第67話 五大貴族 対 魔獣の群れ
──時は少し遡る。
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「いやぁ、今日は調子いいぜ!」
「僕も普段より体がよく動くよ。これもエリンさんのおかげだね」
「いえ、わたしの力なんてそんな……」
遠征三日目の昼頃。
わたしのいる班は魔獣を求めて森の中を進んでいました。
グレンさまからのアドバイスを貰ったわたしは自分ではなく他の人に魔術を使ってサポートするやり方に気付けたのです。
とはいえ、元から強い人ばかりなのでわたしの力が役に立っているのか自信がありません。
「アホか貴様。賞賛されているのだから自分を卑下するな。こういう時は背筋を伸ばして胸を張れ」
愛想笑いをするしか無かったわたしの背をグレンさまが押してくれた。
「グレンくんの言う通りだよ。エリンさんは凄く良いことをしているから自信を持って」
「ありがとうございます。マックスさま」
にこりとわたしに話しかけてくださるのはこの班の清涼剤のような方でした。
ノアさまに紹介された時も、図書館でお会いした時も、いつも誰かの心配や様子を伺ってくださるのがマックスさまです。
グレンさまとティガーさまが喧嘩腰になった時も間に入って止めてくださるのは助かります。
「見事。やはり君を選んだ私の目に狂いはなかったようだ」
ロナルド会長は相変わらずの怖そうな顔ですが、生徒会で一緒にいるうちになんとなく雰囲気で気持ちが分かるようになりました。
これは穏やかな雰囲気で、わたしを褒めてくださっているようです。
「オレはエリンがすげぇ奴だって思ってたぜ。なんたって姐さんが認めた女だからな」
「貴様はそのノア・シュバルツを基準に物事を考える癖を改めた方がいいぞ……」
ニカッと歯を見せて笑うティガーさまに呆れたような表情で注意をするグレンさまですが、多分何を言っても無駄だと思います。
ヴァイス家は兄妹揃ってノアさまを慕っていらっしゃいます。
それはきっと、マックスさまがノアさまへと向けている感情とは違うけれど、彼女のことを大切な仲間だと信頼している気持ちです。
前に寮の部屋でノアさまから初めてお二人と出会った日のことを聞きました。
五大貴族であり、優秀であったがゆえに孤独だった兄妹に手を差し伸べたのがノアさまだったのです。
本当にノアさまは優しい方で、きっと誰にでもその手を差し伸べてくださる広い心の持ち主です。
わたしなんて学校に入学してからどれだけあの人のお世話になったことでしょうか?
「浮かない顔だ。何か悩み事か?」
「ロナルド会長。……実は、わたしってノアさまに何もお返しが出来ていないことに気づいたんです」
悩んでいる事を察してくれたロナルド会長に、わたしはつい心中を吐露する。
いつも助けられているのはわたしばかりで、ノアさまに恩返し出来ていない。
一つを返そうとしても、二つの恩をいただいているようで申し訳ないんです。
「そのままでいいのではないだろうか。恩というのは受け手の勝手な考えだ。彼女は与えるつもりで君を助けているようには見えない」
「受け手の勝手な考え……」
確かにわたしはノアさまから沢山のものを貰ったけれど、きっとノアさまにはそんなつもりはない。
あの人はただ困っていたり、悩んでいる人がいたら自然と声をかけてしまうだけだ。
面倒見がよくて、ティガーさまやフレデリカさまの言う姉御肌というものだ。
それはノアさまにとっては意識するようなことじゃなくて、わたしがお返しをしたいと思っているのは一方的な我儘。
「それでもわたしはノアさまに何かしてあげたいんです」
「ふっ。君は見ていて気持ちがいい人間だ。そうまでして彼女を思っているとは」
「どうしてでしょうね。ノアさまの側にいると心が温かくなるんです。こんな気持ちになるのは両親以外で初めてなんですよ」
ノアさまはわたしにとって特別な存在。
そんな認識がわたしにはあった。
もしかして、わたしには異性よりも同性の方が好きになってしまうような素質があったのでしょうか?
「いい顔だ。君のように表情が豊かであれば気持ちはきっと伝わっているだろう」
隣に立っていたロナルド会長が急にわたしの顔を覗き込んでいて頬が赤くなる。
こんな凛々しく整った顔が間近にあると心臓の音が大きくなってしまう。
やっぱりわたしは普通に異性にもドキドキするようです。
「思いを伝える……か」
満足したように離れていくロナルド会長の横顔。
なんとなくだけど、今度は少し悲しそうな雰囲気だった。
これは休み明けの生徒会でよく感じるものだ。
ロナルド会長はあまり自分のことを話したがらないし、悩みを打ち明けたりもしない。
完璧そうなこの人でもわたしみたいな悩みを持っていたりするのか?
「おい。なんだよアレ」
そんな疑問はティガーさまの質問ですぐに頭から消え去った。
彼が指差す方に全員が向くと、背の高い木が生えている森の上空に赤い煙が上っていたのです。
「風に乗って嫌な臭いがするぜ。人の血の臭いだ」
「緊急信号だね。どうしますか生徒会長?」
この遠征に向かう前に学校で説明があったことを思い出しました。
わたしの鞄の中にもあの赤い煙を出す魔術具が入っています。
緊急信号を使う事態といえば森の中で迷子になって遭難してしまったか、あるいは……。
「出発する。我々の班は救助するために」
「エリンは俺の側を離れるな。恐らく今までと桁違いの魔獣に遭遇するぞ」
「はい。わかりました」
のんびりした状態からいつ戦闘になってもいいように思考を切り替える。
班の皆さんと一緒に警戒しながら信号の上がった方へと向かいます。
足場の悪い森の中を走りながら進むと、徐々に何が起きているのかがわかってきました。
「デカい魔獣の群れじゃねーか!」
「こんなの昨日までは確認できなかったのに!」
人の悲鳴や戦闘による爆発音が聞こえてきます。
そうしてたどり着いた場所には今までと比べものにならない大きさの魔獣が暴れていました。
恐怖のあまり腰を抜かして地面に座り込んでいる人や怪我をして動けない人が何人もいた。
森の奥なのでこの場にいるのは上級生が大半で、先生達もいるのにこの惨状。
足が震えて立ち止まりそうになってしまう。
「ギャアアアアアアアアッ!!」
「ひっ!?」
涎を垂らしながら咆哮をする魔獣の恐ろしさに短い悲鳴が出てしまう。
抵抗する生徒達の魔術が直撃しているのに動きは鈍らずに獲物を狙う魔獣の群れ。
「そうはさせるか! 合わせろティガー・ヴァイス」
「誰に命令してんだ! でもまぁ、乗ってやんよ!」
獣の暴力が更なる魔術の暴力によって焼き払われる。
グレンさまの炎とティガーさまの風が合わさった灼熱の竜巻が魔術を飲み込んで魔石へと変えた。
「おい! 五大貴族達だ!」
「やった。助かるぞ」
それまで苦戦していた相手が嘘のように消滅するのを見てパニックになっていた人達の目に光が戻る。
「ここは俺達が片付ける! 動ける者は怪我人を運べ!」
グレンさまがそう宣言すると、バラバラだったみんなの動きが統率されていきます。
マックスさまはみんなが逃げられるように地面を陥没させて魔獣を転ばせ、ロナルド会長は教師の元へ行き、事情を聞きます。
「……なるほど。先生方は生徒を連れて拠点へ向かってください。全員で固まって防御陣形をとればそう簡単に負けはしない。魔獣は我々が相手する」
「よろしく頼むよブルーくん。みんな、私に着いてくるんだ! 拠点に戻るぞ!」
撤退を開始する生徒と教師達。
魔獣はそれを逃すものかと襲いかかりますが、五大貴族の後継者である彼らがそれをさせない。
たった一人で一つの騎士団に匹敵すると言われる彼らの本気の攻撃を受ければ大型の魔獣であっても致命傷は避けられない。
「くそっ。数が多い!」
「いくら僕らが強くてもこのままはちょっと、」
ですが、数はあちらの方が圧倒的に多いので長引くとこちらが不利です。
撤退の時間を稼ごうと必死で戦う仲間の姿を見て、わたしは決心しました。
体内の魔力を練り上げ、それを四人の班員へと。
「わたしの魔術でサポートします。構わずにガンガンやっちゃってください」
「おっしゃあ! 体が軽いぜ」
「よくやったエリン。魔獣は任せろ」
ティガーさまとグレンさまの攻撃が激しさを増す。
「エリンさんは僕の側に。君の護衛は僕がするよ」
マックスさまはこちらへ来ると、土の壁を作り出して魔獣が簡単にわたしに近づけないようにしてくれた。
「早急に片付ける。拠点や他の場所も気になるからだ」
ロナルド会長はトレードマークである眼帯を外して魔眼を発動させる。
龍眼と呼ばれるブルー家の魔眼は相手の魔力を見透すと言われていて、剣を抜いたロナルド会長は全ての攻撃を躱しながら魔獣を斬り伏せていく。
瞬く間に大型の魔獣は数を減らしていくが、同胞が死んでいるのに魔獣は怯む様子がない。
魔術学校の最大戦力であるみんなが揃っていてもこの群れの突破は容易ではないようです。
果たして、拠点のある方は大丈夫なんでしょうか。
ノアさま達ならきっと無事だと思いたいけど……。