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第64話 遠征三日目の穏やかな朝


 暗き森で過ごす遠征三日目の朝。

 初めは愚痴や不満しか言っていなかった生徒達も腹を括ってサバイバルに精を出すようになった。

 上級生達はそんな下級生の姿を見ながら過去の自分を戒めにして、魔獣狩りのために奮闘する。


「お嬢。今日はのんびりしてますね」

「昨日あれだけ走り回ったせいで疲れたわ。今日くらい休みにしない?」


 やる気を出して森へと入る生徒を眺めながら私は他の班よりちょっと遅めの朝食を食べていた。

 今朝のメニューは黒パンと山菜のサラダにきのこのスープだ。

 普通の料理店のセットメニューとなんら変わりない食事を野外で食べられているのはキッドの料理の腕前とフレデリカの探索能力のおかげだ。

 あとはヨハン先輩の昨年の知識を活用すれば燻製肉なんてものも作れた。


「それはいい考えですぞ。食糧も我々の班は余裕がありますからな」

「物々交換で茶葉を手に入れたし、二度寝してからアフタヌーンティーでも楽しもうかしら」


 昨夜、私はキッドに晩酌のつまみになるような料理をお願いした。

 お父様が家でお酒を飲むので、それに合わせた料理も用意できるのだ。

 そしてそれを持って教師用のテントへ行くとあら不思議! 先生達が酒盛りをされていたではありませんか。

 流石に教師全員とはいかないが、彼らも交代で森の巡回をしている。なので、危険が少ない拠点の担当になった先生だけが晩酌をしている。

 私はそこで先生方につまみと茶葉の交換を申し出てゲットしたのだ。


「拙者は釣りでもするでござるかな。昨日逃した大物を今日こそは!」

「いいわねそれ。私もアフタヌーンティーを飲んだら参加しようかしら」


 もしも魚が釣れたらキッドに焼いてもらおう。先生からお酒を分けてもらって酒蒸しにするのもありかもしれない。


「「いや、よくねーよ!!」」


 私とヨハン先輩が優雅なスケジュールを考えているとキッドとフレデリカが声を揃えてツッコミを入れた。


「アタシらは森に魔獣倒しに来たんだろう? 今日はもっと奥に進んで強い奴と戦おうぜ!」

「フレデリカ様の言う通りっすよ。食糧に余裕があるからこそ魔獣討伐にかける時間が増えるんだ。今やらないと他の班に置いていかれますぜ?」


 どうやら二人は森で昨日と同じように魔獣と戦いたいようだ。

 しかし、私はそんな二人に諭すような口調で話をした。


「あのね。遠征はまだあと一日あるの。今日くらいがみんなピークで頑張るけれど、明日は疲れて動けないでしょうね。そこを狙えば競争相手もいなくて動きやすいわよ? それから慣れない環境で気が昂っているようだけど、疲れはないの? 無理して動いていたらいざという時に倒れるわよ」


 これは私の経験に基づく意見だ。

 かの有名なコミックなマーケットを初めて訪れた時に、私は全ての開催日に朝から夕方まで全力で参加した。

 その結果、後日の出勤日に寝坊して遅刻したあげくに居眠りと作業ミスをおかしてしまったのだ。

 体は気持ちに追いついてはくれない。

 翌年からは手を抜くことに全力を出して無理のない範囲でイベントを楽しんだ。


「ノア殿の言う通りですな。拙者は今のキッド殿やフレデリカ殿のような生徒を昨年も見ました。勤勉だった彼らは最終日に王都へ戻る途中に脱落したのでござるよ。手を抜くのもまた課題の一つですぞ」


 ヨハン先輩がうんうんと頷きながら私の考えを肯定してくれる。

 まぁ実は、疲れているのでサボりたいだけで、それっぽい理由を付けているだけなのは黙っておこう。

 やる気派の二人は納得しないような顔をしていたが、先にキッドが折れると少数派になったフレデリカも渋々認めてくれた。


「口先の話でお嬢と先輩に勝てる気がしねぇっすわ」

「アタシは完全に納得してないからな。昼まではゆっくりしていいけど、後からちょっとだけ森に行こうぜ姉御! 昨日の感覚を忘れたくないんだ」

「仕方ないわね。少しだけよ?」


 流石に丸一日何もしていないと成績に響く可能性もあるかもしれないので、森に入りましたアピールをしておくのもアリね。

 がっつり戦ったり探索するんじゃなくて森の浅いところで様子見するくらいで。


「……森に行かないんデスね」

「うわっ! サボり野郎じゃねーか。急に出てきて驚かすなよ」


 ひょっこりと姿を見せたのは灰色の長い前髪で片目しか見えない初日以降休んでいたもう一人の班の仲間だった。


「コロンゾン殿。体調の方はもう大丈夫なのですかな?」

「……全快ではない。でも、何もしないとマズいので適当に参加するデス」


 初日しか関わりが無かったコロンゾンさん。

 相変わらず表情がよく読めないけれど、こうして戻ってきてくれて良かった。

 修学旅行に行ったのに何も出来ずに集合写真で合成されるような経験はして欲しくないものね。


「だらしねぇ奴だな。もやしみたいにヒョロいと魔獣に喰われちまうぞ?」

「……心配いらないデスよ。ワタシはアナタより強いので」

「へぇ……」


 フレデリカとコロンゾンさんの間で火花が散った。

 コロンゾンさんの方は特に何も思っていないのか感情のこもっていないストレートな言い方をするけど、それがフレデリカは不満なようだ。

 抑揚もない声なのも相まって挑発しているようにしか聞こえないのも問題か。


「あー、とりあえず朝食いるっすかね?」

「……不要。既に摂取したデスので」

「了解。みんなはスープが冷めないうちに食べ切ってくれよな。器はまとめて洗ってくるんで」


 キッドにそう言われて私達は食事に戻る。

 一人だけ食べないコロンゾンさんは少し離れた位置で立ち尽くしたままこっちを見ている。

 ほんの少しだけ目が合ったような気がしたけれど、やっぱり髪と表情のせいもあってよくわからない。

 同じクラスだったとはいえ、こうまで影が薄いと人となりが分からないのよね。

 そういえば彼女の出身はどこだったかしらね?


「「「ごちそうさまでした」」」

「お粗末さまっす」


 朝食を食べ終えるとそれぞれ拠点内や付近での自由行動になる。

 ゆっくり過ごした後に森での探索をする流れになり、私はコロンゾンさんと距離を詰めるために話を聞こうとしたが、彼女は再び何処かへ行ってしまった。

 途中から話を聞いていたようなので午後になれば戻ってくるだろうと判断する。


「もう残っているのは拙者達ぐらいですな」

「兄貴達も森に行ったしな」


 周囲に人の姿はない。

 テントは張ったままだけど、中には誰もいなくて拠点は静かな雰囲気に包まれている。

 ここだけ切り取れば楽しいキャンプに来ているように見えるのに……。

 ゲームと違って現実は非常だ。しばらく経って森に入れば昨日と同じ決死の鬼ごっこの開始される。

 そんなことになるのは私だけだと思うけどね!


「エリンは大丈夫かしら……」

「昨日は救護テントに運ばれてたよな。夜は自分のテントに戻っていくのをアタシは見たけど」

「ティガーに聞いた話だと魔獣を倒した後に気絶したみたいなのよね」


 私が気にしていることの一つがエリンについてだ。

 昨日心配していた通りに彼女に魔獣討伐は荷が重たかったようだ。

 優しいエリンのことだから魔獣とはいえ命を奪うのに抵抗はあっただろうし、そのせいで周りに迷惑をかけたかもしれないと思い悩んでいるのかもしれない。

 声をかけて励ましてあげたかったけど、今朝にチラッと遠目で見た彼女はいつも通りに見えた。


 たった一晩で何か心境の変化があったのかな?


「姉御。後で兄貴達が戻ったらエリンに会いに行こうぜ」

「そうね。手土産に茶葉を持って行こうかしら」




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