第37話 この国の現状
「では次の問題を答えなさいグレン・ルージュ」
「はい。黒魔術の抵抗に必要なものは──」
魔術学校での生活が始まって一週間が経った。
ここでの授業は座学三割、実技六割、その他が一割となっている。
まだ魔術についての知識が不十分だとして座学が多いがそろそろ実践的な魔術の授業に移行する。
私達とグレンとの関係性は未だ変化なく、ことあるごとに彼が張り合ってくるというものだ。
大きな口を叩くだけあって彼の成績はとてもいい。
ああいうプライドが大きい人間は口先だけっていうイメージがあるけれど、実際にしっかりと勉強をしているし、自分を支持して従う者へは寛大なようだ。
特に南部領出身の貴族達はグレンの実家であるルージュ家に忠誠を誓っており、勧誘活動を熱心に行っている。
「連中はどんどん勢力を広げてますね」
「校門前に立ってチラシを配っていましたよね」
昼休みの学食のテーブルでキッドとエリンがそんな事を言っていた。
今日は私を含めた三人だけで食事をしている。
「マックスやティガーも大変よね」
「グルーン家は北部、ヴァイス家は西部の代表ですからね。下が不満を爆発させないように立ち回る必要があるみたいっすよ」
ここにいつもいる五大貴族の三人がいないのはグレン一派による活動の影響だったりする。
大人になって家督を継いだ貴族というのはあまり自分の領地から出ることはないし、違う地方へ足を運ぶのは稀だ。
よって彼らにとってはこの魔術学校での二年間の時間は他貴族との人脈作りに充てられ、それが未来への重要な財産となる。
その人脈の中でも勢いに乗っているのがルージュ家率いる南部領組であり、彼らと敵対すれば将来の領地経営にどんな影響があるやら。
「同じ貴族なのにグレンさま達が勢力を広げているのはどうしてなんですか?」
「エリンさんは王都から出たことある?」
「いえ。幼い頃に王都に来て以来、出たことはありません」
「なら仕方ないか。実は、この数年で各地方に格差が生まれているんだ」
平民だったため何も知らないエリンにキッドが国の現状を説明する。
私も再確認を兼ねて話を聞くことにした。
「きっかけはルージュ家の当主交代だな。南の女帝なんて呼ばれている今の当主に代わってから南部の経済活動は活発化。王都でも南部産の商品が増えたと思う」
「わたしの実家の店の仕入れも南部領の商人さんからが多くなりましたね」
「南部は元から商人の町って言われるくらいに賑やかだからな。そこに現当主の政策や外国との貿易が重なって急成長。王都に迫る勢いだ」
王族が不在の王都だが、行政の中心としての機能は健在だし、国の真ん中にあるので物流の要として動いている。
しかしそれはアルビオン王国内だけの話。この国で他国との貿易に適した巨大な港があるのは南部領だ。
北部は氷海と厳しい土地のせいで不可。東部は陸路こそあるが他国からの侵入を防ぐ天然の要塞のような地形で思うようには運べない。
よって船での輸送技術が発展すると必然的に南部領に物資が集まるようになったというわけだ。
「凄いんですね。わたしも一度行ってみたいなぁ」
「まぁ、そういうわけで儲かっている南部と他所の地域では格差が生まれてるんだよ。魔獣被害も偏りがあるしな」
「魔獣被害……ですか?」
「エリンにはあまり実感が湧かないでしょうけど、王都の外には魔獣がちらほら出没するのよ。とは言っても各地の騎士団がその対象に当たるのだけれど、」
「近年は魔獣が活発化。被害が増えていて、西部、北部、南部、東部の順番だ」
「魔獣の存在については魔術学校に入学する前に一般の学校で習ったわよね?」
「はい」
魔獣。
この世界に存在する魔力を持った獣であり、大地の穢れなどから誕生する害獣と認定されている。
人に懐くことはなく、好んで人間や家畜を襲ったりして気性は凶暴だ。
魔術なんてものがあるのに文明の発達が遅かったり、他の領地へ気軽に旅が出来ないのはこの魔獣のせいだ。
かつて災禍の魔女はこの魔獣の群勢を引き連れて国を破壊しようとしていた。
原作でもノアがこの魔獣を利用して国を乗っ取ろうとしたりする。
「その魔獣のせいで各地は疲弊。でも南部だけは持ち前の資金力で立て直しが早くて他領からは羨ましがられているってわけさ」
「なるほど。そういうことなんですね。でも、だったらこのままルージュ家が中心になって国を動かした方がいいんじゃないでしょうか?」
「そういうわけにはいかないのが貴族よ。一般人でも変わらないけれど、長年権力争いをしていた相手が急に出世すると揉めるのよ。生意気だー! ってね」
王族がいないままに国が存続しているせいでこの他人の成功に敏感な所は悪化している。
一部の貴族達からは五大貴族宛てに抗議文が届いているくらいだ。
「各領地の産業も違うし、どこも王国にとっては重要なのに格付けしていがみあっているのよ」
「大変なんですね。同じ国に住んでいるのにわたし何も知りませんでした……」
「エリンさんが知らないのも無理ないぜ。というか、その話題が一般に出回っているとしたらいよいよ内乱の一歩手前だ」
自分の無知に落ち込みそうになるエリンを慰めるキッド。
彼の言う通りに普通に暮らしている人々がその事実を知るのはまだ先だろう。
でも、このまま魔獣の被害や南部領の成長が続けば争いの決定的な原因になるのは間違いない。
「どうすればいいんでしょうか?」
「まずは魔獣討伐ね。例年通りまで被害が落ち込めばリカバリーは難しくないわ。一番困るのは南部の成長を止められないことね。国の発展のためには邪魔しちゃいけないけれど、ルージュ家や南部の人の手綱を握る者がいないのよ」
もし王族がいれば。
それがこの問題の解決法だ。
五大貴族の一つが勝手に国を動かすのではなく、あくまで王命によって国のために動くという大義名分があれば争いまでには発展しない。
「王様なんてそれこそ無理じゃないですか」
「ソウデスネー」
無理ではないんだよねコレが。
だって私の目の前には滅んだとされている王家の血を引く人間がいるんだもの。
それもこの国で知名度が物凄く高い災禍の魔女を討ち倒した女王に匹敵するレベルの才能を秘めている。
仮にエリンが王家の人間として認められて五大貴族のどこかと結ばれて玉座に就けばこの問題は解決してゲームはハッピーエンドになる。
彼女の意思は尊重してあげたいけど、私としてはそういう展開になって欲しい。当然、そのための協力は惜しまない。
「だけどまぁ、今日明日に内乱が起こるわけじゃないわ。数年後、数十年後にそうなるかもしれないって可能性があるだけ」
「何よりも今は魔獣討伐でしょ。下手したら学生動員もあり得るかもしれないって話ですよ」
「それってわたし達が魔獣と戦わなきゃいけないってことなんでしょうか!?」
「落ち着いてエリン。どのみち授業で魔獣討伐はするわよ。ただその時期が早まったり、頻度が増えるかもって話よ」
こちらについては確定だ。
人手が足りない状態で猫の手でも借りたい国は魔術学校の生徒に魔獣討伐への参加を呼びかける。
大した実力もない子達は後方支援に徹することになるが、エタメモのメインキャラはそうはいかない。
守護聖獣を使役すれば一騎当千だもの。むしろ最前線の軍団に組み込まれることだってある。
ヒロインのエリンもその一員として国を救うために戦ってレベル上げをしなくてはならない。
「魔術の使い方だってまだわからないのに、恐ろしい魔獣と戦うだなんて……」
「安心してエリン。私がいれば何も恐れることはないわ。私達が組めば怖いものなんてなんにもないんだからね!」
「ノアさまはわたしを励ましてくれるんですね」
いえ、事実を言ったまでです。
ラスボス級の私とヒロインである貴方がタッグを組めば怖いもの無しです。
そこに五大貴族の攻略キャラが合わさったら過剰戦力になりますよ。魔獣に対してオーバーキルだ。
「ありがとうございます。わたしはノアさまに会えて幸運なのかもしれません。一般人のわたしにこんなに優しくしてくれるなんて」
「いいのよエリン。これはきっと女神様の思し召しなのだから」
打算ありきなんだけどね。
私の死亡フラグの回避とファンとしての感情。あとお菓子に釣られて。
都合よく転生できたのは不幸な私を思って神様が気を利かせてくれたのよ。転生先がアレだったけど。
「あの〜、二人だけの世界に入らないでもらえますか? オレもいるんですけど」
「勿論キッドもエリンを守るのよ。これは主人からの命令よ」
「へいへい。オレもエリンさんには思うところがあるし、協力させてもらいますよ」
「キッドさんもありがとうございます」
私とキッドに頭を下げるエリン。
こんないい子に厳しい現実が待っていると思うと気合が入るってものね。
昼休みが終わる頃まで三人で喋りながら私は彼女へのサポートについて考えるのだった。