第38話 五大貴族最後の一人!
「生徒会からの呼び出し?」
エリンとキッドと一緒に昼食を終え、午後の授業を乗り越えた私は今日でポカンと口を開けていた。
腕に腕章をつけた上級生が教室にやって来て私に生徒会室へ来るようにと言い残して行った。
「お嬢。何やらかしたんですか?」
「何もしてないわよ。入学してからずっと大人しかったでしょ私」
白い目を向けてくるキッドにそう返す。
入学初日にグレンや他の貴族の子を睨んだことはあったけれど、以降はずっと大人しくしていた。
寮でもエリンに魔術の手ほどきをしてあげていただけで迷惑をかけるようなことはしていない。
呼び出しをされる心当たりがないのだ。
「呼ばれたのは私。それからエリンね」
「わ、わたしもですか!?」
お仲間だということを告げると驚きの声を上げるエリン。
このまま寮の部屋に戻って授業の復習をしようとしていたようだが、待ったがかかった。
「身に覚えがないのですけど……」
「私もよ。呼び出しを受けるならアッチの方でしょ」
アッチと私が指差したのは派閥のメンバーを引き連れて今日も勧誘行動に勤しむグレンだ。
他地方の子達はまだ陣営の乗り換えをしていないが、爵位の低い者の中には移籍を考えている子も多いという。特に王都に住んでいる貴族は領地を持たない者が多いので盛大に揺さぶられているとか。
「オレも付いて行きましょうか?」
「その心配はいらないわ。呼び出される場所も分かっているし、相手は生徒会。そう変なことにはならないでしょ。キッドには寮監さんへ連絡を頼むわ。時間によっては部屋に戻ったり夕食の時間が遅くなるかもしれないって」
「わかりました」
五大貴族だろうがここでは学校のルールに従わないといけないからね。
キッドに伝言を任せて私とエリンは教室を後にした。
向かう先は職員室や来客の対応をしたり事務手続きをする管理棟と呼ばれる校舎だ。
生徒会室はその中にある。補足だけど、この魔術学校の生徒会というのは普通にイメージする生徒会のそれとは桁が違う。
なんとなく学校で立候補者を募るか先生から推薦されて嫌々でやる学生の雑務係ではなく、その時代の貴族の勢力図を現した学生版国会みたいな場所だ。
立候補自体は生徒であれば誰でも可能だが、当選するには実家のネームバリューが必要。爵位の低い田舎者なんかは票を集められずに落選した愚か者として後ろ指をさされるとかなんとか。
当選した生徒会メンバーには学校内での圧倒的な権力を与えられ、肩書きに生徒会の名前があれば卒業後の社交界で大きな注目を集めることが出来る。
「そんな凄い人達に呼び出されるなんて……」
「何の用かしらね? まさか私も呼ばれるなんて思いもしなかったわ」
管理棟の廊下をトコトコ歩いて派手な装飾の名札が付いた生徒会室前に辿り着いた。
ご苦労なことに腕に生徒会の腕章を付けた生徒が立派な扉の前に立っている。
「会長。例の一年生二名が到着しました」
「入りたまえ」
中から声がして扉が開かれる。
生徒会室の中は大きなテーブルやソファーが置いてあって床には絨毯が敷いてあり、ガラス戸の付いた食器棚まである。
前世のイメージのような折りたたみテーブルと鉄パイプの椅子がある殺風景な場所ではなく、どこぞの社長室と言っても通用するような場所だった。
「生徒会室へようこそ」
部屋の最奥。わかりやすく高級感のある椅子に座ってテーブルの上に肘をついてこちらを見ている学生がいた。
一番の特徴は右目につけられた黒い眼帯だった。見えている左目は切れ長の知性を感じる瑠璃色の瞳。海のような深い青の髪で顔立ちは鋭く、面と向かい合うだけで気圧されてしまいそうな覇気がある少年がいた。
ただ一人、この生徒会室で異質なオーラを放つ彼を私は知っている。
「私だ。君達を呼び出したのは。自己紹介をしよう。生徒会長のロナルド・ブルーだ」
「ごきげんよう。ノア・シュバルツですわ」
「エリンです!」
制服のスカートを軽く摘み上げて貴族らしい挨拶をする私と前屈でもするのかというレベルで深々と頭を下げるエリン。ロナルド・ブルーと名乗った彼のプレッシャーに完全に緊張してしまったようだ。
「ブルー家の方と会うのは初めてですわね」
「何かと忙しいのさ我が家は。座りたまえ」
許可が降りたので用意されたソファーに座る。
生徒会室前に立っていた生徒会役員の生徒が紅茶を用意してくれて目の前のテーブルに置いてくれた。
校内にこんな風なティーセットがあるなんて流石は貴族の通う学舎かしらね。
生徒会長のロナルドも用意されたカップを手に取り口へ運ぶ。
彼こそがエタメモの最後の攻略キャラであり、五大貴族の一つブルー公爵家の後継者である。
彼だけは唯一学年が違っていて、二年生の先輩になる。
とりあえずこれで五大貴族はコンプリートしたわけだ。
「それで生徒会が私達に何の用かしら?」
「単刀直入に言おう。入らないか? 生徒会に」
おや。予想外な提案が出てきたわね。
「生徒会って年に一回の選挙に当選しないと入れないんじゃないかしら?」
「基本はそうだ。しかし、あるものさ例外は」
ロナルドは話を続ける。
例外というのは選ばれた生徒会役員が何かしらの理由で学校を去ったり役員としての権利を剥奪された場合だ。
その時には数合わせのために生徒会長が直々に指名した生徒が臨時の役員として入るのだそうだ。
「前任の役員の実家が魔獣に襲われた。やむをえず中退したのだ彼は」
「それで空きが出たから私達にというわけね。でもどうして私とこの子に?」
そこが理解出来なかった。
欠員が出たのなら同じ二年生から選べばいいし、優秀な子なら他の一年生の中にいるだろう。
「君については同じ五大貴族だからだ。ノア・シュバルツ。唯一、領地や各地方のしがらみに囚われていないからだ」
「五大貴族の他の子ではダメだと?」
「知っているのだろうルージュ家を。グルーンやヴァイスでは軋轢が生まれる。それを牽制するためにシュバルツ家を選んだ」
なるほど。生徒会でも問題視しているのね。
五大貴族なら他の生徒に影響力があるけれど、グレンによって勢いがある南部領の子達を生徒会が抑えるには特定の派閥を持たない私が適任ってね。
シュバルツ家自体が後から五大貴族に数えられたし、成り立ちからしてどこかに肩入れしているわけではないから合っているかといえば正しい。
こんな展開はゲームのシナリオには無かったから驚きだわ。
「あの、ノアさまはわかるのですがどうしてわたしも?」
「君については私の私情だ。興味を持ったんだその魔力に」
ロナルドの言葉に口を開けて驚くエリン。
生徒会の面々も会長の発言に目を見開いている。
そんな中で私だけマイペースに紅茶を飲んだ。
「わ、わたしにですか!?」
「あぁ。見たんだ入学式の時に。眩く輝く君の魔力を」
年上生徒会長から興味があると言われて慌てている彼女と違ってロナルドは口角を上げて話し続ける。
私が大して驚かずに話を聞いているのはこの展開を知っているからだ。
だってこれ、エタメモでロナルド・ブルーのルートにあったイベントだから!
いやぁ〜、エリンが生徒会の人に呼ばれた時はキタコレ!! と思ったけど、まさか私も一緒だとは思っていなかったから不安だったのよ。
でも、ゲームと同じ展開になってくれて嬉しいわ。
すぐ隣でゲームの再現が起きているとか最高ね。カメラがあったら写真撮ってたわよ。
「魔力を見たっていうのは」
「少々特殊でね私の一族は。この眼帯の下に龍眼と呼ばれる魔眼があるんだ」
「魔眼?」
「特別な力を持った目のことよ。自分で学んだ魔術を使うのと違って、魔眼には最初から特有の能力があるの。そこに魔力を流せば魔眼の持つ魔術が発動するというわけよ」
「博識だな君は。いや、シュバルツ家ならば知っていて当然なのか」
魔術師になったばかりで何も知らないエリンに私は得意気に解説した。
今言った台詞は殆どロナルドがゲームで言ってたものなんだけどね。ついつい知っている知識を見せびらかしたくなってしまったわ。
「龍眼は魔力を見透す。魔術師か非魔術師かの判別やその他にも様々な能力がある。まぁ、使いこなせてはいないのだがな困ったことに」
「それはなんだか大変そうですね。生まれつきで特殊な目があるなんてわたしには想像もつきません」
「慣れるしかないのさコレには。それで二人共どうだろうか? 生徒会に入るというのは」
ロナルドからの提案を受けるかどうか。
ここで断ってしまうと彼の好感度が下がってしまい、ロナルドルートに入るのは難しくなってしまう。
一方で受ければ自動的に生徒会室で顔を合わせる回数が増えてイベントが起きやすくなるというものだ。
マックスやティガーとは私を通じて会えばいいし、グレンに関しては何もしなくてももあちらから突っかかってくるでしょ。
「ノアさまはどうなさいますか?」
「私? 私は受けてもいいわよ。生徒会にいれば色々と特権が付くし。将来的にも潰しが効くわよ」
「五大貴族の君には必要ないのでは?」
「そこはほら、何があるかわからないから」
ラスボス化して殺されそうになったり、シュバルツ家が取り潰しになったりね。
そんなことはないと信じているけど、保険はあった方がいい。
魔術学校卒で生徒会に在籍していたとなればどこかで拾ってもらえるはず。
「……ノアさまがいるならわたしも生徒会に入ります」
じっくりと考えた末に彼女が出した結論はロナルドの話を受けるというものだった。
不安そうに私の方を見ていたけど、任せなさい! 私がいるからには最大限のサポートをするわ。
エリンには頑張ってもらわないといけないし、ロナルドに関する問題もあるしね。
「よかった受けてくれて。手続きはこちらでやっておくのでまた明日来くれ。生徒会役員の証である腕章と仕事について説明する」
「「はい」」
こうして私とエリンは五大貴族のロナルド・ブルーからの提案によって魔術学校の生徒会に所属することになった。
だが、この時の私は油断してしまっていたのだ。
そして思い知る。
翌日にロナルドの紹介によって私達に生徒会の仕事を教えてくれる先輩がとんでもない人物だということを。