第45話 生徒会と燃え尽きた赤
魔術学校で一番の盛り上がりとなった私ことノア・シュバルツとグレン・ルージュの決闘から一週間が経過した。
魔力を使い過ぎて翌日は筋肉疲労ならぬ魔力疲労で午前中の授業を休んだけど、それ以降は何の問題もなく元の生活に戻った。
生徒会内ではよく先輩達が話しかけてくれるようになったけれど、それ以外の生徒からは逆に怖がられてしまうようになったのは誤算だった。
どうやら私の戦い方がエゲツないと評判になり、機嫌を損なうと呪いによって頭が禿げるとかなんとか。
「逆にその呪いを完成させて言いふらした奴にかけてあげようかしら」
「絶対にダメですよノアさま。そんなことしたらますます悪評が増えてしまいます。ほら、早く仕事を終わらせましょう?」
「はーい」
生徒会室で私はエリンと共に書類の整理をする。
束になっているものを仕分けして古いものを処分する雑務だ。
すっかり生徒会の雑務係が定着してきた今日この頃。
「感心ですぞお二人共。いや〜、生徒会にも慣れてきたようで拙者は嬉しいでござる」
「ヨハン先輩のご指導のおかげです」
「教えるのだけは上手だったわよね」
相変わらずの濃いキャラの先輩だけど仕事については有能だ。
将来はどこかの有力貴族に雇われるか、魔術局に推薦で就職するのでは? と言われているそうだ。
私としては案外この魔術学校の教員なんかが向いているのではないかと思う。
「生徒会としてはかなり助かっている。ヨハンの指導の成果もだが、二人の頑張りもあるだろう」
「学内では別の問題も起きているでござるからな。人手が増えたのは良かったですぞ」
学内の問題ね。
この一週間で大きな変化があったとすれば、南部領の生徒による派閥拡大の動きがピタリと止まったことだ。
彼らは自分達の代表であるグレンが侮っていた相手にコテンパンに負けたせいで勢いを失った。
他の生徒の中には五大貴族のルージュ家も大したことないと言い出す人もいたり、これまで南部領の生徒に脅される形で派閥にいた人間が抜けたりと大変なようだ。
というか、あの戦いが私の完勝でグレンが取るに足らない魔術師だと言っている人間がいて驚いたわ。
最初に守護聖獣の召喚をキャンセル出来なかったら私の負けだったというのにね。未熟な学生にそれを見抜けというのが厳しいか。
「二人は例のグレン・ルージュと同じクラスでしたな。その後、彼はどうでござるか?」
「えっと、それはその……」
「クラスで浮いているわね。誰も近づかないし」
ヨハン先輩の質問に言い淀むエリン。
対して私はグレンの現状をスパッと言った。
「派閥の人間は自己保身にいっぱいいっぱいで彼を見捨てている状態。本人も週末の休みに実家に呼び出されて以降は落ち込んでいるわね」
決闘の翌日はまだ負けを認められなくてイライラしていたけれど、養母でありルージュ家の当主である伯母に何かを言われてからは凹んだままだった。
それまでのプライドが高くて偉そうな姿から一転して、真っ白に燃え尽きたように大人しい。
「気の毒でござるが、当人が蒔いた種ですからな」
「あれだけ迷惑をかけられたから少しは大人しくして欲しいと思ったんだけど、流石に……ねぇ?」
「わたしもノアさまと同じです。あんなに意気消沈した姿は見ていられません」
一生後ろ指を指されたり、下手したら虐められてしまいそうな雰囲気だ。
原作改変どころではないし、このままグレンが物語からフェードアウトすると国が詰む。
「ロナルド会長。先週お話した件は如何でしたでしょうか?」
「回答が来た。エリン君が提案した件について学校側から。それによれば──」
♦︎
「ふっ。二人揃って俺に何の用だ」
生徒会で話をした翌日。
昼休みに食堂でグレンの姿を見なかったので探してみると、校舎裏の日陰で一人パンを食べていた。
他に人影は無くて、彼はひとりぼっち飯をしていたようだ。
あれだけ大勢の人間に囲まれて食堂の一角を占領していた人物と同じとは思えない落ちぶれっぷりだ。
「まさかこの俺を笑いに来たか? 調子に乗って相手の力量を見誤り、手も足も出ずにボロ負けした俺に。俺を負かした張本人と平民の女が笑いに来るとは傑作だ……ははっ」
どんよりというオーラを全身から出して自虐しながら笑うグレン。
うん。極端過ぎやしないかしらコイツ!?
「そんなわけ無いじゃない」
「なら、なんの用だ。俺はもう貴様らに関わりたくない」
「エリン。言ってやりなさい」
死んだ魚のような目でこっちを見るグレン。
エリンはそんな彼に正面からしっかりと目を合わせて話を切り出した。
「グレンさま。これは生徒会からの提案なのですが、生徒会のお手伝いをするつもりはありませんか」
「何だと?」
「生徒会役員の席は全て埋まっているんですが、その下の補助というからお手伝いをグレンさまに……」
「貴様。俺を愚弄するつもりか! 負けて落ちぶれただけではなく恥を晒せと!!」
「冷静になりなさいグレン」
エリンの発言を聞いて激昂するグレン。
私はそんなグレンに怯えた彼女を庇うように前に出た。
「これは貴方に対する救済よ。私達生徒会はグレンのことを評価しているわ。結果はどうあれ短期間で派閥を急成長させた腕前は認めているの。だからそれを腐らせるくらいなら生徒会で活用したい」
「それは貴様らだけに利益があって、俺には関係ない」
「あるわよ関係。生徒会の仕事に早くから関われたら次の選挙で会長になった時に役立つでしょ? 実績を積めば評価や信頼を回復出来る。選挙にだって有利に働くでしょ」
グレンには人をまとめる素質があった。魔術の実力だってあるし、やり方さえ間違わなければ確実に次の選挙で生徒会長になれたのだ。
「正気か貴様ら? 一度は現生徒会を潰そうとしたのだぞ俺は」
「私もそう思っていたのよ。調子に乗って負けたんだから仕方ないって。でも、ここにいるエリンがロナルド会長に提案したのよ」
決闘が終わった後の出来事だった。
『ロナルド会長。お願いがあって、グレンさまを生徒会に迎え入れることは出来ませんか?』
エリンがお願いするようにそう言ったのには驚いた。
彼女はグレンの派閥の人間から目をつけられていたし、いい思いをしなかったはずだ。
『彼は負けた。ならば情けは、』
『いいえ。情けなんかではなくて、あの日の人をまとめる力は本物だと思うんです。南部領の人達に勢いがあるのは事実ですので、グレンさまがそんな彼らと他の地方の人との間に立ってくだされば学校はより良くなる。この状況を引き起こしたのが彼なら、それを終わらせられるのも彼だとわたしは思いました』
五大貴族の、それも直前まで凛とした態度で青龍を呼び出して構えていたロナルド会長にエリンは面と向かってそう言い切ったのだ。
「癪だけどエリンの言う通りだと私は思ったわ。王になるとかそういうのはひとまず置いておいて、学校を良くするなら貴方の力は必要だわ」
「平民の女が、か……」
「いえ、あの、差し出がましいことなのはわかっていますけど、グレンさまのお力があればと……」
グレンは自信なくおどおどするエリンを見たまま考え込んだ。
数秒。もしかしたら一瞬かもしれない時間で彼は結論を出したようで顔に決意が現れた。
「ふん。そこまで俺の力を借りたいというのならば仕方あるまい。貴様らの望み通りにこのグレン・ルージュのカリスマ性を余すことなく発揮させてやろうではないか!」
「うわっ。誘われた側なのに偉そう」
今の今まで自虐気味になっていて燃え尽きて真っ白な状態で生気が無かったのに、急にイキイキし出したわよこの男。
「だが、俺はただの下っ端で満足するような男ではない。貴様が劣っていれば再び決闘を申し込んで生徒会の座を奪うからな。いいなノア・シュバルツ!」
「決闘は勘弁するわ。じゃんけんとかで良くない?」
「良くないわアホ! 俺は必ず貴様に勝ってみせるからな!」
ギラギラとした目の奥に闘志を燃やすグレン。やっぱり厄介な事になったわね。
これから毎日この調子のグレンとあのヨハン先輩を相手にするとなると気が滅入る。
私のストレス値を下げるためにグレンの同じ立場でキッドを生徒会に連れて来れないかロナルド会長に進言してみようかしら?
「それとだ。俺を選ぶとは中々に見る目があるな貴様。いや、エリンよ」
「えっと、どうもありがとうございます?」
「あのブルー家に臆することなく意見を言い、このノア・シュバルツの近くにいるという胆力の強さ。気に入った、面白い女だな貴様は」
んんんっ? もしかしてフラグ立った!?