第40話 先輩と一緒に初仕事へ
「前年度の生徒会予算の書類はこちら。歴代の情報はあそこの棚にまとめて入っているでござる。先生達に話をする時は出来るだけ王都に実家を持つ人にするといいのでござるよ」
「「へぇ〜」」
見た目と口調からしてキャラが濃い生徒会のヨハン先輩。
学生としての成績は良いと会長のロナルドは言っていたが、後輩への教育として生徒会の話を聞いているととてもわかりやすかった。
所々でこうしてみるといいよとアドバイスをしてくれたり、一方的に話すだけではなく、理解出来ていなかったら繰り返し教えてくれた。
「そしてこちらが今話した内容をまとめた資料でござる。大体はこれに書いてあるのでたまに読み返してもらえると嬉しいでござるな」
「こんな文量を一人で用意されたんですか?」
渡された資料は分厚くてどれも手書きだったのでエリンが驚いているのも納得だった。
「最初からこれを渡せばよかったのにと思ったけれど、一度説明があるのとないのじゃ理解度が違うわね」
「これだけ持っていても読まないと意味がないですからね。わたしなんか読まずに後回しにしちゃいそうでした」
ヨハン・ファウスト七世恐るべし。
ふざけた見た目からのギャップで私の中で株がうなぎ上りだ。
「さて。ずっと生徒会室で喋っていても退屈でしょうし、リフレッシュ兼初仕事として校内の見回りにでも行くでござるよ」
「えっと、いいのかしら?」
「構わないさ。仕事が無いんだ。まだ任せるようなものが」
生徒会長からの許可も出たので私とエリンとヨハン先輩の三人で校内を歩く。
校内に異変が無いかの確認という名目で入学初日に急いでぐるぐる回っただけの場所をヨハン先輩は丁寧に説明してくれた。
「魔術薬学の授業の時は狭いけどこの道を行けば時間短縮になるでござるよ。ただし冬になると足元が凍って滑りやすいので注意が必要でござる」
「もうすぐ始まる授業ですね」
「これは良いことを聞いたわ。みんなにも教えてあげましょ」
近道や教室を利用する際の注意点。学校で生活するうえで役立つ知識を教えてもらえて満足だ。
「気になるのは先生達の反応よね」
「最初はお辞儀をされますけど、その後にみなさん苦い顔をされますよね」
最初のお辞儀は私にだろう。
仮にも五大貴族の一人娘でもあるし、顔を売っておこうとでもしているのかもしれない。
問題はその後に視線がズレてからだ。
「ヨハン先輩は何をやったのかしら?」
「拙者はただ新しく思いついた魔術を使ってみただけでござるよ。失敗して教室でボヤ騒ぎが起きただけで」
「絶対にそれだわ!」
話を聞いていくと一度だけではなく何度か似たような失敗をしたとか。
それは教師からすれば苦い経験になるだろう。問題児扱いされても文句は言えない。
実際には優秀なんだけど、態度や言動に致命的な問題があるとか懐かしい人物を思い出すわね。
「でもヨハン先輩が教育係で良かったです。ちょっと不安でしたけど教え方がとってもお上手でした。これならわたしでも生徒会を頑張れそうです」
「かわいい後輩にそう言ってもらえて拙者は感無量でござる! ……(チラリ)」
「はいはい。頼りにしてますよヨハン先輩」
廊下を歩きながら仕方なく思っていることを口に出してあげると先輩は上機嫌になってスキップをしだした。
いまいちよくわからない人だけど悪そうな感じではないのはわかった。
「ではそろそろ初仕事の校内見回りを解散にしようかと思ったでござるが、ちょっと待つでござるよ……」
寮の門限もあるので日暮れを目安に生徒会の活動は終了する。それを教えてくれたヨハン先輩が険しい顔で視線を窓にむけた。
追うように外の景色を見ると、中庭のような場所に複数人の生徒が集まって話をしている姿があった。
その場にいるのは女子ばかりで少数と大人数に分かれているように見える。
「気になるでござるな。えいっと!」
ヨハン先輩は廊下の窓を少し開けると指を鳴らした。
すると屋内に吹き込む風に乗って距離があるというのに女子達の声が聞こえてくるではないか。
「ノアさまこれって」
「風の魔術かしらね。盗み聴きとは趣味が悪いわ」
「生徒会活動の一環としてセーフでござる」
実技の授業以外で教師の立ち合いや許可のない時に魔術を使用してはならないと初日の入学説明会の時間に
教えられたが、彼は関係ないとばかりに魔術を行使した。
エリンも私も女子達が何をしているかは気になったので大人しく耳を傾けることにした。
「あなた達。あまり調子に乗らない方がよろしくてよ」
「……なんのつもりですか急に呼び出して」
「わたくし達が親切に教えて差し上げようとしているだけなのに何よその態度。西側の人間はやっぱり野蛮ね」
「「「獣臭くてたまらないわ〜」」」
少数側を挑発するかのように大人数側は嘲笑った。
腹の立つ声の連中だと思ったら、入学初日にエリンの席の近くにいた女子達だった。
少人数側は気の弱そうな子が二人。確か前にフレデリカと話しているところを見かけた気がする。
「配下がこんなのだと上に立つ人間の程度が知れるわね」
「教室でグレン様に掴みかかろうとしていた人が代表ですもの。頭が空っぽなのよ」
「「「おほほほ〜」」」
大人数側の悪口は止まらずに好き放題に言う。
下校して寮に戻った生徒が大半だからと油断しているのだろう。
気の弱そうな子達は自分達の主人を馬鹿にされて流石に怒ったようで口を開く。
「ティガー様やフレデリカ様のことを悪く言わないでください!」
「へぇ。わたくし達に生意気な口をきくわね。これはちょっとお仕置きが必要ね」
「「「痛めつけてあげますわ」」」
一触即発という所か。
私はどうすべきかヨハン先輩の出方を伺うと、彼はペンでメモを取っていた。おそらく今起きていることの状況を書き起こしているのだろう。
いきなり介入するのではなく、どちらにどのような問題があるかを確認してからの方が後から言い逃れされにくい。
もうちょっとギリギリまで静観するつもりね。
先輩のやり方を見習いながらもしもの場合は操影魔術で縛り付けて動きを封じようと会話の傍受に意識を戻した。
「だいたい、ヴァイス家の人間があの偽物のシュバルツ家と仲良くするのが悪いのよ。ノアとかいう偉そうな女に騙されて尻尾を振る主人を恨みなさい」
「「「そうよそうよ」」」
いや、そこで私の名前を出すのやめなさいよ。
彼女達はまさか当の本人が聞いているのに気づいていないようだけれど、名指しされてしまったらうっかり力加減を間違えるかもしれないわよ。
ヨハン先輩と目が合ってまだ待機だと言われた気がしたので大人しくしておこうとした矢先に大きな声が響いた。
「その言葉を撤回してください!」
声の主はなんといつの間にか窓を乗り越えて中庭へと突き進むエリンだった。
「何よ。ノア・シュバルツの腰巾着の平民じゃない」
「撤回してください。ノアさまは人を騙すような方じゃありません! ヴァイス家の兄妹とも対等な友人として接していらっしゃいます!」
複数人の、それも全員が貴族の令嬢が相手だというのにエリンははっきりと告げた。
手を上げられると怯えていた西部の子達は不安そうにそれを見ていた。
「はぁ? なんで平民のあなたの言う事を聞かなくちゃいけないのかしら?」
「貴族に逆らうなんて大罪よ」
「後ろの子より先に痛ぶってあげましょうよ」
多人数側の標的が突如現れたエリンへと変わった。
全員が魔力を体に流して魔術を発動させようとする。
「わたしの友だちの悪口を撤回してください!」
けれど、エリンは臆することなく主張を変えなかった。
全く。困ったルームメイトだわ。
「「「これでもくらいなさい!」」」
多勢に無勢な魔術の砲撃がエリンに向けられる。
しかし、それらは彼女を害することはなかった。
何故なら魔術は発動をする前に全て術者ごと地面に落ちていたからだ。
「「「きゃああああああっ!!」」」
潰れたカエルのように地面に倒れ込む貴族令嬢達。
突然の地面とキスで魔術の制御は出来ずに準備段階だったものは霧散している。
側から見たら意味不明な光景だが、倒れている彼女達は自分の体重が何倍にもなったような凄まじい重圧を感じているはずだ。
重力操作魔術【増】。
対象の範囲にかかる重力を増加させて動きを鈍くする魔術であり、私が五年の間で習得した禁書に記された魔術の一つだ。
「これから先は私が守ってあげるって約束したのよ。まぁ、この場合はこちらが横槍を入れたせいなんだけど」
「ノアさま!」
「全く。私より先に飛び出すなんて信じられないわ。何かあったらどうするつもりだったのよ」
私はわざと怒った風にエリンに言った。
すると彼女はバツが悪そうに顔を赤くして口を開いた。
「えへへ。ノアさまへの悪口にカッとなって何も考えてませんでした」
「はぁ〜〜っ。貴方って子は」
そんな風に言われてしまっては怒ることが出来ないじゃない。
「迷惑料として次の休みにお菓子を作りなさいよね」
「はい。お詫びに沢山作らせていただきます」
せめてもの罰だとエリンに命じたけれど、決して私が彼女のお菓子を食べたいとかではないわよ。本当だからね。
「「「あの、いつまでこのまま……」」」
「私の機嫌が治まるまでしばらくそのままでいなさい」
潰れないように加減はしているが、この魔術はやり方によっては相手を圧死することも可能だ。
「ご苦労様だね君達。二人の美しい友情に拙者は感動したでござるよ。そこの子達は校内での魔術の無断使用の現行犯で身柄を拘束するから動かないようにって、動けないでごさるな」
こうして私とエリンの生徒会での初仕事は想定外の大捕物になったのだった。
キッド辺りに話をしたらやっぱり揉め事じゃないですかって叱られそうね。