第41話 『ごめんなさい』より『ありがとう』
「疲れた〜」
「わたしもです……」
魔術学校にある学生寮の一室。
私とエリンは制服姿のままそれぞれ自分のベッドの上に倒れ込んだ。
放課後の校内見回りで発見した生徒同士の揉め事。生徒会として見過ごせずに割って入ったその事件は複数人の貴族令嬢による校内での魔術の無許可使用という校則違反に発展した。
怪我人はおらず、彼女達の魔術も何も傷つけることなく霧散したので校則違反程度で済んだ。
騒ぎを聞きつけた教師に事情を説明して加害者達を引き渡して、寮に戻って門限を過ぎた理由を寮監さんに説明をしていたらかなり遅くなってしまい疲れ果ててしまった。
「あの子達は停学とかになるんだっけ?」
「ヨハン先輩曰く、一週間の奉仕活動みたいですよ。屋外演習場の草むしりと授業で使用する動物達の飼育小屋の清掃みたいです」
「まぁ、それくらいが妥当なところね」
誰かしら怪我人がいれば事態はもっと大事になっていたが、私のおかげで軽く済んだかしら。
肉体労働をしたことなさそうな令嬢達だったから土や動物の糞に塗れるのはさぞ苦痛でしょうね。
「怪我人が出なくてよかったですね」
「いや、一番危なかったのはエリンだからね。もうあんな無茶したらダメよ」
「はい。次から気をつけます」
ほっとしているエリンに再三の注意をしておく。
私が侮辱されたことに怒ってくれたのは友人思いで素敵なことだとは思うけれど、それでこの子が痛い目に遭っては意味がない。
あの魔術が当たって傷が出来ても私では治療することが出来ないのだ。
「でも、ノアさまが助けに入ってくれてわたし嬉しかったです。守るって約束を果たしてくださいましたし」
「当たり前でしょ。ただ、約束して一週間足らずでその時が来るなんて驚いたわよ」
「本当にごめんなさい……」
しょんぼりと萎んでいくエリン。
反省の色はあるし、責めるのはこれくらいにしておこうか。
彼女の行動は軽率ではあったけれど正しい行いだったのだから。
コンコン。
「はーい」
精神的疲労のせいでベッドで横になっていたが、扉をノックされてしまってはそうはいかない。
私は起き上がると部屋の扉を開けた。
学生寮内では消灯時間前なら部屋の往来は自由だけどこんな夜にだれだろうか。
「よぉ、姉御」
「こんばんはフレデリカ。どうしたの?」
扉の向こう側にいたのは部屋着に着替えていた銀髪の少女だった。
私は彼女を室内に招き入れて扉の鍵を閉めた。
「ついさっき部屋に戻ったばかりだから汗臭かったらごめんなさいね」
「いや、そんなのは気にしねぇよ。むしろ姉御の臭いだったら……じゃなくて! アタシの知り合いが迷惑をかけたみたいですまん!」
普段より少し大人しい様子のフレデリカは私とエリンを交互に見ていきなり頭を下げた。
「さっきルームメイトのリーリャが戻って来て話してくれたんだ。南部領の連中に絡まれたところを姉御達が助けてくれたって」
リーリャというのは大人数に囲まれていた二人のどちらかだろう。フレデリカの知り合いだとは気づいたが、ルームメイトだったのね。
「アタシが舐められていなきゃこんなことにならなかったのにすまねぇ!」
いつものフレデリカらしくなく頭を下げたまま謝ってくる。
自分がいない場所で知り合いが絡まれたのがよっぽど悔しいらしい。
私はどうしたものかと困ってエリンに助けを求めると彼女は苦笑いしていた。
「こらっ。そこはすいませんじゃなくてありがとうでしょ?」
深く下がったフレデリカの頭を上げさせて私はそう言った。
「わたし達は生徒会のお仕事をしただけです。なので謝られる理由はないですよ」
「エリンの言う通りよ。今回の件はフレデリカに何の罪もないわ」
だから自分に責任があるなんて思い込まないで欲しい。
あの令嬢達だってわざわざフレデリカがいないタイミングを狙って呼び出したのだろう。
仮にフレデリカがあの場にいたら手を出した子達は全員ボコボコになっていただろう。
守護聖獣は使えないが、ティガーに匹敵する体術や優秀な風の魔術があるフレデリカは間違いなく一年生の中でもトップクラスの実力者だ。
「でも、」
「今日はもうそういう湿っぽい話は聞きたくないの。ただでさえエリンが謝りっぱなしで私も参っているんだから」
「うっ。……ごめんなさい」
「だーかーら! そういうの禁止! 助けてもらったらごめんなさいよりありがとうございます!」
どんよりとした空気に呑まれてこっちまで落ち込んでしまう。
強制的に話を打ち切って私はフレデリカとエリンをベッドの縁に並んで腰掛けさせた。
「いいわね二人共。私が生徒会の役員になったからにはバンバン取り締まるから何かあったらすぐに報告しなさい。そうしたら今日みたいなことは無くなるでしょ?」
「「はい!」」
うむ。返事がよろしい。
ちょっとばかり大変そうだけど、私が目を光らせておけば少しは騒ぎが減るかもしれないわね。
見えない範囲は仕方ないのでロナルド会長にでも相談して対策を練ってもらおう。
成り行きで生徒会に入ったけど持っている権限はバンバン使っていくことにしよう。そうすればみんなからの株が上がって悪役ルートなんて消えてしまうだろう。
「へへっ。やっぱり姉御は頼りになるな!」
「あの、前から気になっていたんですけどもフレデリカさまはどうしてノアさまを姉御と呼んでいるんですか? 親戚とかなんですか?」
「おっ! よく聞いてくれたなエリン。アタシが姉御を慕うようになったのはだな──」
「その話が長くなるなら私は先に汗を流してくるわよ」
軽率にフレデリカに話を振ってしまったのでエリンは肩をがっしり掴まれたまま昔話を聞かされる羽目になる。
この五年間で距離を縮めた私とフレデリカだが、ヴァイス家の兄妹はちょっと変だ。
彼女を妹のように扱って仲を深めていたのだけど、予想以上に好意を持たれてしまって盲信的な信者のようになった節がある。
さっきの放課後の騒ぎの時も助けてあげた子達から熱い視線を感じた。アレは多分、ルームメイトになった子が私の事をフレデリカに聞かされてしまったせいだと思う。……嫌じゃないけどちょっとむず痒いのよね。
♦︎
翌日の昼。
いつものメンバーで集まって昼食を食べているとエリンが小さく欠伸をした。
「エリンさんは昨日の夜眠れなかったのかな?」
「はい。ちょっと夜更かしして話し込んでしまって」
体調を心配したマックスの質問にエリンは恥ずかしそうに答えた。
「昨晩フレデリカが部屋に来て女子会やってたのよ。消灯時間ギリギリまで話していたわ」
「だからコイツは授業中に居眠りしてたのかよ。おい起きろフレデリカ!」
「んなぁ?」
サンドイッチを食べながら寝るという器用な技を見せたフレデリカはティガーが揺さぶって起こしにかかる。
「元気そうだね」
「そう見えるかしら? 実は私も少し眠気があるのよね。放課後には生徒会の仕事もあるし最後まで持つかしら?」
「ノアさんがよければ僕が調合した気付け薬をあげようか? 目がスッキリ覚めるよ」
「前にもらったミントが入っているやつかしら?」
「そうそれ。エリンさんとフレデリカさんにも用意するね」
マックスからの提案に甘えて私達は薬を貰うことにした。
ポーションをはじめとする薬の作成はこの五年間でマックスが腕を磨いた技術だ。
「しかし、困った奴らですね。いくら勢力争いをするにしたってやり方は他にもあるだろうに」
「よりによって姐さんに関わるなんて運がねぇな」
「そうだね。とりあえず僕は北部領の生徒が似たような被害を受けていないか聞いてみることにするよ。あと、確かにキッドの言う通りにちょっとやり方が乱暴だよね。彼等らしくもないし何かを焦っているのかもね」
何か焦っている……か。
教室にいなかった一部の生徒について教師から説明があった時にグレンは大人しく話を聞いていた。
その時に何かを考え込んでいるようにも見えたのは私の気のせいだろうか? でも何を?
「駄目ね。眠たくて頭がよく回らないわ」
「わたしもです。ふわぁ〜」
考えがまとまらずに私は隣に座るエリンにつられて欠伸をするのだった。
その後の授業はマックスからもらった気付け薬のおかげで居眠りだけはせずに済んだけど、頭の回転の方はイマイチでモヤモヤしたまま放課後になった。
二日目はゆっくりと生徒会室で仕事を教えてもらおうと思った矢先に新しい事件は発生するのだった。
「ノア・シュバルツ。この俺、グレン・ルージュが貴様に決闘を申し込む!」