13 ヒロインのお茶会に招待されました (1)
ある日。エイデン伯爵家に、ジェナー宛ての手紙が届いた。アンナから手紙が届いたと報告を受けたときは、ギルフォードからではないかと期待した。しかし、彼女が手渡してくれたのは淡いピンク色の封筒。封蝋には王家の紋章が刻印されている。
相変わらずギルフォードは筆無精だ。王立学院の文化発表式典の夜から、1ヶ月経っても何の音沙汰もない。あれだけ目の前で愛を囁いておきながら、結構薄情な人だと思う。もちろん、彼が学業に忙しいことは承知しているので、無理に催促する気はないのだが――。
(今度会うとき、どうして手紙の返事をくれないのか聞いてみようかな? そうしたらちゃんと納得できるし……全く返事がないのも、寂しいわ)
ピンクの封筒を開けると、中から優しい花の香りが漂い、鼻腔をくすぐる。便箋に香り付けが施されているらしい。
「……お茶会にご招待……」
送り主は、クレイン王国第1王女、シャーロット・テナントだった。丸みを帯びた女性らしい筆跡で綴られた正体の内容に、肩を落とす。
この1ヶ月、シャーロットから届いた招待状は――4通目になる。これまでは、彼女から手紙が送られてきたことなど1度たりともない。恐らく、招待の目的は、他でもなくギルフォードについて探りを入れるためだろう。
3通目までは誘いを断っていた。
なぜなら、シャーロットがギルフォードに愛情を抱いている可能性が高いためだ。たまたま、ギルフォードに対しては紋章の力が発揮していないのだとしたら、シャーロットが彼に抱く愛情は並々ならないはずだ。ジェナーは晴れてギルフォードと思いを通じ合わせているので、ここで下手にシャーロットの元へ行っても、余計な波風を立てるだけだろう。体裁が悪くても、関わらないことが得策だと考えていた――のだが。
シャーロットは執念深く、4度も招待状を送ってきた。1度、2度でも恐れ多いのに、3通目の誘いを断った日には、エイデン伯爵家の長男カーティスは精神的不安から血便が出て、母は寝込んだ。他方、父と次男オスニエルは「腹が据わった娘」だと能天気に笑っていた。
(これ以上王族の方の誘いを断るのは、家の名誉にも関わるし……。行っても地獄、断っても地獄。もはやどう転んでも良いようにはならないわね。……腹を括るしかなさそう)
招待を受けることには躊躇いがある。しかし、このままにしておく訳にもいかない。
ジェナーは小さくため息をついた。
◇◇◇
お茶会は、王宮の離宮に用意された客室で行われることになった。王族主催の会ということで、新しいドレスを新調し、いつもより念入りに着飾った姿で王宮を訪ねた。案内された部屋はそれほどの広さはないものの、家具や照明、小物に至るまで目に見えて高級品が揃えられており、王宮に相応しい豪奢な内装である。
「本日はお越しくださりありがとうございます。ジェナーさん」
「お初にお目にかかります、王女殿下。私の方こそ、このような会にお招きいただいてとても嬉しく思います」
「ふふ、シャーロットと呼んでくださって結構ですよ」
「……では、シャーロット様と呼ばせていただきます」
実際に会ってみて、シャーロットは噂で聞いたり、ゲームで見た通り、美しく感じの良い令嬢だった。ふわふわのウェーブがかかったストロベリーブロンドの髪も、こぼれ落ちてしまいそうな程大きな瞳も、見る人の庇護欲を掻き立てる。
(……この方が、『運命の紋章』のヒロイン……)
ジェナーに続いて、他に招待された3人の令嬢たちが挨拶していく。今日は小規模な会ではあるものの、公爵令嬢ヒルデ・ドールを筆頭に錚々たる顔ぶれだ。皆ジェナーの伯爵家より格上の家柄の令嬢ばかり。その上彼女たちはシャーロットの顔馴染みのようだ。ジェナーには不利な環境が、完璧に整えられている。
お茶会が始まり、一同はテーブルを囲って、お茶を飲みお菓子を食べつつ歓談を楽しんだ。しかし、ジェナーはシャーロットから何を言われるのかどきどきしていて、食べ物があまり喉を通らなかった。
「ジェナーさん? まだ緊張しておいでのようですね。大丈夫、私の友人たちはとても素晴らしい方なのですよ。ですからどうぞ、肩の力を抜いて気楽に楽しんでくださいね」
「……ありがとうございます」
口元に手を添えて微笑む仕草さえ可憐だ。しかし、なんだか腹の底がしれない人だとも思う。
「こちらのお茶、芳醇な香りにまろやかな飲み口ですわね。……わたくし、初めて口にしました」
「このお茶は、玉麗といって、苦味や渋みが少ないのが特徴なのです。紅茶も良いけれど、緑茶もまた味わい深いものですね」
「へえ。どちらで栽培されるのですか?」
「ごめんなさい。そこまでは……」
ヒルデとシャーロットの会話を聞きながら愛想良く相槌を打っていると、1人の令嬢がジェナーに言った。
「ではジェナー嬢にお聞きしましょう。彼女なら――当然、ご存知でしょうから」
「え……」
『当然知っている』――などと言われて、ジェナーは戸惑う。すると、その令嬢は品定めするような眼差しで愉快げに続けた。
「だって、シャーロット様に何度も、お茶の知識の豊富さには自負があると豪語されていたのでしょう? お茶だけでなく、自分ほど教養のある令嬢は他にいないとかなんとか……。どうぞ、遠慮なさらず私たちにお話くださいませ。まさか……大見栄を切って嘘をおっしゃっていた訳ではありませんよね?」
「…………!」
ジェナーは1度たりとも、シャーロットに対して、自分がお茶に詳しいなどと自慢したことはない。シャーロットの方をちらりと見ると、彼女は素知らぬ顔で悠然と微笑んでいる。――つまり。シャーロットは上流階級の令嬢たちの前で、ジェナーを嘘つきの見栄っ張りに仕立て上げようとしているのだ。
ジェナーはぐっと息を飲み、答えた。
「……確か、クレインより東方のリスタ国の山間部で栽培されていたかと思います。お茶は水捌けが良い土壌を好み、湿度の低い地域で育つのです。玉麗は渋みを抑えるために、一定期間被覆資材で日光を遮断しているそうです」
このごろ、王族や貴族の間で東洋の緑茶が、脚光を浴びている。輸入品は非常に高価であり、その中でも玉麗は高級品である。かつて、毎日のようにギルフォードに茶と飲んでいたころ、丁寧な解説をしてもらっていたため、ジェナーはそれなりに茶の文化や流行に精通している。
(ありがとうギル……。ギルのおかげでなんとか醜態を晒さずにこの場を凌げそうだわ)
ジェナーが内心で彼に感謝していると、ジェナーに尋ねてきた令嬢は、心底面白くなさそうに口角を下げた。
「まあ……そんなに手間がかかっているのですね。勉強になりましたわ。本当にとてもお詳しくて……感心いたしました。でも、知識を自慢したりひけらかすことは、淑女として褒められるものではありません。あまりシャーロット様を困らせてはだめよ?」
「…………」
「試すようなことをしたのは謝罪します。――あしからず」
「いえ……お気になさらないでください」
この令嬢は、シャーロットに何を吹聴されていたのだろうか。ジェナーはこのとき、恐ろしくてシャーロットの顔を見ることができなかった。少なくとも彼女が、こちらを敵として見ていることは明らかになった。すると、シャーロットが切り出した。
「私ね、皆さんに相談したいことがあるのです。実は今、気になっている男性がいて……」
ほのかに顔を赤らめながら言ったシャーロットに、一同はざわめいた。
「王立学院の文化発表式典に言った際に、偶然出会って助けていただいた方なのです。名前はギルフォードさんといって、学院の生徒さんでした」
話を聞いていた令嬢の1人が、興味深そうに尋ねる。
「それで、どのようなお方なのでしょうか?」
「ふふ、とてもとても格好よくて、お優しい方でした。ひと目彼の姿を見て、まるで雷に打たれたように彼に惹かれたのです。こんなに強く心が動いたのは初めてでした。その瞬間から、ギルフォードさんに愛情を抱くようになったのです……」
シャーロットは顔を真っ赤に紅潮させた。令嬢たちもきゃあ、と歓声を上げ、興奮気味の様子だ。
シャーロットは頭が切れる人だ。令嬢たちはそもそも、シャーロットが親しくしている友人で、皆すっかり応援モードになっている。彼女が好意を宣言したのなら、ジェナーは決して、この場で同じ相手への好意を口にすることはできない。
また、『雷に打たれたような感覚』は、よく運命の紋章の伝説が語られる上で使われる言葉だ。やはり、シャーロットには紋章の力が発動して心が動かされたのだろう。しかし、1つ気になるのは、シャーロットが手袋をつけて紋章を隠している点だ。運命の紋章は、女性たちの憧れであり、紋章を見せたらより令嬢たちは協力的になるはずだと思うのだが。彼女の口から紋章については今のところ一切語られていない。
「それで、ジェナーさんにお尋ねしたいのです。――ギルフォード様が一体どのようなお方なのかを」
「…………」
令嬢たちは、なぜジェナーに尋ねるのか、といった風に首を傾げた。シャーロットはその疑問に答えるように続ける。
「ギルフォードさんは、平民出身の方らしいのですが、どうやら長らく、そちらのエイデン伯爵家に使用人として身を置かれていたそうなのです。きっと、ジェナーさんなら彼のことを詳しくご存知かと思ったのですが……。ねぇジェナーさん。――お話してくださいますよね?」
シャーロットの期待の眼差しと共に、令嬢たちの注目が一気にジェナーに向けられる。ジェナーは固唾を飲んだ。シャーロットは既に、ギルフォードのことをリサーチ済みのようだ。更に、先程ジェナーが好意を打ち明けられないように牽制した上で、ギルフォードの情報を聞き出そうとしている。
(どうしよう……なんて答えたらいいの……?)




