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第46話 春の日差しとこれからのこと



「平和だわ……」


 暖かい春の日差しに照らされて体がぽかぽかする。

 授業中に窓側の席だとついつい眠たくなって大変なのよね。


「お昼寝しようかしら」

「それやったらお嬢は絶対に起きないでしょうが。あと、ここで寝転んだら髪に葉っぱ着きますぜ」


 ぶー。折角の良い天気なのにキッドのケチ〜。


「でも、本当に気持ち青空ですよね。ノアさまの気持ちわかります」

「そうなのか? 俺は南部にいた頃はこの程度の気温は普通だったから特に何も感じないぞ」

「グレンは勿体ないわね。もっと風情ってものを感じなさい」

「……おい。貴様のところの主人を殴っていいか?」

「ムカつくのは同意しますが流石にやめてください」


 今日も午前の授業が終わっての昼休みに私達は集まって昼食をとっていた。

 いつもの食堂では味気ないし、折角の天気なので校舎裏の日が当たる場所にシートを敷いて座っていた。


「グレンもそろそろ食堂に来なさいよね。相変わらずぼっち飯だし」

「貴様らには分からんだろうが、俺はこちらの方が居心地がいい。午後の予習も捗るしな」

「私達と同じ席に座ればいいじゃない」

「俺は貴様らと馴れ合うつもりはない! いずれリベンジをして味わった屈辱を倍にして返してやるからな!」


 顔を真っ赤にして怒るグレン。

 こういう宣戦布告を堂々と言えるのは強みよね。相変わらず南部領の子達からは距離を置かれているけれど。

 彼が生徒会に入ってから少し経ったが、まだ元のように派閥のメンバーで集まってはいないそうだ。


「うーん。もう入学してから一ヶ月経つなんて時間の流れは速いわよね」

「そうですね」


 大きく伸びをする私の感想にエリンが同意する。

 この一ヶ月は色々とあった。やっと原作シナリオが始まったかと思えば生徒会への加入にグレンとの決闘という私の知らないイベントが発生した。

 本来ならこの最初の一ヶ月はヒロインであるエリンが各攻略キャラと顔合わせをするという時期なのだが、こちらは順調。もう全員に会っているしね。

 結局、予定外だったのは全て私の身に起きたことばかりだ。


「のんびりとしている暇はないぞ。今月は暗き森への遠征もあるのだからな」

「暗き森って、まさかあの王都の外にある暗き森ですか!?」


 グレンの言葉にエリンが驚きの声を出す。


「あの森って立ち入り禁止ではありませんでしたか?」

「一般人はな。オレらみたいな魔術学校の生徒は教師引率で入れるんだよ」

「エリンはついこの前まで魔力持ちじゃなかったし、知らないのも無理ないわね」


 へー、と頷くエリン。

 暗き森と呼ばれる場所はエタメモ内のマップとしてしばしば登場する。

 王都を出て北西へ少し進むとある広い森で、樹々が多いせいで薄暗く、すぐ側の湖のせいで霧も発生しやすくて不気味なことから暗き森と呼ばれている。


「でも、あの森って恐ろしい魔獣が現れるんですよね?」

「立ち入り禁止の一番の理由はそれね。王都の周りは道も整備してあるし、騎士団が巡回しているから魔獣はあまり出現しないけれど、暗き森は別よ」


 暗き森は魔獣の生息地だ。

 魔獣は普通の野生動物とは違って人間を積極的に襲ってくるモンスターでそんな生物が生息する危険な森だが今でも野放しにされている。


「あの場所だけは騎士団が数を減らしても一定期間が経てばすぐに魔獣が発生するのよね」

「だが、そのおかげで俺達のような学生の討伐訓練には最適な場所だ」


 アルビオン王立魔術学校は年に一回、この暗き森での大規模な遠征をする。

 一年生は初めての野外活動兼魔獣の観察。二年生は一年生を補助しながら魔獣との戦闘を行う。

 魔術師の主な仕事が魔獣討伐なのでその練習というわけだ。


「危なくはないんですか?」

「危険だ。毎年何人もの怪我人が出ている。運が悪ければ死もありえる場所だからな」

「まぁ、最後に死人が出たのは二十年近く前らしいっすよ。以降は医療技術の向上だったりポーションの大量生産のおかげで怪我人が何人が出るだけみたいだ」

「でも怪我人が出るくらいには危ないんですよね。わたしなんかが行っても足手まといになっちゃいそうです……」


 グレンとキッドの話を聞いて悪い想像をしたのだろう。エリンが落ち込んでしまった。

 前世の基準でいうと、高校生に武器を持たせて森で獰猛な熊を退治してこいと言っているようなものだから怖がってしまうのも無理はない。


「心配などはいらぬだろう。この俺がいるのだ! 貴様程度なら守ってやらんこともないぞ」

「本当ですか? 頼もしいですグレンさま」

「ふん。民を守るのも貴族の役目だ」


 頼りにされるのが嬉しいのかグレンは照れ隠しに鼻を鳴らして顔を背けた。

 仲間だと思っていた派閥の人から避けられて以降の彼はエリンに褒められて自尊心を少しずつ回復させている。良い傾向だわ。


「オレだって命に代えてもお嬢を守りますよ」

「あっそう。私は自分の身くらい守れるようにしているからキッドも自分最優先にしなさい」

「……了解っす」


 魔術をまだ上手く使えないエリンと違って私はある程度戦えるから心配はいらない。

 自分だけ逃げて生き延びるために使える魔術はいくつも習得したのだ。

 キッドが私の身代わりに死んでしまうなんてことはごめんだ。

 私を助けるために誰かが死んでしまうなんて二度と見たくないからね。


「しかし今年は楽な遠征になるだろうな」

「あら? どうしてそう思うのかしら」

「五大貴族の人間が全員揃っているのだぞ。そして守護聖獣を呼び出せば負けるわけないだろう」


 たった一匹だけで戦況を大きく動かす守護聖獣。

 それを使役する人間が奇跡的に同時期に学校に複数人もいるのだ。


「そうですよね。なんだかわたしが心配し過ぎていたのかもしれません」

「遠征は泊まりがけらしいし、野宿を楽しみましょうぜ。湖で魚を釣ったり、夕食は手作りバーベキューするって聞いたっすね」

「料理ならわたしも少しはお役に立てそうです」

「ほぅ。それは楽しみにさせてもらおうか」


 まだ少し先のイベントにみんなが盛り上がる。

 ありふれた学生の会話を聞きながら私は空を見上げてこう思った。


 ──まぁ、ヒロインと攻略キャラが参加するイベントで問題が起きないわけが無いんですけどね!!


 そんなことを口に出してしまえばエリンの表情が曇ってしまうので、私はこのことを胸の奥に仕舞うのだった。



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