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ドーベルマン  作者: 湯ノ村
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力の使い方

「そんな幼稚な原動力で大怪我を負うなんて馬鹿げてるよな」


 車の窓ガラスを割る事から始まった工具を今度は人間に振るう為に見せびらかす。


「おいおい、それで頭を殴ったら一大事だぞ?」


「だったら、消えろ!」


 暴行という域を超えた殺意に満ちた素振りは、動物的本能に基づいた威嚇であり、窃盗の未遂から殺人へと飛躍を果たそうとする短絡的な判断に手が負えない。素振りの次に、男の身体を狙って工具が実際に振り下ろされたが、稚児の駄々を躱すように足を動かし避けた。


「クソが!」


 癇癪を起こした実行犯の熱意と涼しげな男の態度に、この場に生じる軋轢が矮小なものとして腑に落ちた。


「はぁはぁ」


 悪逆に走った身体の摩耗は早く、軸を失った独楽のようにふらりふらりと、あてどなく足がバタついた。


「終わりか? なら、これで」


 男は胸を弓なりに膨らませると、右腕を矢のように引き絞り、拳を打ち出す構えに入った。目的をかなぐり捨てて、男への怒りを露見させる実行犯は一転、腕を畳んで亀さながらに丸まった。理知的な思考を介さずにそのまま行動に移した実行犯の危機感は、下記を辿ると正しかったと言えるだろう。しかし、


「ぐ、ぇ」


 殻に閉じこもる実行犯へ男がお構いなしに拳をぶつけると、身体は綺麗な「くの字」に曲がり、プラスチックと相違ない軽さで五メートルほど吹っ飛んだ。人間業と思えない力の出現は、実行犯が募らせた危機感に答えた結果だと言える。


「……」


 まだ記憶に新しい、見張り役の鼻頭を小突いて涙目を誘った先刻のやりとりが、男の手心によって成立していた事が明らかになる。これ以上男に逆らっても利点はないと見張り役は咀嚼し、噛み砕いて軟化した意思を吐き出す。


「参ったよ。アンタは凄いな、全く凄いよ」


 ひたすら褒め称えて無力な人間である事をあけすけにしたが、そう都合よく翻した態度を犯罪者探しに夜中の町を出歩く徹頭徹尾なる正義感を持った男が受け入れるはずもなかった。


「ありがとう。でも、お前、窃盗犯だよな?」


 頬の上から叩かれた奥歯の二本は粉砕と形容しても問題がないほど、舌の上に無数の破片となって散る。合わせて、筋張って伸びる首と目玉の反転を鑑みるに、雪だるま宜しく地面を転がり、手足が伸び切る頃には先んじて吹っ飛ばされた実行犯と肩を並べた。


「あー、もしもし。人が倒れているので、救急車お願いします」


 男は差し出がましい緊急隊員の要請を鼻歌混じりに行い、未然に防がれた窃盗の残骸を悪びれず残して去っていった。闇夜の韜晦に授かる次の犯罪者を求めて。

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