジェナーは口を曲げた。


 アンナが小さめの皿にケーキを切り分けて、ギルフォードとジェナーの2人分をテーブルの上に置く。ギルフォードは、丁寧な仕草でフォークをケーキに入れ、ひと口口に運んだ。


「…………っ」


 ギルフォードの顔が――歪んだ。


「ギル……? どうしたの……?」

「お、お嬢様。これ、もしかして砂糖と塩を間違えていらっしゃいませんか?」


 ギルフォードの指摘を受けて、ジェナーも手元に置かれた皿から、ケーキをひと口食べる。


 ――とてつもなく、しょっぱい。

 予想していたような甘味は一切なく、強烈な塩味が口内に広がり、実に刺激的な味だ。塩味というより辛味に近い。


(……そんな、ベタなことって……!)


 頭の中で、鬼のように目じりを吊り上げたレイラの『違うだろーー!!』という怒号が響き渡り、ジェナーはすっかり項垂れた。

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