14 ヒロインのお茶会に招待されました (2)
シャーロットからの問いに何と答えていいか分からず、ジェナーは言葉に困った。
「どうなんでございますの? エイデン嬢」
公爵令嬢のヒルデが、追い打ちをかけるように尋ねる。
「は、はい。確かに、身寄りのなかった彼を引き取り、使用人として屋敷に住まわせておりました。ギルフォードは、シャーロット様の仰るように、とても紳士的です。それから頭脳明晰で機知にも富んだ人です。……独学で勉強をして、王立学院の試験に合格してしまうほどですから」
とりあえず、シャーロットも既に承知しているような当たり障りのない返答をした。シャーロットは、ギルフォードに感心した様子だった。それから、おずおずと上目がちにジェナーに向けて言った。
「ジェナーさんは、ギルフォードさんとずっとお傍で一緒に過ごされていたから、きっと彼のことを知り尽くしているのでしょうね」
「……ずっと、とはいっても2年間です。ですから私も、ギルフォードのことを知り尽くしているわけではないでしょう」
途端、シャーロットは顔を歪めて泣き始めた。小さな顔を両手で覆い、肩を震わせすすり泣いている。その光景に、ジェナーは目が点になった。かなり気を使って当たり障りのない言葉を選んでいたつもりだ。何か、彼女を傷つけるような失態をしてしまっただろうか。いや、さっぱり見当がつかない。
「も、申し訳ございません。私、何か失礼なことを――」
「そうでは、ありません」
シャーロットは手で顔を覆ったまま続けた。
「ただ、ギルフォードさんのお傍で過ごせたジェナーさんが、とてもとても羨ましくてならないのです。……私は、こんなにも彼をお慕いしているのに、まだ1度しかお会いしてない上、何も彼について存じ上げないのですから……っ」
そう言って涙を流すシャーロットは、健気でいじらしく見える。周りの令嬢たちは同情を誘われ、彼女を必死に励ました。
「どうかお泣きにならないでください。シャーロット様はこの国で最も高貴な女性でございます。そして私たちは、あなたほど素晴らしい女性を他に知りません。きっと、ギルフォードさんという方もあなたを恋い慕うようになります。彼のことは、これから知っていけばよいのでございますよ」
ジェナーの心臓がドクンと音を立てて跳ねる。
もう、完敗だ。この場でギルフォードへの想いを明かすことはおろか、ましてやギルフォードと自分が想いあっていることなど口が裂けても言えない。場の主導権は完全にシャーロットに握られている。
ジェナーは動揺を隠し、黙して語らずにいた。
友人たちからの励ましを受け、落ち着きを取り戻したシャーロットは、ハンカチを取り出して涙を拭い始めた。
(……あのハンカチって)
シャーロットは、ジェナーにとってよく見覚えのある緑色のハンカチを使っている。レースがあしらわれ、上質な生地でできたハンカチ。それはジェナーが、ギルフォードに贈った刺繍入りのハンカチだ。他の令嬢たちには死角になっていて刺繍部分は見えていないが、シャーロットの隣に座するジェナーにははっきりと確認できる。
ジェナーがハンカチに驚いて瞠目すると、それに気がついたシャーロットは、優美に微笑んで小声で呟いた。
「……やはり」
シャーロットは、刺繍入りのハンカチがジェナーの贈り物であることを確かめたかったのだと理解した。ただの1使用人に、主が手ずから刺繍を入れたものを贈ることがあるだろうか。それはない。
往々にして、ハンカチを贈るのは――特別な相手である。世の女性たちは、ハンカチに自分のイニシャルや家紋の刺繍を施し、『いつでも私のことを想っていて』というような意味を込めて好きな人に渡すのだ。つまり、刺繍入りのハンカチは――愛の印。彼女は、ジェナーとギルフォードの親密さを図ったのだ。
「このハンカチ、私にギルフォードさんがくださったのですよ。私、なんだかとても嬉しくて、毎日持ち歩いているのです」
ヒルデたちが微笑ましそうに相槌を打っている中、ジェナーだけは腑に落ちなかった。ありえないのだ。『額縁に入れて飾ります』とまで言って大事そうにしていたギルフォードが、これを他の誰かにあげてしまうなんて。どういう経緯があったかは定かではないが、本当に譲り受けたのかとはなはだ疑問に思う。
しかし、ジェナーはシャーロットがハンカチを譲り受けたのだと言った狙いを理解せずにはいられなかった。これも「牽制」だ。シャーロットは、ギルフォードがジェナーの贈り物を自分に簡単に横流ししたことをアピールしているのだ。ギルフォードは、ジェナーの贈り物など、いとも簡単に人に譲ってしまう。つまり、ギルフォードのジェナーに寄せる関心はその程度なのだから、好意を寄せているのなら諦めなさい――と。
(シャーロット様。……なんというか、有無を言わさない感じが、ちょっと怖いわ。でも、現実ではこのくらいの強かさがないと、ゲームのヒロインなんて務まらないのかもしれないわね)
シャーロットは人当たりも良く、友人たちに随分慕われている。清廉潔白で純真そうに見えて、その実、自分が得をするための身の振り方をよく心得ているらしい。多分、社交界ではこういう人がいつのまにか権力を握るようになるのだと思う。
「ねえジェナーさん、あなたなら、ギルフォードさんがどのような異性がお好みかもご存知ですか? 私……頑張って彼の理想に近づきたいのです」
ジェナーはなんと答えるべきかと思案を巡らせた。
「申し訳ございません。そのような話は彼から聞いたことがないです」
「では、彼の好きなことは?」
「好きなこと……。屋敷の仕事は好きだと言っておりました。特に、食卓用のカトラリーを磨くのが楽しいと。後は、庭園で風に当たることが好きだと思います。時折、庭を散歩していたり、クヌギの木の下で、本を読んでいる姿を見かけましたので」
当たり障りのない問いにだけ答え、内容は通り一辺倒なものにした。「好きなタイプは私で、好きなことは主人である私に仕えることです」など素直に答えた日には大変だ。しかし、庭の散歩も、木陰での読書も――ジェナーがギルフォードと過ごした思い出の1つなのだが――。
ジェナーが答えると、令嬢たちが過敏にはやし立てた。
「では、自然豊かな植物園や公園に彼をお誘いしてみてはいかがでしょう?」
「それはとても楽しそうですね。――カゴには磨きがいのあるフォークやナイフなどのカトラリーを沢山入れて」
「まあ、シャーロット様ったらご冗談がお上手ね。ふふ、おかしい」
令嬢たちがきゃあきゃあと盛り上がる横で、ジェナーはすっかり、シャーロットのペースに飲まれ疲弊していた。
「皆さんがお優しくて、感激致しました。2年後、いえ、もう一年半後でしょうか。……皆さんと王立学院で過ごせることを楽しみにしておりますね。そのときはきっと、私の恋を応援してください」
シャーロットはにこりと柔らかく微笑んだ。
クレイン王国はそれほど大きな国ではなく、教育機関もさほど充実していない。貴族の令嬢、令息たちは、寄宿舎に入るなり、学校近くに屋敷を借りるなりして、こぞって王立学院に通う。
王立学院の一般入試は非常に難易度が高く、実力ではいるのは非常に難しい。幼少の頃から教育を受けてきた商家の子どもだったり、爵位はないが、世間では良家と呼ばれる家の子どもがなんとか合格できるレベル。ギルフォードのように、純粋な平民が入学できるケースは少ない。よって、王立学院は、実質的に貴族のための学校だ。学院の数が限られている以上、ジェナーも王立学院に通わざるをえない。
(……ギル。私、この王女様相手に、太刀打ちできる気がしないわ……)
ジェナーは人知れず嘆息した。




