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第8話 恩人(マックス視点)

 


 僕ことマックス・グルーンはその日天使に出会った。


 お母さんが助からないと言われ、絶望の淵に立っていた僕の前にその人は現れた。

 ノア・シュバルツ。僕と同じ五大貴族の一つ、シュバルツ家の子で初めて会った時の印象は綺麗なお人形さんのような少女だった。

 しかし、そのイメージはすぐに崩れる。彼女との二回目の邂逅は彼女が僕の家に飛び込むようにやって来た時だ。

 黒百合の馬車が停まるのを見た僕は何があったのか気になって屋敷の玄関へと向かう。

 なにやら様子が騒がしい。言い争うような声がしている場にたどり着くと、大人達が一人の少女を取り囲んでいて、僕は思わずその少女の名を呼んだ。


「ノアさん?」


 僕が現れたことで大人達の手が止まる。


「あの、どうしてノアさんがここに? それに怪我してて痛そうだよ」


 なぜ彼女がここにいるのだろう?

 彼女が今日うちに来るなんて予定は聞いていなかった。そもそも来客はしばらく断るとお父さんが言っていた。

 もう一つ疑問なのがボロボロになっている姿だ。


 お茶会の時とは違い、髪は乱れて頬には引っかき傷のようなものがあり、目元には隈が浮び、満身創痍とも言えそうな姿だ。


「いいところに来たわねマックス。貴方のお母さんの居場所を教えて頂戴」


 彼女は僕の質問に答えることなく、急に距離を詰めて逃がさないとばかりに肩を掴んできた。

 その行動がいきなりだったものだから驚いてしまった。痛々しい姿ながらも宝石のように輝かしい顔が眼前に迫る。

 いつもの僕だったら照れて顔を赤くするのだろうけど、今の僕はそれどころじゃなかった。

 大好きなお母さんが死ぬ悲しみが僕からあらゆる気力を奪っていた。目の前が真っ暗になっていって、自分が立っている場所がわからなくなってしまいそうなくらいに。


「マックス! しっかりしなさい!」


 凛とした声がした。

 お母さん? ……いいや。ノアさんだ。

 彼女の言った言葉はお母さんが臆病な僕にいつも言い聞かせていたものだ。


『しっかりしなさいマックス。あなたはやればできる子なんだから』


 そう言って頭を優しく撫でてくれた。

 俯いていた顔をあげる。ノアさんの姿がお母さんに重なって見えた。


「本当?」

「嘘をついてどうするの? 私は出来ることしか口にしない女よ」


 妖しく艶のある声は聞いた人間を惑わせるような悪魔の囁きのようだ。

 でも、こんな美しい悪魔とだったら契約したって構わない。


「こっちだよ!」


 どうせもう手遅れ……だけど諦めたくなかったんだ。

 決断にかけた時間はわずかひと呼吸のみ。

 僕はノアさんの手を掴んで屋敷の中を駆け出して彼女を連れてお母さんのいる病室に入る。

 もう一度お母さんに声をかけても返事はなく、後は神にも縋る気持ちでノアさんに任せ、少し後ろに下がって見守る。

 彼女は真剣な顔でベッドに寝かされていたお母さんの手を握ると変化はすぐに訪れた。

 手を握っていただけのノアさんの顔色がみるみるうちに青くなり、肩が震える。対照的にお母さんの体から感じていた気味の悪い何かが薄れていく気がした。


「ノアさん!?」


 近づこうとするが彼女は僕を拒絶する。

 青かった肌の色はもはや土色にまでなっていた。

 どうしよう。急いで誰か大人を呼んできた方がいいのかな!?


 バタン!


 彼女が地面に倒れ込み大きな物音がして苦しそうにのたうち回るノアさんは大粒の涙を流しながら小さな悲鳴を漏らす。

 遅れてやってきた大人達が部屋に押し寄せるけど、みんなその異様な光景に足を止める。まるで何かに纏わりつかれて苦しめられているかのような動きをする姿が数日前のお母さんと似ていた。

 もしや彼女を苦しめているのはお母さんにかけられていた呪いなの?


「……おえっ」


 体を痙攣させながら吐瀉物を溢すノアさん。

 それが引き金だったのか、彼女の顔に生気が戻る。

 強い意志を宿した紫紺の瞳が何かを捉えて消し去った。僕には見えない何かが終わった気がした。

 ノアさんがもう大丈夫だと言って、みんながお母さんに近づいていく。

 やっぱり彼女は自分の身を犠牲にしてお母さんを助けてくれたんだ。


「奥様が何かおっしゃろうとしているぞ」

「マックス様は奥様のお側に」


 部屋の隅で力尽きたように座るノアさんから視線を外してお母さんの側に寄る。

 もう二度と開かないと思っていた目蓋がゆっくりと持ち上げられる。


「──マックス?」

「お母さん!!」


 名前を呼ばれて堪らなくなった僕はお母さんに抱き着いた。

 お母さんだ! 僕のお母さんが生きてる! 助かったんだ!!


「お母さんが死んじゃうって。いなくなっちゃうって思って僕は……」

「もう。グルーン家の子がそんなに泣くんじゃありません」


 いつものやりとりをしながら僕とお母さんは抱き合った。何度も僕の名前を呼んで息苦しいくらいに抱き締めるお母さんの顔から温かいものが僕の顔に落ちて来た。

 お母さんだって泣いてるじゃないか。


「マックス様。奥様は目覚められたばかりですのでそろそろ」

「うん」


 目を覚ましたとはいえ、お母さんの手には普段のような力は入っていなかった。

 きっと頑張って呪いに耐えていたせいで疲れてしまったんだ。


「ねぇ、私に一体なにがあったの?」

「あのねお母さん。ノアさんが助けてくれたんだよ!」


 僕はお母さんに全てを話した。

 急にノアさんが家に来たかと思えばお母さんの病室を聞いてきて、そして呪いを消し去ってくれたことを。


「……そうですか。シュバルツ家の令嬢が。貴方達、今すぐにその子を医者に。それから私の名でシュバルツ家に連絡をしなさい」


 ベッドの上で寝たままの体勢だけどお母さんの指示は迅速だった。

 ぐったりとしていたノアさんだったけどお医者さん曰く、ただ疲労困憊で眠っただけらしい。


「マックス。私はもう大丈夫ですから貴方はノアさんについてあげなさい」

「うん。わかったよお母さん」


 運ばれていく彼女と共に部屋を出る。お母さんの病室の隣にあるもう一つの部屋のベッドにノアさんは寝かされた。

 僕と同い年の女の子。たった一度だけしか会っていないのに何故か僕の家に押しかけてお母さんの命を救ってくれた。


「君は天使様なのかな?」


 お母さんが読み聞かせてくれた絵本に描かれていた女の子を思い出す。

 四匹の獣と一緒に悪い魔女を倒して傷ついた人達を次々と治していく女の子。

 眩い光の力を放ちながらそれが自分の役目だからと地上に祝福をもたらした。

 空の神が使わした美しい人。

 もういなくなってしまったけど、天使の加護はいつか僕らを導いてくれる。

 そんな夢のようなお伽話。


「もしもそうだったら……いや、きっとそうだよね」


 穏やかな顔で寝ている彼女は何も答えない。

 その可愛らしい寝顔を見ながら僕はあることを決心する。


「いつか必ず、僕は君に────」





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