第47話 ラスボスさんの休日の過ごし方
「申し訳ありませんノアさま。せっかくのお休みに付き合わせてしまって」
「心配いらないわよ。丁度暇してたし」
グレンやキッドと暗き森について話をした週末。
私は授業がない休日を学校の図書館でエリンと過ごしていた。
「エリンは頑張り屋さんね。暗き森について予習したいなんて」
「わたしだけ何も知りませんし、みなさんの足を引っ張らないようにできることはやっておきたいんです」
惰眠を貪って昼過ぎまで寝ていた私は、部屋にエリンがいないことに気づいた。
遅めの朝食、もとい昼食をとって寮監に彼女の行き先を聞くと図書館にいると言われたので様子を見に来たのだ。
休日なのでいつもより人が少ない図書館でエリンが熱心に本を読んでいたので声をかけると、暗き森について調べていたという。
「エリンがこんなに真面目なのに私ってば怠惰に寝ていたなんて」
「昨晩は遅くまで起きていらっしゃいましたね」
「読みかけのロマンス小説があってね。つい最後まで読んでいたらいつのまにか……」
これが平日の夜ならば次の日に備えて早くベッドの上で横になるのに、翌日が休みとなるとついつい夜更かしをしてしまうのは人間の悪い本能だと私は思う。
「そのお気持ちわかります。ノアさまが勧めてくださった本はどれも面白いので、わたしもついつい時間を忘れてしまいますから」
「エリンが素直な感想を言ってくれるものだから私も布教……おすすめする甲斐があるってものよ」
いかんいかん。つい彼女を自分色に染め上げたくて布教活動をしていたけど、ガチの宗教がある世界でこんな言い方すると誤解を招く。
だけどエリンってば本当に楽しそうに読んでくれるし、律儀に感想をメモしてまで私に教えてくれるのだ。
自分が好きなものを友達も好きになってくれるのは喜ばしいことよね。
「フレデリカにも渡したい本があったのだけれど、ティガーと一緒にヴァイス邸に帰っているのよね」
「グレンさまとロナルド会長もでしたね」
魔術学校の生徒の週末の過ごし方だが、大半の生徒は王都に遊びに出ている。
地方から来た子達は最新の流行物を買いに行ったり、王都内の観光名所を回ったりしている。実家が王都内にある子は家で家族とゆっくり過ごしたり、足りない教材を買ったり、地方の子を案内したりしている。
そんな中で休まずに忙しそうにしているのが五大貴族の後継者達だ。
「ヴァイス公爵が西都に行っているからティガーが当主代行としてヴァイス邸で執務をしているのよね。一人だと不安だからフレデリカも一緒なんだけど」
「グレンさまは伯母さまから呼び出しがあったと嘆いていらっしゃいましたね」
「私は会ったことないけど、相当怖いらしいわよルージュ公爵は」
呼び出しの手紙が届いた時に私とエリンも居合わせていたが、普段は自意識高めで偉そうな口調で話すグレンの顔色がどんどん青くなっていた。
最後には魂が抜けた真っ白な顔でとぼとぼ歩いていたので嬉しい内容では無かったのだろう。
「ロナルド会長についてはどういう理由か知らないけど、ティガーと似たような感じかしらね」
生徒会長で学年首席な彼のことだからブルー家の手伝いを立派にしているのだろう。
ロナルド会長の父は東都で国境警備隊の隊長をしており、ブルー家の現当主は彼の祖父が務めている。
この祖父がかなり凄い人物で、アルビオンの番犬と呼ばれていて、お爺ちゃんなのに他の五大貴族の当主と互換かそれ以上の魔術師なのだ。
いずれロナルド会長はその跡を継ぐので今のうちから執務に慣れたいと前に生徒会室で駄弁っている時に言っていた。
「キッドさんはいらっしゃらないんですか?」
「キッドはシュバルツ邸に戻っているわ。お父様も滅多に帰らないし、不在の間に何か異変が起きてないか見てくるそうよ」
私が屋敷にいる頃は頻繁に帰って来ていたお父様だったが、学校に入学と同時に元のような生活に戻った。
魔術局に住み着く仕事人間として今日も働いているのだろう。
なのでキッドは週に一度は屋敷に戻り、最低限の管理と屍人達への魔力供給をしてくる。
家に戻ったらその辺に死体が転がってますじゃ笑えないからね。
「ノアさまも五大貴族の後継者だと思うんですけど、お忙しくはないんですか?」
「私は平気よ。シュバルツ家は領地を持たないし、そもそも用事がある人が少ないから。お父様は魔術局の局長だからそっちは忙しいみたいよ」
「魔術局の……」
「そういえばエリンは魔術局に行ったって話していたわね」
「はい。ある日いきなり体が光るようになってしまって、検査していただいたんです。それでこの学校に通うように勧められました」
ゲームのプロローグにあたる部分ね。
魔術局は国内の魔術師の管理や魔獣についての研究、禁書の回収や魔術具の開発までやっている。
エリンの身に起きた不思議なことを調べるのにうってつけの場所だ。
「魔術学校に魔術局。ただの菓子屋の娘だったわたしにとって馴染みのなかった場所なのにこんな短い期間で関わるなんて思いもしませんでした……」
「学校に来るの嫌だったりした?」
私の質問にエリンは首を横に振る。
「最初はちょっと怖かったですけど、今はノアさまやみなさんと一緒に魔術を学ぶのが楽しいです。この学校入学できて良かったと思っていますよ」
そう言って彼女は無邪気に笑った。
彼女の、まるで花が満開に咲くような笑顔を見るとこちらまで頬が綻ぶのはヒロインパワーのせいか。
「おや。聞き馴染みのある声がすると思ったらやっぱりノアさんとエリンさんでしたか」
「マックス! 学校にいたのね」
「はい。偶然お二人に会えるなんて嬉しいな」
声をかけてきた方を見ると、緑髪で優しい目をした美形の少年が立っていた。
彼は私達に笑いかけてくれるが、近頃益々色気が増しているのでその笑顔はヤバい。
「マックスさまは何をしていらしたんですか?」
「僕は父さんに呼び出されていたんです。もうすぐ待ち合わせの時間なので校長室に行かないといけないんですけど、ただ待っているのも暇だったので図書館で時間を潰していました」
マックスの父親であるグルーン公爵はこの魔術学校の校長をやっている。
なので話をする時は実家ではなくそのまま学校でするんですよと彼は言った。
「エリンさんは何を調べていたのかな?」
「暗き森についてです。近いうちに遠征があるとかで下調べができたらと」
「そうだわエリン。マックスに暗き森について書いてあるのおすすめの本を聞きましょう。彼、何でも知っているわよ」
「何でもは言い過ぎだよ。昔から本好きで人より知識量があるだけさ」
今度は困ったように苦笑いしながらも、マックスは近くの本棚から無造作に本を抜き取る。
「僕のおすすめはこの辺かな。魔獣の生態や種類の図鑑はイラスト付きでわかりやすいと思うよ。こっちの本は冒険者の旅の記録をまとめたものだね。野宿での失敗談なんかが面白く書かれているから読むのが苦にならないよ」
「凄いわマックス。私とエリンなんてやっと見つけ出したのがこんな分厚い本だったのよ。しかも言葉が古くて翻訳しないといけないやつ」
私は読みかけだった本をマックスに見せつけた。
「この本は暗き森の詳しい情報が載っているけど、確か翻訳済みの新しいのが何年か前に出版されて……あったよ!」
彼は少し離れた場所から一冊の本を持って来た。
本のタイトルは同じだけど、表紙が綺麗で私が持っているものより格段に読みやすい文字が書いてある。
「貴方、司書の人だっけ?」
「ふふっ。フレデリカさんにも言われたっけな。実は入学以前に父さんに頼んで学校のこの図書館に足を運んでいてね。配置を覚えていたのはそのおかげなんだよ」
「マックスは本当に本が好きね。誕生日プレゼントに本を渡した時も凄く喜んでいたものね」
初めて出会ってから五年。
毎年欠かさずに私の誕生日にプレゼントをくれた彼へのお返しとして私も贈り物をした。
マックスが毎年違う品物をくれるのに、私は安直に本を送り続けた。
「うん。ノアさんが僕のために選んでくれた本だからね。今も学校に持って来て部屋に置いているよ」
「ちょっと、そこまでしなくても……」
確か渡した本の中にはロマンス小説もあったはずだ。
男子の、それも五大貴族の後継者の部屋にあるなんて私が恥ずかしいかもしれない。
「また今度ノアさんのおすすめがあったら教えて欲しいな。よかったら一緒に書店を観ながらっていうのはどうかな?」
「それはいいわね。エリンにも私が厳選した本を紹介してあげるわよ。あと、キッドにはレシピ本を選んであげましょうか」
なんて楽しそうな提案だろうか。
荷物持ちにティガーとキッドがいればある程度まとまった量でも大丈夫そうね。
「……ノアさま。ちょっとそれは、」
「……わかってた。うん。みんなで行くと楽しそうだよねー」
グレンとロナルド会長も誘ってみようかしら?
ヨハン先輩はうるさくてお店から追い出されそうだから却下ね。
そのまま帰りに美味しいケーキのあるカフェでティータイムにするともっと楽しそうだ。
「じゃあ、そろそろ僕は待ち合わせの時間だから失礼するね。エリンさん頑張って」
「ありがとうございましたマックスさま!」
「ばいばいマックス! 書店巡りの件は私が考えておくわ!」
私達は用事があって図書館を去る彼を見送った。
その後、マックスがおすすめしてくれた本を読むとわかりやすくて内容が面白かったとエリンが喜んだのだった。
♦︎
「失礼します学校長」
「二人きりの時は父さんでいいよマックス」
魔術学校の管理棟にある校長室の中に入ると、校章のバッジを胸につけた父さんがソファーに座っていた。
「わかったよ父さん」
「ならそこに座ってくれ。見せたいものがある」
僕は父さんに促されるままに向かい合う形でソファーに座った。
僕らの間にあるテーブルの上には封筒が置いてあり、父さんはそれを僕の方へと向けた。
機密書類と書かれたそれを開封し、僕は中に書いてある書類へ目を通した。
「これって」
「五年前の母さんの事件。その犯人がやっと判明した」
僕にとって忘れもしない忌々しい事件だ。
今でこそ普通に生活をしている母さんだったが、事件後しばらくは車椅子生活をしていた。
母さんが生きているのはノアさんのおかげだけど、彼女がいなかったらとっくに母さんは死んでいた。
この書類にはあの事件を起こした犯人についての情報が書いてある。
「犯人は二人?」
「そうだ。命令犯と実行犯だ。片方は既に死んでいるが、呪術の準備をして発動させた方は今もこそこそと生きている」
書類を詳しく読み込む。
五年に渡る調査班の努力と執念がこもった内容だった。
「そして最新の情報だが、その残りの犯人がこの王都内に潜んでいる確率が高い」
「……父さん。そいつはどこにいるの?」
「わからない。王都に入ってからは完全に足取りが消えているんだ」
父さんは悔しそうに言った。
あの時、誰よりも絶望と無力感を味わったのは父さんだ。公爵でありながら自分の妻を救うことができなかった。
その時の思いがこの捜査の結果へと繋がったのに、あと一歩が見つからない。
「ただ、その人物の過去の経歴を調べると関連が高い貴族が見つかった」
「その貴族が匿っているかもしれないってこと?」
「あぁ。……犯人は元魔術局の研究員であり、ある貴族と交流が深い人間だった。犯人は呪術を中心とした黒魔術を研究テーマにし、いくつもの禁術を生み出したのだ」
思わず手に力が入って、持っていた書類がくしゃくしゃになる。
一箇所だけ違う色で記入された場所には大きな文字で《シュバルツ公爵家》と書いてあった。