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第69話 私と魔女とそれから、


 真っ暗な空間。光も何もないただ暗くて静かな場所に私は立っていた。


「見覚えしかないわね」


 この場所には以前も来たことがある。

 魔女の魂が眠っている精神世界。現実と時間の流れが違うノア・シュバルツの内なる世界。


「前回と違うのは私の見た目ね」


 茶髪ではなく黒髪。

 ヒョロガリな日本人体型ではなく、手足がスラリと伸びたモデルのような体。

 前世の姿ではなく、ノアとしての私の姿だ。

 どうしてこういう変化があったのかはわからない。

 転生してからの時間が経って私の感覚がノアとしてのものに置き換わったからかもしれない。


「……どうして……どうして……」


 案の定、災禍の魔女さんが泣いていらっしゃる。

 見た目だけは私に似ていて、瞳の色が違う彼女は並みを流しながら小さな声で何か言っている。

 近づけば取り込まれそうになるので、今は少し離れた位置で観察してみる。

 ただ、こうしている間に現実世界での私の体はどうなっているんだろうか。

 ここに再び来てしまったのは、キッドが私を庇って魔獣に襲われたからだ。

 五年前に起きた誘拐事件。そこで彼は私を庇って悪人のローグに貫かれ、大怪我をした。

 その時に私は絶望し、自身の内側にいた魔女の魂を目覚めさせてしまった。


「全然進歩してないじゃない私……」


 同じ失敗をしないように気をつけていたつもりだったし、毎日を楽しく過ごそうと思っていた。

 ただ、やっぱり身近な人が死んでしまうかもと思うと取り乱してしまう。

 トラウマに近いこの衝動はどうにかしないと。


「キッド、無事かなぁ。フレデリカ達も魔獣に襲われていないかしら?」


 外の様子が気になる。

 こんな場所でゆっくりしている暇はないのに、目の覚まし方がわからない。

 前回はメフィストがその身を犠牲して助けてくれたけれど、彼はもういない。


「そうでございますね。どうしたものかしら……と悩むお嬢様」


 その通りだ。

 私と魔女しかいないこの空間──メフィスト!?


「な、なんで……」


 パープルヘアの長身で不健康そうな肌色をした執事服の男がすぐ側に立っていて驚いた。

 どうして彼が? 魔女の魂を鎮めるために消滅したんじゃなかったのか。


「この私は本体が残した影法師。残りカスのようなものでございます。証拠にほら、足が無いし透けて見えますでしょ?」


 確かに、よく見ると膝から下が消えているし、薄っすらとしている。

 触れてしまえば消えそうな状態だけど、間違いなくメフィストだ。


「意外としぶといわね貴方」

「五年振りなのにそんな態度……メフィストは泣いてしまいます……チラッ」


 相変わらずの嘘泣きをしてくるメフィストに私はイラッとした。

 けど、この懐かしいやり取りを思い出して嬉しいのも事実だ。


「貴方ってば、あんな綺麗な別れ方しておいてちゃっかりしているのね」

「この私がお嬢様と再会しないことを祈っていましたが、念のためと保険をかけておいてよかったです」


 もう二度会えないと思っていた。

 悪魔だから契約に忠実だと本人は言っていたけど、私に優しくしてくれたのはメフィストの本心だと思っている。

 だからこうして契約書が消えた後のためにも自身の欠片を残してくれた。


「残念ですが長話をする時間はございません。私はあくまで影法師ですので本体ほどの力はありません」

「ええ。私も早く起きなきゃいけないわ」


 話したいことは山程ある。

 私が体験した嬉しいことや楽しいこと。お父様と仲良くなったり、学校で大切な親友が出来たこと。

 でもそれは、いつ消えてもおかしくない影ではなくて本物のメフィストに伝えたい。


「私に出来るのはお嬢様をあちらへお返しすることだけ。ただし、魔女の魂は活性化していて本体が残した封印が壊れかかっています。いつ同じ状態になるかわかりません」

「そんな……」


 離れた場所で泣いている魔女。

 その姿は変わっていないように見えるけど、まさかそんな事になっているなんて。


「魔女の魂が完全に目覚めればお嬢様の精神は侵食を受けるでしょう」


 エタメモと同じ展開だ。

 魔女の精神汚染によってノア・シュバルツは強くなるけどそれは徐々に私から魔女へと置き換わっていくのだ。

 もしも完全に魔女に乗っ取られてしまえばラスボスとして大暴れしてエリン達に倒されることになる。


「しかしご安心を。このメフィスト、何もせずにこの場に眠っていたわけではありません」

「何か手があるの!?」

「ええ。実はこっそりと魔女とお嬢様のパスを弄りまして、魔女の持つ力をお嬢様が引き出せるようにしたのです。これでお嬢様は格段にパワーアップ出来ますよ!」

「……質問よ。それって大丈夫なやつ? 何かリスクとかあるんじゃないの?」

「ありますね。引き出し過ぎると魔女が覚醒します」


 ダメじゃん! 何の解決にもなってない!


「ですが! お嬢様が力を引き出す事で溜まっている魔女の魔力が減り、実質的な魔女の復活を遅らせる事が出来るのです」


 うーんなるほど。魔女の力をガス抜きみたいして爆発しにくくするのね。

 私自身の強さは頭打ちが見えてきたし、強くなれるのは助かるけど、結局は魔女に乗っ取られる可能性があるわけだ。


「それともう一つ。お嬢様の中にある魔女をどうにかする方法を探しました」

「そっちを先に言いなさいよ」

「いやぁ、こちらはかなり気の長い話ですし、確実性が無いので。魔女の力に触れてわかりましたが、お嬢様とパスが繋がっている魔女の怨念は呪いのようなものです」

「つまり、祓える可能性があるってこと?」

「ええ。これだけ強大で複雑に絡み合っている頑固な呪いですが、必ず解く方法はあるはずです。お嬢様には魔女の覚醒を遅らせながらその方法を探していただきたい」


 これは大きな収穫だ。

 魔女の魂を持っていることで人生詰んだと思っていたのに取り除ける可能性があるなんて。

 魂なんてどうやって分けたり消したりすればいいかさっぱりわからなかったもの。


「ありがとう。よくやってくれたわねメフィスト」

「そう言っていただけて光栄でございます。お嬢様は大きな運命の渦に巻き込まれているお方です。これからもいくつもの災いが迫り来るでしょうが、諦めずに前を向いてお進みください。これが、このメフィストからの本当に最後の助言です」


 彼が恭しく頭を下げて礼をする。

 悪魔というのは巧みな嘘を使って人を誑かそうとするイメージがあったけれど、メフィストはこういう所は悪魔っぽくないのよね。


「わかったわ。私は悪魔メフィストの弟子にしてこの世の頂点に君臨する女だもの。それくらいやってみせるわよ」

「ふふっ。本当に強くなられましたね。それではお嬢様、これから現実へと送り届けますので、あちらに戻ったら自力で魔力をコントロールしてください。暴走しかけて魔力を垂れ流していたので多少はやり易いはずでございます」

「うん。行ってくるわねメフィスト」

「お気をつけていってらっしゃいませ。ノアお嬢様」


 泣いたりなんかしない。

 だって別れはとっくに済ませたから。

 これは夢の続きのようなもので、目が覚めたらまたいつもの日常が待っている。

 ゆっくりと意識が覚醒して、精神世界から切り離されていくのがわかる。

 最後に一度だけ、私は魔女の言葉に耳を傾けた。


「……どうして……どうして……」


 ──ねぇ、どうして貴方はそんなに悲しんでいるの?


 いつかその答えを知りたいと私は思った。






 ♦︎






「いい加減に起きろ、ノア!!」


 誰かが私の名を呼んでいる。

 しかも、かなり怒った声でだ。

 人の温もりを感じる。風が吹いて太陽の光が降り注いでいる。

 どうやらちゃんと現実世界に戻れたようだ。


「早く起きないと悪戯しますからね?」

「……ちょっと、それは勘弁して欲しいわね」


 ゆっくり目を開くと、私はキッドに抱きしめられていた。

 どういう状況なのかはよくわからないが、ボロボロだけど彼が生きていて安心した。


「お嬢!」


 私の意識はっきりしたからか、キッドはより一層抱きしめる力を強くする。

 ちょっと苦しいけど、その顔には安堵の表情があった。

 私を心配して無茶なことをしたのだろう。


「……迷惑かけたわね。もうちょっと待ってね、なんとかこの魔力を抑えるから」


 メフィストから言われたことを思い出して、まずは魔女の魔力を抑え込む。

 私という器に蓋をするようなイメージで体から溢れた魔力をコントロールする。

 慣れない作業で大変だけど、なんとか暴走を止める事が出来た。


「ふぅ……。これでよしっと」


 大きく息を吐いて私は魔女の魔力を抑え込んだことを確認する。

 これがまたいつ溢れそうになるのかは不明だが、ちょっとくらいなら調整出来るだろう。


「ねぇキッド。ところで私達はいつまでこうしていればいいのかしら?」


 現実に戻れたし、暴走も止まった。

 そこで気づいたけど、今の私ってばキッドに抱きしめられて身動きが取れない。

 彼の方が背が高くて肩幅もあるから完全に包み込まれているのよね。


「あー、それなんすけどしばらくこのままでお願いします。オレ、死ぬ程疲れたんで寝ますね」

「ちょっと!?」


 とりあえず離れようとしたが、なんとキッドはこの体勢のままで気絶した。

 魔力を垂れ流していたせいで疲れている私は彼の腕から抜け出すことが出来ずにそのまま地面に倒れ込み、キッドの下敷きになって空を仰ぐことになった。


「全く。すやすや寝ちゃって……ありがとうね」


 私は触れれる今の執事の額にそっと唇を落とした。


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