第42話 ラスボスは逃げられない
アルビオン王立魔術学校の敷地は広い。
国内最大の都市である王都の六分の一を占める広大な土地には複数の校舎、その他に学生寮、畑や飼育小屋、講堂に図書館と様々な施設がある。
二学年だけとはいえ国中から一箇所に生徒を集めればその数はかなりのものになるので実戦的な魔術を使って授業をする演習場は複数用意してある。
その中の一つ、前世の学校にある小体育館程度の規模の演習場に私は立っていた。
どこから聞きつけたのか演習場の周りには大勢のギャラリーが詰めかけていてちょっとしたお祭り騒ぎだ。
「はぁ」
短いため息を吐き出して私は目の前で腕を組んで立つグレン・ルージュを睨む。
彼は制服の上着を脱いで中のシャツの袖を捲っている。
結構鍛えているのか晒された腕の筋肉はムキムキだった。キッドの腕によく似ている。
対する私は運動しているおかげで無駄な贅肉こそ少ないがフレデリカのような凹凸は無く、平均より背が高いのもあってヒョロガリに見えてしまう。
でもまぁ、今回やるのは肉弾戦の殴り合いじゃなくて魔術のみを使った決闘なわけだから関係ないわね。
「ははは。……どうしてこうなったのよ」
恨めしく漏らした私の言葉は誰の耳にも届かなかった。
♦︎
時はニ時間前に遡る。
マックスから貰った気付け薬を飲んだにもかかわらず眠気を感じていた私だったが、流石に生徒会に入って二日目で居眠りするわけにもいかないので気合いを入れ直していた。
隣を歩くエリンはすっかり目が覚めているようで、何度も欠伸をしてしまう私を見て笑っていた。
「ノアさま。今日は寮に戻ったら早めに就寝しましょうね」
「そうね。明日は休息日だし昼ぐらいまでぐっすり寝ようかしら」
魔術学校に入学してから初めての休みだが、地方から来た子達とは違い私は王都住みなので都内観光に興味はない。
学校周辺の手近な場所なら午後からでも散策出来るから午前は丸々睡眠時間にしてしまおう。
「わたしはノアさまのために寮の厨房を借りてクッキーを焼きますね」
「惰眠を貪って寝起きに美味しいお菓子とか何それ最高じゃない」
実家にいたらまずキッドが許してくれなかった生活だ。
ああ見えて彼は私やお父様の健康に口うるさいのだ。主人の体調をしっかり観察しているのは褒めるべき点だけど油断して太るとすぐにおやつ抜きにしてくる。
お父様は好物のお酒を制限されたりとまるでオカンか! と言いたくなるような仕事っぷりだ。
しかし流石のキッドもこの学校での寮生活には口出し出来ないのでここは私の勝利だ!
「でもあまり期待しないでくださいね。ノアさまに食べていただくクッキーの枚数はキッドさんに制限されているので」
「私は飼育中の動物か!! そんなものは無視よ!」
仕事が早くて手回しご苦労様なことねキッド!
この場にいない執事に脳内で嫌味を言っておく。
そんな会話をしながら生徒会室に辿り着いた。
「ごきげんよう。ノア・シュバルツですわ」
「こんにちは。エリンです」
既に生徒会室にいる先輩達に挨拶をしながら席に着く。
今日もヨハン先輩からの面倒くさくも意外と実用的な話を聞いて雑務からこなしていこうとした。
「失礼するぞ」
教師に呼ばれて少し遅れてくるらしい先輩を待っていると生徒会室の扉が勢いよく開かれて聞き覚えのある声がした。
「知らないのか。ノックをするのがマナーだと」
「俺はいずれこの国の王になる男だ。俺がルールだ」
書類仕事をしていたロナルド会長が侵入者を注意するが、相手はそれを拒んだ。
何かと学校内で話題のグレン・ルージュがふてぶてしい態度でやって来た。
「昨日、俺の所の奴らがこの生徒会に不当拘束されたと聞いた」
「彼女達は学校内で無許可で魔術を使用した。当然の処理だ。校則違反なのだから」
「そうか。ではこれを見ろ」
グレンは懐から一枚の紙を取り出すとロナルド会長の前に叩きつけた。
私やエリンを含めた生徒会の面々もその紙に注目する。
「なになに? 学校内での勧誘活動における限定的な魔術行使の許諾書ですって? ……これがどうしたのよ」
「魔術学校には大小様々なクラブ活動が放課後に行われている。そこで各クラブは新入生が入学した最初の一ヶ月間のみ勧誘を目的とした魔術の行使が許されている」
「許可は出ている。あくまで各クラブが研究成果を見せたり、後輩に活動内容を見せるためのパフォーマンスとして」
ロナルド会長の言葉を聞いてグレンは笑った。
「そうだ。昨日拘束された連中は俺が作ったクラブのメンバーだ。つまりは魔術を行使する資格を持っていたのだ」
これでどうだとばかりに自信たっぷりな様子のグレン。
つまり彼はこう言いたいのだ。
昨日の令嬢達は魔術を使う許可があるのに生徒会に捕まった。どう落とし前つけんだよ? と。
「そんなの言いがかりよ!」
「ふん。何とでも言え。それでどうしてくれるんだ生徒会は?」
「言ってみろ。何が望みか」
高圧的な態度でロナルド会長に詰め寄るグレン。
険しい顔をしながらテーブルの上で腕を組み、ロナルド会長は目的を聞こうとする。
「今後一切ルージュ家とそれに連なる者への干渉をするな。それと今回のような不手際を起こした生徒会の解散と選挙のやり直しを要求する」
「「「なにっ!?」」」
驚きを隠せない生徒会メンバーの声がハモる。
私やエリンもその提案に思わず声が出てしまった。
生徒会の解散ということはロナルドは会長ではなくなってしまい、新しく生徒全員が参加する選挙をしなくてはならない。
もしもそうなった場合に今一番注目されていて勢いに乗っているのはグレンだ。
「乗っ取るつもりか。この生徒会を」
「人聞きが悪いな。俺はただこの学校をあるべき姿へと正すだけだ。いずれ王になる俺こそが生徒会長に相応しい」
「選挙で当選したはずだ。半年待って立候補すれば」
「時間はいくらあっても足りない。それに伯母上がブルー家の人間がルージュ家の上に立つなど許すわけがないからな」
互いの視線がバチバチとぶつかり合う二人。
周囲の温度がどんどん冷えていく中でエリンが私の袖を引っ張って耳打ちしてくる。
「ブルー家とルージュ家って仲が悪いんですか?」
「五大貴族の中でも相性最悪よ。今に始まったわけじゃなくて何百年もずっと前からね。私はあの両家が揃って並んでいるのを聞いたことないわ」
同じ五大貴族の中でもそれぞれに関係性があった。
グルーン家とヴァイス家は北部と西部で繋がっていて魔獣被害があった際は冒険者を派遣したり代わりに薬草を提供したりと横の繋がりがある。
ちなみにシュバルツ家は領地を持たずに王都内でコソコソしているのでどこからも信用されてはいなかったりする。
お父様の代でヴァイス家やグルーン家と直接の繋がりが出来たし、私がマックスやヴァイス兄妹と仲が良いので最近は関係は改善されつつある。
一方でルージュ家とブルー家といえば不仲が有名だ。
南部と東部で領地が繋がっているが、外国と積極的に関わりたい商人気質の南部と外敵の侵略を絶対に許さない閉鎖的な東部は考え方が真逆だ。
お父様が王城で会議をする時に必ずどちらかが不参加になると不満を言っていたのを思い出す。
「解せぬな。学外の話を持ち出すのか」
「ここはアルビオンの縮図だ。今いる者が将来国を動かす。ならば決着は早い方がいいではないか」
なんだが話がどんどん大きくなってきた。
学校内でのいじめとかそういう規模ではなくて国の未来を賭けた駆け引きとか私には出来ないわね。
というかこんな展開はゲームには出てこなかった気がするんだけど!!
グレンルートが動き出すのはまだ先の話だし、ロナルドルートはもっと生徒会室で穏やかに雑務しながらお喋りとかそういう感じだったはず。
「とはいえ、これではまるで俺が一方的に我儘を言っているようだからな。そちらにもチャンスをやる」
いや、本当に一方的な我儘なんですけど。
モンスタークレーマーみたいなことされているんですけど。
「チャンスだと?」
「あぁ。ここは魔術師らしく決闘といこうじゃないか。古くからそう決まっているからな」
魔術師同士による決闘。
それはこの国において最上級の儀式にして契約だ。
遥か大昔にアルビオンの初代女王は各地を治めていた一族の長と一対一の決闘をして国をまとめ上げたという。
決闘時には魔術を用いた誓約書にサインして魂を賭ける。負けた側はその誓約書の内容に絶対服従をしなければならない。
……よくゲームとか漫画でありがちな方法よね。まぁ、ゲームの世界だから仕方ないけれど。
この決闘だが、リスクが高すぎて今では廃れて誰もやる人はいない。なんとなくそういう風習や伝説が残っているだけだ。
「断るといえば? 私が」
「徹底的に抗戦するまでだ。だが、負ければ大人しく引いてやる」
「選択肢はないか。流石はあのルージュ家の後継者か」
「どうする生徒会長?」
「……その申し出を受ける」
「聞いたな貴様ら」
ロナルドは少し考えて決闘への誘いを受けた。
グレンはこの場にいる私達生徒会メンバーが決闘参加の証人だと言う。
「学生だけで決めちゃっていいんでしょうか?」
「残念だけどねエリン、五大貴族ともなればそこらの教師は従うしかないのよ」
それにこの決闘は国の将来を左右するような事態になるから教師にその責任を取れというのは残酷な話だ。
校長であるマックスのお父さんならと言いたいけれど、残念ながら今日から北部の方へ戻っていると昼休みにマックスが話していた。
「私達はただ見守ることしか出来ないのよ。無力よね」
これはルージュ家とブルー家の問題だから外野は黙っておいた方がよさそうだ。
「決闘についてだが条件がある」
「何を付け加えるつもりだ。条件とは?」
「元々ここに来たのは俺の所の奴らが生徒会メンバーに不当拘束された件だ。だからその当事者に責任を追及したい」
「不在だ。生憎と当事者のヨハンはな」
「そんな奴はどうでもいい。そこにいるだろうが。魔術を使って拘束をした張本人が!」
事件で犯人を当てるように真っ直ぐに指を指すグレン。
その指は紛れもなく私へと向けられていた。
「ノア・シュバルツ。この俺、グレン・ルージュが貴様に決闘を申し込む!」
はいぃぃぃぃぃっ!?
「な、なんですって!?」
「決闘場所については俺がこれから用意する。準備が整えばまた来るからそれまで貴様は逃げるんじゃないぞ!」
「ちょっと待ちなさいよ! ねぇ、ロナルド会長からも何か言ってちょうだい!!」
「いいだろう。私よりも彼女を選んだことを後悔するといい」
「助けなさいよ!」
私に味方はいないのか。
他の生徒会メンバーは全員が巻き込まれないように顔を背けた。
エリンだけはオロオロと私を心配してくれているが、魔力のコントロールすらままならない彼女では勝負にすらならないし、危険だ。
「俺が頂点に相応しいと証明する。首を洗って待っていろ」
グレンは決め台詞のような言葉を吐き捨ててそのまま出て行ってしまった。
そして彼が次に来た時には決闘用の場所と魔術を使った誓約書が揃っていて、会場には騒ぎを聞きつけたギャラリーと大きく肩を落として「何やってんだよお嬢」て言いたげなキッドがいた。
「ははは。……どうしてこうなったのよ」
ラスボスは挑まれた決闘からは逃げられない。




