第36話 グレン・ルージュという少年
「というわけで紹介するわね。私のルームメイトのエリンよ」
「ノノノ、ノアさま!? これはいったい!?」
エリンと友人になった翌日。
私は教室で友達にエリンのことを紹介していた。
「オレはティガーだ!」
「アタシはフレデリカな!」
「僕はマックスです」
「キッドだ。……お嬢さぁ、もうちょっと配慮してやったがいいですよ。彼女テンパってるし」
キッドが呆れ顔でそう言った。
私の隣に立つエリンはマックス達に話しかけられて顔を真っ赤にしていた。
長い付き合いの私は彼らへの耐性が少しはあるけど、そうじゃないと倒れそうになるらしい。
「常連さんが働いているのがノアさまの家だったなんて」
「まぁ、これからは同級生ってことでよろしく」
唯一、彼女が緊張せずに話せているのはキッドだった。
私があちこちの菓子店を調査させていた中の一つにエリンの実家があったらしい。
たった一つの手がかりであった店の名前について聞いてみると今度店名を変更するとか。
どうりで見つからなかったわけよ。
「お嬢のことで困ったことがあったらいつでも相談してくれ」
「キッド〜? そんな言い方はないんじゃないかしら?」
「アンタはトラブルメーカーなんだからそこんとこ自覚してくれよな」
また私を邪険に扱うキッドへ抗議すると頭をポンと撫でられた。
身長が高いからって!
「私だって好きで問題を起こしているわけじゃないのよ」
「その割には危険な事に首突っ込みたがりますよね?」
「うぅ……」
それはなんというか仕方ないことなのだ。
私にはエタメモの知識があって、その通りに進むのならばこの国にはこれからヤバい事件がいくつも起きて大きな被害が出る。
それらを未然に防いだり被害を軽くするために先回りで色々と手を打とうとしたらどうしても荒事に介入せざるを得ない。
戦う力を身につけているから大事にはならないとは思ってはいるけれど。
「ノアさまとキッドさんはとても仲がよろしいんですね」
「今の会話聞いていたかしら? 私はキッドに子供扱いされているのよ。そこまで過保護じゃなくてもいいのに」
「大切に想っているから心配なさっているんじゃないでしょうか?」
「うっ。……まぁ、同じ家に住む家族みたいなものだし、嫌いじゃないけど……」
エリンの指摘に口ごもる私。
メフィストの件があって以降のキッドは心配性なところがある。前世の経験も合わせれば私の方が年上だというのに。
「ハハハッ! 姐さんを追い詰めるとは大した女だなお前」
「い、いえ! そんなつもりは全くなくて!」
「ティガーくん。変な事を言ってはエリンさんが困ってしまうよ」
ティガーはエリンのことを気に入ったみたいだし、マックスは人を選んで態度を変えるような子じゃない。
フレデリカも私や兄のティガーが認めるなら特に何も思わないというスタンスなのでエリンの紹介は無事に済んだかしらね。
これから彼らには全員で協力して困難に立ち向かってもらわなければならない。
そのために私も出来る限りの助力をしないと。
「おい。騒がしいぞ貴様ら」
棘のある鋭い声がした。
教室の入り口、こちらを睨みつけながら近づいてくる赤い髪の少年。
五大貴族の一つ、ルージュ家のグレンだ。
「朝からぎゃーぎゃーと。これが同じ五大貴族の名を冠する者共とはな」
フン、と鼻を鳴らして不機嫌そうな態度をとるグレン。
「母上の言う通り、この国の未来をまとめるのは我がルージュ家しかいないようだな」
「おいおい。それはあんまし穏やかじゃねーな」
少し前へ出て私達を庇うように立つティガー。
五大貴族同士の睨み合いということで近くにいた生徒達が蜘蛛の子を散らすように離れていく。
「野蛮人のヴァイス家か。血塗れの魔獣の相手をし過ぎているせいか臭うな。シャワーを浴びてきたらどうだ?」
「テメェ!」
グレンのあまりの発言にカッとなったティガーが胸ぐらへと手を伸ばす。
その時、グレンがニヤリと笑ったことに気づいた私は魔術を発動させる。
「止めなさいティガー」
「なんでだ姐さん!」
私の足元から伸びた影がティガーを拘束する。
この五年間の期間で学んだ魔術の一つ、操影魔術。自らの影を自由な形に変形させて利用する魔術だ。
「安い挑発に乗ったら向こうの思う壺よ。そうでしょグレン・ルージュ?」
「ちっ。また貴様かノア・シュバルツ」
深呼吸をして少し落ち着いて腕を下ろしたのでティガーの拘束を解く。
納得はしていないのか不満そうな彼を下がらせて私が代わりに前に立つ。
「昨日から思ったのだけれど、何か私達に不満があるみたいね」
「あぁそうだな。俺は貴様らが五大貴族として大きな顔をしているのが気に入らなくてな」
こちらを睨みつけるグレン。
こうも嫌悪感を丸出しでぶつけられるとおっかないわね。
まぁ、彼がこういう態度をとる人物だというのは知っているのでそんなに怖くはない。
「ここで宣言してやる。俺はいずれこの国の玉座に就く」
「「「なっ!?」」」
ティガー、マックス、フレデリカが驚く。
教室の中にいた他の生徒達も大きくざわついた。
「それがどういう意味なのかわかっているのよね」
「無論だ。だが、急に従えと言っても聴かないだろうからな。まず俺はこの学校を首席で卒業する。そして俺こそが王に相応しいと証明するのだ!」
グレンが王になる。それはつまりルージュ家がこの国のトップになるというわけだ。
五大貴族は王家が途絶えてから協力し合ってアルビオン王国の運営をしてきた。
でもそれは次の王家を選ばなかったのではなく、選べなかったのだ。
「ええと、グレン様が王様になると何か不味いんでしょうか?」
きょとんと首を傾げるエリン。
貴族間の話がわからない彼女にキッドが話しかける。
「間違いなく内乱が起きるんですよ。アルビオン全土を巻き込んだ派手なのが」
「戦争ですか!?」
五大貴族はそれぞれが強力な守護聖獣を従えた魔術の大家であり、各貴族をまとめ上げている。
現在は五大貴族がパワーバランスをとって繋ぎ止めているが、それが砕ければ国は四つに割れる。
その先に待つのは遥か大昔にあった大乱の時代だ。
争いが途切れることなく毎日大地が赤く染まっていたとされる時代。
前世の日本でいうところの戦国時代に似ている。でも魔術が発展している分、もっと死者は多いだろう。
「国を壊す気なの?」
「いずれ壊れるならその前に俺の手で救うまでだ」
私の問いにグレンはすぐ答えた。
これが私も知っているエタメモのグレン・ルージュというキャラだ。
彼は育った環境の影響で自分こそが世界の頂点に立つに相応しいと思っている。エリート思想の強い少年だ。
そんな彼が平民でありながら特殊な力を持つエリンに惹かれて事件を解決していくうちに態度を改めていくというのがグレンルートのシナリオ。
私はそれを知っているのでそこまで驚きはしないが、何も知らない人はそういうわけにはいかない。
「貴族の者達よ。誰に従うのが一番得策なのかを考えておけ。今、最も栄えているのはどこの領地なのかな」
そこまで言ってグレンは自分の席に着いた。
ちょうど担任の教師がやって来たのでみんなは騒がしい雰囲気を出しながらもそれに続いた。
ティガーとフレデリカは歯を剥き出しにしてグレンを警戒している。
マックスとキッドは考え込むような態度だった。
エリンは事の重大さを知ってとにかく慌てていたが、私はそれを目にしながらゆっくりと席に着く。
さて、ここからどうやってグレン仲間入りルートに移動しようかしらね。
こうなることは分かっていたのだ。
学校生活二日目。いよいよ原作のシナリオが大きく動き出した実感がした。