第66話 五年ぶり二度目の
魔獣を誘導し、拠点へ向かう数を減らしつつ最高戦力である守護聖獣使い達が到着するまでの時間稼ぎをする。
我ながら大雑把で無茶苦茶な内容だけど、ここで踏ん張らないと魔術学校の生徒は全滅してしまうだろう。
もうすぐそこにまで魔獣が迫って来ているので細かい相談をする暇なんてない。
つまりはいつも通りに行き当たりばったりってわけね!
「こっちを向きなさい!」
私は体内の魔力を指先に集中させ、狙いをつけて魔獣へと放つ。
お得意のガンドが魔獣へと命中するが、大したダメージは与えられていない。
でも、目的は私へと注意を逸らすことなのでこれで問題ない。
この場にいる魔獣の数体を足止め出来ればそれで十分だ。
「「「ギャオオオオオオオオオッ!!」」」
「ちょっ、多くない!?」
なんと、拠点のある方へと進行していた魔獣の半分近くが私に向かって咆哮を上げる。
かつて魔獣を使役していた魔女の魂を持つ私に反応してくれるのは昨日経験したけれど、ここまで食いつくとは思わなかった。
もしかして魔女ってば魔獣に嫌われていたりするのかしらね?
「ええい。やってやろうじゃない!」
やけくそになりながら覚悟を決める。
踵を返し、私は魔獣達に背を向けて走り出した。
特に目的地なんてものは無いけれど、残りの魔獣が向かっている拠点から逆の方向に行くのがいいはずだ。
私は指先に集中させていた魔力の流れを変えて下半身に回し、脚力強化の魔術を発動させて逃げ回る。
この遠征が始まる前に学校で習った魔術で得意とする黒魔術ではない。
原作でもちょいちょいあって疑問だった、細身で華奢な容姿のノアが武器を持って攻略キャラ達と正面から戦うシーン。
きっとあれはこの魔術によって身体能力が向上していたから可能だったのだろう。
「とはいえ、疲れないわけじゃないのよね!」
低い唸り声を出しながら四足歩行で走っている黒豹のような魔獣から逃げる。
脚力を強化しているのと、細い木々の隙間を通るおかげで相手の動きが妨害されるおかげで追いつかれてはいないが、それも時間の問題だ。
普通に全力疾走をするだけでも体力を消費するのに魔力まで使うと疲労は倍増する。
このままではあっという間にスタミナが底をついてムシャムシャ食べられてしまう。
──もしも一人だったらね!
「ギャッ!?」
「おらおら! アタシの矢を受けてみろってんだ!」
ビュン! という風を切る音が聞こえ、もう少しで私に触れそうな所まで近づいていた魔獣の眉間に勢いよく矢が突き刺さった。
木から木へと忍者のように軽やかに飛び回りながら矢による援護してくれたのはフレデリカだ。
「ありがとうフレデリカ!」
「お礼言う暇あるなら前見て走ってくれませんかねお嬢!!」
先回りして私を狙っていた熊のような魔獣の首が跳ね飛ばされる。
鋭い剣筋で首を斬り落としたのは私の執事であるキッドだった。
「わかってるわよ! それより全然数が減らないわね!!」
「むしろ散開してた魔獣が集まってないっすか?」
走るのだけで精一杯な私とは違って、キッドは次から次へと迫り来る魔獣を一閃する。
シュバルツ家に引き取られて戦う術を学んだ彼が最も得意とするのが身体能力を強化させる魔術だ。
そこに天性の才能である剣術が合わさることで凄く強い剣士になる。
「くそっ。このままやっても切れ味が落ちるだけだ。数が多すぎますよコレ!」
「拙者の魔術が大して効きません。森の奥地にいた強力な個体のようですぞ」
珍しく真面目な顔をして魔術を使うヨハン先輩と、無言で同じように援護に回るコロンゾンさん。
剣と矢と魔術が飛び交う戦場だけど、魔獣の勢いは止まらない。
私が足を止めて戦闘に参加することも考えるが、今と大して変わらないどころか囲まれて逃げ場がなくなりそうだ。
懸命に足を動かす。段々と鉛のように足は重くなって転びそうになるが、歯を食いしばって耐える。
見えない背後で衝撃音と魔獣の悲鳴が何度も繰り返されるけれど、地面を踏みつける獣の足音は途切れてくれない。
「はぁはぁはぁはぁ……」
走っている距離はそう長くはないかもしれない。
しかし、極限状態の中で足場の悪い場所を走るとなると息が切れるのも早くなる。
いつまでこの鬼ごっこが続くのか?
拠点にいる生徒は無事なのか?
エリン達は何をしているのか?
そんな不安が頭の中をよぎる。
「姉御危ない!」
「へ?」
息苦しいのと余計なことを考えてしまっていたせいで反応が遅れた。
フレデリカが注意した時にはサイのような魔獣が真っ直ぐこちらへ突進をしていた。
確か動物番組なんかで暴れたサイが簡単に車をグシャグシャに破壊していたのを見たことある気がする。
つまり、これに跳ね飛ばされたら簡単に死ぬ。
「お嬢ォ!!」
魔獣と衝突するよりも早く、強い衝撃が私の体を横に突き飛ばした。
──これを私は知っている
そうだ。この感覚に覚えがある。
一瞬でいつのことだったかを思い出す。
五年前だ。五年前の王城の小さな庭園での出来事だ。
あの時も確か、私は襲われていて命の危険が迫っていたからそれで──。
時の流れが急にスローモーションに変わる。
ゆっくりと私は私を突き飛ばした人物を見る。
逃 げ ろ !
彼の口がそう言っているように見えた。
前は驚いて瞬きをしたせいで見えなかったが、今回はくっきりと見えた。見てしまった。
キッドが、キッドがまた血に濡れてしまう。
彼の体が宙を舞って潰されてしまうイメージが浮かんだ。
──嫌だ。
血の池の中で彼が倒れたまま動かない。
さっきまで隣に立っていて喋っていたのに冷たい死体になってしまった。
これは今の記憶? それとも過去の記録?
──嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
私はまた間違えてしまうのか?
「嫌ぁああああああああああああああああっ!!」
五年ぶり、二度目となる漆黒の爆発が発生した。