第43話 俺は選ばれし者(グレン視点)
俺ことグレン・ルージュは選ばれし者だ。
五大貴族であるルージュ家に連なる者として生まれ、この国で最も才のある伯母上に親戚一同の中から後継者として選ばれた。
さらに俺には守護聖獣という伝説の力が宿っていた。
ゆえに、この俺が衰退するアルビオン王国の新しい王として国を導く必要がある。
「そのためにはまず……」
十五才になった俺は王都にあるアルビオン王立魔術学校に通うことになる。
そこで俺は将来の臣下に相応しい者を探し、成績は学年トップ……歴代のトップくらいにならなくては玉座につけないな。
あとは生徒会長になるのも必須だ。学校の生徒の長。
王になる俺に相応しい地位だな。
「くくくっ。俺という偉大な男の快進撃が止まらなければ父上もきっと……」
南部で英才教育を受け、入学する半年前に王都に移り住んだ俺は毎日のように伯母上から話を聞かされた。
魔術学校には俺と同じ五大貴族の後継者になる連中が四人もいる。
その誰にも俺は劣ってはいけない。
ルージュ家の因縁の相手でもあるブルー家は勿論、シュバルツ家にも。
「シュバルツ家ですか?」
ある時俺は疑問に思って伯母上に聞いた。
シュバルツ家といえば黒い噂は絶えないが、領地を持たず他の貴族とも繋がりが少ない家だ。
現当主は魔術局の局長をしているが、それ以外は大したことのない家だと思っていた。
「シュバルツ家を、ダーゴン・シュバルツを甘く見てはならん。あの男に妾は……」
「伯母上?」
「良いかグレン。決してシュバルツ家の人間に、あの男の娘に劣ってはならん。むしろ機会があれば再起不能になるくらいに痛めつけておけ。それであの男が悲しめば酒も美味くなるというものだ」
女帝の異名を持つ伯母上に念押しされてしまえば俺に逆らう権利はない。
一族の中で頂点に立つ伯母上に逆らうということは王への叛逆にも似た行為であり、そんな恐ろしいことは俺には出来ない。
この人が白と言えばそれは白なのだ。黒であれば白にしてしまわなくてはいけない。
「このグレン。必ずや伯母上のご期待に応えてみせます」
というわけで俺は魔術学校に通い出した。
南部出身の生徒にはルージュ家の息がかかっているのでまずはそれ以外の者を引き込まなくてはならない。
俺はやり方は好きにして構わないのでとにかく支持者を増やせという指令を出した。最も貢献度の高い者は要職に付けるという条件でだ。
配下のやる気を引き出すのも上に立つ俺の役目なので前祝いとして南部から土産を学校に運ばせたのだが、依頼した商人が張り切り過ぎて馬車の数が予想以上に増えたのは誤算だった。
他の家の奴も似たようなことをしようとしたのか学校前の道路が混んで揉めたのは俺の落ち度だ。
しかし、その甲斐もあってか一週間もしないうちに俺の派閥は膨れ上がっていった。
他の五大貴族の連中はのほほんとままごとのような生活をしていたのは幸運だったな。
グルーン家もヴァイス家も俺の敵ではない。平民の女と仲良くやっているような奴らが事前に念入りに準備をしていた俺に勝てるわけがない。
「問題はノア・シュバルツ」
入学初日の出来事だった。
俺のクラスには見事に五大貴族の後継者が揃っていたが、その中にはパッとしない平民もいた。
派閥の女達が絡んでいたが、この程度で潰れてしまうような軟弱な精神の持ち主ではやっていけないだろうと思って貴族との接し方を教えてやるようにと俺は言った。
その矢先だった。
「ねぇ。そこ邪魔よ」
驚く程低く、怒りに満ちた声だった。
「私が席に座れないわ」
伯母上にも引けを取らないような凄みのある声の主は漆黒の髪を持った女だった。
その女のひと声で派閥の連中は恐れ上がり道を譲る。
これが俺と同じ五大貴族の者が持つ覇気なのかと思った。
感じるぞ。こいつはとても恐ろしく手強い女だ。
俺が最も苦手とするタイプで年下の弟や従兄弟がいれば容赦なく弄ってくる女だ!
「ふん……」
まだ今日は初日だ。ここは様子見にしておこうと俺は自分の席に戻った。
それから俺は派閥を拡大するための活動と共にノア・シュバルツという女の観察を始めた。
何を考えているのか、弱点はなんなのかをしっかりと見極めさせてもらうぞ。
「何もわからない──だとぉ!?」
一週間が経った頃に俺は頭を抱えていた。
派閥の拡大は順調で、予習もしっかりしていた俺は授業でも好成績で教師から高い評価を受けていた。
そんな俺だが、ノア・シュバルツの調査については進展が無かった。
もちろん学外の情報は手に入った。シュバルツ家は閉鎖的で僅かな情報だけだが、数年前に誘拐された経験があることと王都中の菓子店をあちこち利用しているお得意様だということ。
弱点に繋がるものは見つからない。密偵をシュバルツ邸に侵入させるか? とも考えたが五大貴族の家はどこも警備が厳重だから現実的ではなく、結局はこの学校での観察しか調べる方法がない。
結果、ノア・シュバルツはいたって普通の貴族令嬢だった。
食堂で友人のマックス・グルーン、ティガー・ヴァイス、フレデリカ・ヴァイス、従者のキッド、ルームメイトで平民のエリンとよく食事をしている。
授業態度は普通で教師の出した問題に詰まったりする場面もあることから学力は並程度。
実技の授業も平凡な魔術師の域を出ないが、シュバルツ家は黒魔術に特化していると聞く。実戦ならばどうなるかはわからないので不明としておく。
その他の行動だが、把握している範囲では不自然な点はなく、平民との距離は近いが親しい友人に囲まれて学校生活を満喫している。
それ以外が、それ以上がないのだ。
「何もわからないというか、何も考えていないアホじゃないのかコイツ?」
伯母上は警戒しろと言っていたが、放置していても何ら問題ないように思える。
しかし、命令を遂行するならばこのノア・シュバルツを痛い目に遭わせて勝たなくてはならない。
さてどうしたものかと悩んでいると衝撃の情報が飛び込んで来た。
この女と平民のエリンが生徒会に入るのだという。
推薦をしたのは因縁深いブルー家のロナルド。現生徒会長であり、二年生の学年トップ。
ノア・シュバルツよりも遥かに警戒しなくてはならない敵だ。
そんな俺が敵視している奴らが手を組む? こちらの動きが読まれているのか?
悩みの種が増えたがここは慎重に行動すべきだ。
「──と考えていた矢先にコレか」
「「「申し訳ありませんグレン様!!」」」
騒ぎを起こしたのは派閥に所属し、クラスメイトでもある連中だった。
コイツらは西部出身の生徒に無理な勧誘をしてカッとなったところを魔術の無駄使用で生徒会に拘束されたのだという。
「もう奉仕活動なんて耐えられません。あんなもの貴族にさせることじゃありません!」
「泥や糞に塗れるなんて平民の仕事ですわ!」
「お助けくださいグレン様!」
全く身勝手な連中だが、それは俺の出した命令に従おうとした結果だ。だから責任は俺にある。
しかしまぁ、ここで伯母上から聞かされて用意していたクラブ活動での魔術の使用許可証が役に立つとはな。
この展開を読んでいたとしたら流石は伯母上だ。
俺はこの許可証を使って生徒会長のロナルドを嵌めようとした。ついでにノア・シュバルツも。
生徒会室へと乗り込んだ俺はロナルド・ブルーと初めて会話をしたが、こいつはそこそこ切れ者のようだった。
片目に黒い眼帯をしていてこれも伯母上から聞かされていた魔眼の一種だろう。
実力が未知数で魔眼持ちであり俺と同じく守護聖獣を扱うロナルドか、それともノアか。
会話の流れを決闘へと上手く運んだ俺は相手を指名する。
「ノア・シュバルツ。この俺、グレン・ルージュが貴様に決闘を申し込む!」
こちらならば苦労せずに勝てるだろうからな。
ブルー家の人間を生徒会長から引きずり落とすだけでなく、シュバルツ家の人間も痛ぶることが可能な作戦を思いつくとは我ながら完璧だ。
日が暮れ出した放課後の演習場に俺は立つ。
無様な敗北を大勢の人間に見せつけてやるためにギャラリーを集めさせた。
体力も魔力も万全でコンディションは良い。
「さぁ、勝負だノア・シュバルツ!!」
この決闘に勝利して俺は王への階段を駆け登り、そして──。