第65話 遠征三日目のイベント発生
暗き森の中を歩く数人の学生がいた。
彼らはアルビオン魔術学校の二年生であり、この遠征の中でもそれなりの魔獣を討伐していた。
去年よりも自分達が格段に成長していることを実感した彼らは更なる強敵を求めて足を進める。
「なんかオレら調子いいよな!」
「昨日魔獣に追われて池に落ちた奴がそれ言う?」
「なんだ喧嘩売ってんのか!?」
班の中のお調子者な少年とプライドの高い令嬢が言い争いを始め、他の班員はうんざりとした様子でそれを見ている。
またいつもの夫婦喧嘩が始まったと一人の学生は巻き込まれないように距離を取る。
二人の会話はヒートアップしていき、より多くの魔石を集めた方が勝者という結論に達した。
「このままいけば僕らの班が今年の首席になれるんじゃないかな?」
「そう簡単に行くかよ。見たか? あの一年生の化け物パーティー。ロナルド様まで加わって反則だろうがよ」
「そうだよね。五大貴族だもんね」
今年は実力もつけて調子がいい彼らだったが、話の話題が五大貴族の後継者で構成された班についてとなると自分達が天狗になっていたことを思い知らされる。
生徒会長であるロナルド・ブルーが昨年見せた圧倒的な戦闘力を彼らは知っていた。
そこに他の五大貴族の、しかも全員が守護聖獣の力を引き出せるとなると逆立ちしても敵わない。
「私が聞いた話だと、一年生にもう一つ凄い班があるみたいよ」
「あのチートみたいな班が別にあんのか?」
「それがあるのよ。変人ヨハンが担当している班で、シュバルツ公爵家の一人娘がいるのよ」
「おいおい。そいつって確か入学早々に決闘騒ぎを起こしたやつじゃん!」
彼らの記憶に残っているのはあのルージュ家の後継者であるグレンが手も足も出ずに敗北した光景だった。
何やら面白そうな催し物があると聞いて野次馬として見に行くと、そこでは一方的な処刑が行われていた。
新入生でありながらあれだけの魔術を行使するのは天才としかいいようがないが、それにしてもエゲツないと認識したのは全員共通だった。
「流石はシュバルツ公爵家だよな。逆らったり悪事を告発しようとした貴族が何人も消されたって話だぜ?」
「言葉の話せない孤児を積極的に受け入れていた慈悲深い貴族を投獄したそうよ。何かの陰謀だってウチのママが言ってたわ」
彼らがシュバルツ家に対して持っているイメージはよくないものであった。
理由は不明だが貴族の間では何かと恐れられている存在という程度だ。
事実としては、魔術局によって悪事の露見をされそうになった貴族がシュバルツ家の評判を落とすために流した噂であり、慈善事業に熱心という笠を被った貴族が口のきけない孤児を魔術の実験台として虐待していたということを彼らは知るよしもない。
「しっかし、よりにもよってシュバルツ家の奴とヨハンが組むなんてな」
「ヨハン君ってクラスが違うからあまり会わないんだけど、そんなに変な人だったっけ? 何年か前にあった時はどこにでもいる普通の子だったけど……」
「魔術師としての力量はあるんだよ。それこそロナルド様が認めているくらいに。ただ、人に滅茶苦茶な無茶振りをしてくるんだよなぁ。鬼か悪魔みたいなやつだぜ。関わらない方がマシだ」
そんな風に他愛もない話をしながら森の奥を目指して彼らは進む。
全員体調は万全で魔力にも余裕があった。
去年の失態をバネにして努力を積み重ね、昨日は魔獣の討伐を成功させたという自信もあった。
しかし、彼らは拠点に戻ることはなかった。
周囲に赤い染みを撒き散らし、最後の一人が絶命する間際に使った魔術具が発動し、緊急事態を知らせる狼煙を上げた。
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「何かしらアレ?」
班の中で一番最初に気づいたのは私だった。
アフタヌーンティーの後にやっと森に入って獲物を探している時に偶然空を見上げたのだ。
赤い煙がモクモクと上がっている。
「──アレは緊急信号ですぞ!」
ヨハン先輩の言葉を聞いてみんなが目を見開いて驚いた。
使ったことは無いが、この遠征に出身する時に各班に一つずつ細長い筒状の魔術具が与えられており、それが赤い煙を出すと説明があったからだ。
「何かあったってことだな」
「どうします? 一度拠点に戻って教師を呼びにでも、」
「……その必要はないみたいデス」
コロンゾンさんが森の奥の方を指差す。
すると、煙のあった方から何班かの学生と教師がこちらへと走って来た。
「逃げろ!! 急いで拠点に向かうんだ!」
「誰か助けて!」
彼らは皆、必死の形相だった。
パニックになって泣いている子もいた。
「狼煙がある方から逃げて来るってことは遭難とかではなさそうっすね」
「アタシの鼻は効くけど、嫌な臭いがするぞ」
警戒を強めるキッドとフレデリカ。
私はその様子を見てあることを思い出した。
エタメモで遠征中に起こるイベントに、強力な魔獣の出現というのがあった。
とても学生では勝てないような一匹の魔獣が現れるのだが、ヒロインと攻略キャラ達の班が主人公補正でその魔獣を倒して生徒のピンチを救うというものだった。
このイベントのおかげでヒロインの実力と勇気が認められて、学校で平民だからという理由で陰口を言われたり、ちょっかいを出されることが減るというシナリオだ。
怪我人こそ出るけれど、ヒロインのエリンの力とマックスのポーションがあるので大きな被害は出ない。
遠征中のどこかで発生するのは知っていたけれど、今日だったのね。
「落ち着いて逃げるわよ。拠点に行けば他の班や先生とも合流出来る。マックス達が来てくれたらすぐに解決するわ」
「……悲鳴を聞くと、そうはいかないみたいデス」
逃げ惑う生徒達。
彼らが私のいる場所を通り過ぎる時に何かを叫んでいた。
「なんであんな魔獣が群れでいるんだよ!!」
は? 群れですって!?
赤い煙が空へと昇っている方向から獣の鳴き声がした。
それは単体ではなく複数であり、ギリギリ視認できる距離に赤く輝く魔獣の瞳がいくつも並んでいた。
「おいおいおい! あの数はマズいって!!」
「最悪ですな。おそらく中型から大型の魔獣が数十匹いるでござる。このまま拠点に逃げ帰れば阿鼻叫喚の地獄絵図ですぞ」
絶望的としか言いようのない展開だった。
私が知っている情報と違いすぎる。
このところ、こういうパターンが多い。私がラスボスじゃなくなっているせいなのだろうか?
「今はそんなこと考えてる暇じゃないわね……」
嫌な汗が首筋を伝う。
エリンのいる班が既に森の中に入っていることは知っている。
彼女達がこの騒ぎに気づかないはずはない。
そして、負けることはないと確信している。
何故なら彼らが私の知るエタメモよりもパワーアップをしているからだ。
マックスを含めた攻略キャラ全員が一騎当千の守護聖獣を呼び出せるので、生き残れるのは間違いない。
「……どうするデスか。ノア・シュバルツ」
「みんな、私から大事な話があるわ。どうにかしてあの魔獣が全部拠点に行ってしまわないように惹きつけるわよ!」
「「「はぁ!?」」」
私の出した結論にキッド、フレデリカ、ヨハン先輩が驚いた。
でも、今考えられる最善手はこれしかない。
もしもエリン達が既に魔獣と戦っている場合、あれだけの数が拠点に攻め込むと全滅する。
いくら魔術が使えるとはいえ、まだ学生だし、下級生は魔獣との戦闘経験がほぼ無い。教師陣にもカバーできる限界がある。
その負担を減らして、守護聖獣を呼び出せるエリン達が戻って合流するまでの時間稼ぎをしなくてはならない。
それが出来るのは私達の班だけだ。
「無茶だお嬢! 勝てるわけない」
「勝つ必要はないわ。時間稼ぎしながら逃げ回るだけよ。それに、私なら魔獣を誘き寄せられるわ」
「いくら姉御でもあの数は無理だろ!」
「そうね。だから逃げながら少しずつ足止めをして魔獣を分散させるわよ。それにはフレデリカやみんなの力が必要なの。協力してくれないかしら?」
作戦を提案して反応を伺う。
キッドとフレデリカから指摘があったように、私だけでは勝てないし、逃げ切ることは不可能だ。
みんなを巻き込む必要があった。
「拙者は腹を括りましたぞ。ノア殿の提案に乗りますぞ!」
「……作戦了解デス。足手まといにならないようにするデスよ」
「くそっ! お嬢が危なくなったら背負ってでも逃げてやりますよ」
「へっ。森で逃げ回るならアタシの番だな。兄貴よりも大活躍してやんよ!」
遠征三日目の昼過ぎ。
私は自分の意思で魔獣との命をかけた鬼ごっこを始めるのだった。