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第68話 お嬢を救うには(キッド視点)

 

「げほっげほっ……」


 オレは勢いよく木に叩きつけられて肺の空気と血を吐き出した。

 魔獣にぶつかった時の衝撃で口内を切ってしまったようで痛い。

 それに強化の魔術を使っていたとはいえ、あの巨体に跳ね飛ばされたせいで体の内側にかなりのダメージがあって、足がおぼつかない。

 まだまだ他にも魔獣がいるのでここで倒れるわけにはいかない、早く剣を拾って戦わないと。


「……追撃がない? ──っ!!」


 頭を揺らされたせいでぼやけていた視点が定まると、魔獣共が怯えた様子で動きを止めていた。

 あれだけ同胞が死んでも人間を襲うことを止めなかったやつらが、ある一点を見ていた。

 天へと光を伸ばす黒い柱。ビリビリとした圧力を感じる。

 オレはそれを桁違いの魔力が行き場をなくしているだけだと判断した。

 魔術へと変換される前の魔力が空まで伸びるなんてどんな力だよ! と思ったが、今はそれどころじゃない。


「お嬢なのか?」


 黒い光の中心に人影が見える。

 間違いなくあの場所にはオレが庇って突き飛ばしたお嬢がいたはずだ。

 この魔力の爆発は彼女の仕業になるのだが、どうも様子がおかしい。


「おいキッド! どうなってんだ姉御は!」

「そんなのオレに聞かないでくださいよ。こっちだって……いや、」


 オレはあの光を、この現象を知っている。

 うっすらとだけど地面に倒れたまま見ていた。


「「五年前と同じだ……」」


 フレデリカさまも思い出していたようだ。

 あの日、彼女も城の外から見ていたんだ。

 ただしお嬢の仕業だというのは知らなかったようで驚いま様子だ。

 世間的には執事長の魔術って扱いになっていたんだっけな。


『■■■■■■■■■■■───!!』


 魔力の爆発は止まるどころか範囲を広げて拡大していく。

 お嬢がこれだけの力を隠し持っていたのは驚きだが、ちょっとやり過ぎじゃねぇの?

 いいや。こんな魔力があるならとっくに使っているし、ゾンビに襲われた時だってマックス様の助けなしに勝利したはずだ。


「制御出来てない。暴走してんのか!?」


 昔にこの光景を引き起こした時も言っていた。

 この状態はあまり良くないものだから使いたくないって。

 あの一度以降はお嬢のこんな姿を見たことは無かったけど、これは人がどうこう出来る力じゃない。

 五大貴族の後継者が使う守護聖獣に匹敵するか、あるいは単純な魔力としては凌駕するレベルだ。


「……凄い。これが彼女の真の力デスか……」

「離れろコロンゾン! 巻き込まれるぞ!!」


 拡大する魔力に飲まれそうになったクロウリー嬢をフレデリカ様が回収する。

 幸いなのはもうこの場には人間がオレらしかいないってことだよな。


「ギャワワワン!」

「グルゥ!?」


 お嬢を中心とした光に触れた魔獣が瞬時に魔石になって砕け散った。

 地面に生えた草花が枯れたりしているのを見ると、周囲から生命力でも吸っているようだ。


「大丈夫……じゃねぇっすよね」


 現実離れした圧倒的な魔力の暴力だが、そもそもコレがどこから供給されているのかが謎だ。

 あんな魔力のダダ漏れをいつまでも続けていたら確実に体を壊す。

 どうにかして正気に戻さなくちゃならない。

 でも、オレにはその方法がわからないんだ。

 前回の時は執事長が、今のオレでも勝てないような悪魔が自分の存在を消滅させるほどの力を使って封じ込めた。

 そんな真似はオレには出来ない。

 魔術が使えるとは言っても、出来るのは自分を強化したり物の強度を増したりする程度の三流だ。

 キチンとした家の生まれじゃない、自分が何者だったかも忘れているオレにはあの人と同じことは出来ない。


 ──でも、やるきゃねぇだろ!!


「フレデリカ様! アンタは拠点に行ってくれ。そんで生徒会長がいる班を呼んでくれ。クロウリー嬢とヨハン先輩は悪いけど、オレとお嬢の周囲に魔獣が来ないように牽制頼む」

「何言ってんだ! アタシは、」

「この森を最短で移動するならアンタしかいねぇ。頼む」


 お嬢と一緒にヴァイス家で稽古することが多かったから、このメンバーで一番能力を知っているのはフレデリカ様だ。

 この遠征中も彼女の能力に何度も助けられた。

 お嬢への思いが深いのも知っているけど、確実に誰かを呼べるとしたらフレデリカ様しかいない。

 あとの二人だと拠点に辿り着く前に魔獣にやられる可能性がある。


「──チッ。姉御を任せたからな!」

「おう任せろ! ってなわけで協力頼むっすよ?」


 フレデリカ様はオレとお嬢を見比べて、移動を開始した。

 あっという間に背中が見えなくなったけど、アレなら後始末してくれる連中が来るのも早そうだ。

 オレは貧乏くじというか、何も知らないのに巻き込まれた二人に声をかけた。


「キッド殿。何をするつもりでござるかな? 今のノア殿は危険だと思うでござるが」

「やることは単純っすよ。お嬢を叩き起こして正気に戻すだけだ」

「……近づけば命を奪われる。無謀デスよ」


 言われる通りだ。

 今のお嬢に近づくのは危険で、さっき見た魔獣みたいに消されるのがオチだろう。

 でも、だからってあのまま放置は出来ない。

 オレはお嬢を助けたい。オレが彼女にそうしてもらったように。


「もし死ぬとしても、惚れた女の腕の中なら悪い気はしないっすよ」


 そんなキザな事を言って覚悟を決めたオレは光の中心へと走り出した。

 魔獣共は近づけば死ぬと気づいたのか、少し離れた位置から火を吹いたり、岩を投げつけたりしてきやがった。

 お嬢にだけ集中したいのに邪魔すんじゃねぇ! と思ったけど、魔獣の攻撃は届く前に防がれた。

 チラリと後方を確認したらヨハン先輩とクロウリー嬢が仕事をしてくれたようだった。

 もしもお嬢を助けてオレが無事だったらとびっきり美味い飯をご馳走してやんないといけないな。


「お嬢! 目を覚ませ!!」


 大声で叫びながら強化の魔術を使う。

 残っていたありったけの魔力を回して自分の体を少しでも頑丈にしておく。

 一歩、また一歩黒い光に近づくごとに体が危険信号を流してくる。

 アレに近づくなって本能が訴えてかけてくる。アレはあってはならない、命を奪う冒涜的な存在だと。

 そうかもしれない。正直、逃げたいって気持ちがオレの中にもある。

 オレなんかよりも五大貴族なんて呼ばれる奴らの方が強いし頼りになる。その方が合理的だ。

 でもさ、そうはしたくないんだ。他の事や他の人間のためだったら誰かに譲ってもいい。


 ──でも、この女だけはオレが助けたい。譲れない。


「オレは無事だ、生きてる。だからアンタが悲しむ必要はない。怯えなくてもいい。このわけわかんねぇ力を使わなくていいんですよお嬢!!」


 本能を根性でねじ伏せて黒い光の端に触れる。

 直後、何かに体を引き千切られるような痛みがオレを襲う。

 ボロボロとオレの体が崩壊して消えていくような感覚だ。

 師匠でもある悪魔もこの痛みに耐えながらお嬢を助けたのか? だとしたらやっぱスゲェよあの人は。

 留まるだけで命を抜き取られていくような魔力の中を突き抜ける。

 光の中心に棒立ちしているお嬢の顔がやっと見えた。

 瞳にはいつものキラキラした輝きは無く、頬を伝う涙と何かを言いたそうな口がパクパクしている。

 お嬢なのにお嬢じゃない誰かの面影が見えるような気がする。


「そんな顔しないでくれよ。オレはアンタの笑ってる顔が好きだ。美味い物を食べたり、誰かとふざけあったり、楽しそうにしてる方がお似合いだ」


 あと少し、もうちょっとで手を伸ばせば触れ合う距離なのにそれがとてつもなく遠い。

 魔獣に吹き飛ばされた痛みよりも、前に城でローグってやつに貫かれた時よりも、薄暗い牢屋の中で死を覚悟した時よりも今が苦しい。


 ──所詮、オレなんかじゃここが限界なのか。


 そんな思いが湧いてくる。

 あれだけ啖呵切ってフレデリカ様に任されて、事情を知らない二人に背中を預けて、そのくせに犬死する。

 物語の登場人物みたいにピンチのヒロインを救う力なんてオレにはないんだ。

 きっとオレは、とっくの昔にくたばるはずだったのに何の拍子かお嬢達の紡ぐ物語に紛れ込んだ異物みたいなものだ。

 過去がない空っぽな人間なのによくやったよ。もうこの辺りが限界だ。

 そう考え始めると痛みを感じなくなって来た。

 意識が薄れていって、楽になる。

 案外、死ぬ時っていうのは普通に寝るのと変わらないのかもしれねぇな。瞳を閉じればそこで終わる。

 瞼の裏にはこの五年で積み上げてきたオレの人生の思い出が張り付いているから、寝ながら振り返るのも悪くはない。


『キッド、君にはお嬢様を任せたはずですよ。こんな所で諦めるなんて弟子失格ですねぇ』


 一番最初に出てくるのがアンタかよ。


『君に期待した私が愚かでした。折角教えたメフィスト神拳も使ってくれないようですし』


 いや、あんな危ないの使い道がねぇよ。それに剣を握った方がオレ強いし。


『料理の腕だけは上達したようですが、それ以外は及第点以下ですね。シュバルツ家の執事たるもの、もっと精進せねばならないというのに』


 あー、そうですね。ってか、比較対象が何百年も生きてるアンタだったら勝ち目ないっての。オレは弱いし、全然勝てないし。


『戦いなら私かお嬢様が動いた方が早いと言ったはずですよ。君にお願いしたのは嬢様の側にいて支えになること。そうあるべき運命を背負っていると』


 そうだよ。だからアンタがいなくなって五年間、お嬢の世話をした。

 でもさ、お嬢の周りにはもう沢山の友達がいる。学校の先輩や旦那様だっているんだ。

 特に、エリンはお嬢にとって特別な人間だと思う。出会ってからの期間は短いけど、まるで姉妹みたいなんだよ。

 だから、オレの役目はここまで。あとは誰かが支えてくれる。


『そうですね。君が死んだ後にお嬢様は頼りになる殿方と結婚して夫婦になって愛を育んで幸せな家庭を作るでしょう。ロマンチストな方ですから星空なんて見上げながら恥ずかしくも手を繋いで口づけをされるでしょう。初夜なんて緊張して泣きだすけれど、頑張って愛を受け入れようとなさるでしょうね』


 想像するとなんか嫌だなそれ! 妙に生々しい描写を入れようとするなよ!

 あと、オレが見てる幻にしては出番長くないか? もっとお嬢との思い出とかそういう走馬灯が出てくる番じゃないんすか?


『はて?』


 オレはお茶目に首を傾げた師匠をぶん殴った。

 いなくなった後も人をからかいやがって、ムカつくんだよあの悪魔!!


「おかげで死に損った。感謝はしねぇからな!」


 しっかりと目を開いてオレは最後の一歩を踏み込んだ。

 そして、お嬢の手を掴んで抱き寄せる。

 超痛いし、苦しいし、キツいけど、それよりも悪魔な男のせいで怒りが勝っている。


「いい加減に起きろ、ノア!!」


 お嬢のことを名前で呼ぶ。

 何度も何度も耳元で彼女の名を口にする。

 いつまでも泣いてないで、またいつもみたいにオレを困らせて笑ってほしい。

 あぁ、抱きしめて改めて思った。オレは最初に会った時にアンタに一目惚れしてたんだなって。

 ちくしょう! やっぱ死ぬの嫌だなこれ。


「早く起きないと悪戯しますからね?」

「……ちょっと、それは勘弁して欲しいわね」


 このまま起きないならキスの一つや二つくらいして好きにさせて貰おうと考えていると返事があった。


「お嬢!」

「……迷惑かけたわね。もうちょっと待ってね、なんとかこの魔力を抑えるから」


 瞳に光が戻ったお嬢はオレと抱き合ったまま、深呼吸をする。

 しっかり食べているはずなのに細い体が震えると、黒い光が徐々に小さくなっていく。

 オレを殺そうとしていた冒涜的な魔力はお嬢の中へと戻っていき、体が楽になる。


「ふぅ……。これでよしっと」


 額に大粒の汗を浮かべながらお嬢がそう言った時には爆発は収まっていた。

 なんとか暴走が終わったようだ。


「ねぇキッド。ところで私達はいつまでこうしていればいいのかしら?」

「あー、それなんすけどしばらくこのままでお願いします。オレ、死ぬ程疲れたんで寝ますね」

「ちょっと!?」


 もう無理。

 魔力も体力も全部すっからかんでお嬢を支えにしてないと立っていられない。

 オレはそのまま彼女を押し倒すように意識を失った。


 あの日感じた体温。

 あの日見た背中。

 キラキラとした輝きを持つ少女。


 いつもと同じように側にあるとやっぱり幸せだな。
















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