第35話 ルームメイトはヒロイン!?
「「…………」」
魔術学校で過ごす最初の夜。
私はこれから最初の一年間過ごすことになる寮の部屋で気まずい思いをしていた。
寮は学年毎に分かれていて男女別な部分と共同の部分があるのだ。
基本的に一部屋を二人で分けて使うことになっており、同室になる相手は身分や出身に関係なく学校がランダムに配置する。出来るだけプライベートから人付き合いを覚えなさいという配慮だろう。
五大貴族である私も例外ではなく、ドキドキとワクワクを胸に寮の部屋に入った。
「……(チラッ)」
「……(スイッ)」
さりげなく同室の子の表情を観察しようとしたが顔を逸らされてしまった。
肩口で切り揃えられたサラサラした金色の髪。
ほんのりピンクの肌は血色が良くて健康そうであり、全体的にふわふわして柔らかそうな印象がある。
ほんのり甘い匂いが漂うのは彼女が菓子店の娘だからだろうか。
「えっと、エリンさんでいいのよね?」
「──(コクコクコク)」
高速で首を縦に振るのはクラスメイトであり、同室のルームメイトにもなったエタメモのヒロインであるエリンだ。
彼女は狂った赤べこのように首を縦に振る。
この部屋に入ってから彼女とのやりとりはずっとこの調子なのだ。
部屋に二つ置いてあるベッドのどちらを使うかを決める時も彼女は私が諦めて選ぶまで身動きすらしなかった。
このままだと先が思いやられるわね。
エタメモでは寮の部屋割りを決めるイベントの時にエリンと同じ平民出身の子が同室になって仲良くなるというものだった。
そしてラスボスのノアは人数の関係で一人余って個室を与えられていた。
だが、今年の新入生はゲームと違って女子の人数が一人多い。フレデリカの存在だ。
魔術学校に入学する年齢になる前に彼女は命を落とすはずが元気に生きている。
そのせいで新入生の数が変わって私とエリンが同室になるなんていう運命の悪戯が発動してしまったというわけだ。
「ねぇエリンさん。少し話があるのだけど」
「ご、ごめんなさい! 命だけは!!」
いや、何の話!?
急に彼女は床に膝をつくとそれは美しい姿勢で土下座を繰り出した。
「何もしないわよ。頭を上げてちょうだい」
「はっ。失礼します」
キャラが壊れて武士みたいな喋り方をするエリン。
これは相当に怯えられているわね。
「せっかく同室になるのだし仲良くしましょうよ。改めて私の名前はノア・シュバルツ。これからよろしくね」
「わ、わ、わた、」
「深呼吸しなさい。ゆっくりでいいわよ」
胸に手を当てて深く息を吸って吐くエリン。
「わたしはエリンといいます。ご覧のとおりただの一般人で、お貴族様に粗相をしてしまうかもしれませんので何卒ご容赦ください」
うん。これは重症だ。
まるで私がとても恐ろしい女のように思われている。
「別に気にしないわよ。学校ではクラスメイトだもの。お互いに助け合うのは当然だし、オフの時まで気を張っていたら学業に支障がでるわよ」
「お言葉ですが、お貴族様に嫌われたらいじめられるって……」
「いじめなんて身分関係なしに起こるものよ。少なくとも私は貴方をいじめたりなんかしないわよ」
だって貴方はこの国にとって最重要人物だし、本気を出して他の攻略キャラと手を組めば国を滅ぼそうとするラスボスにだって勝てるのだ。
私は貴方がどれだけ強くなるかを知っているとは流石に言えないので黙っておく。
「信用してくれないならそうね。これから先は私が貴方をいじめようとしてくる人から守ってあげましょうか?」
「どうしてそんな提案を?」
「そうね。まずは私がいじめが嫌いだというのが理由。もう一つはそうね、せっかくこうして同じ部屋になった子だし友達になりたいっていうのかな。私ってば友達が少ないのよ」
マックスやティガー、フレデリカとも友達にはなれたけどそれ以上の友人は増えなかった。
知り合い程度ならいるけど、やっぱり誰もがシュバルツ家というだけで線を引く。
あの悪魔に見せつけてやりたいような幸せを手に掴むのなら沢山の友達に囲まれていたいと私は思ったのだ。
「わたしなんかがノアさまの友達なんて」
「貴方だからこそよ。なんだか初めて会った気がしなくて気になったのよ」
「わたしだからこそ……」
戸惑いながらもやっと顔を上げて私の目を見てくれるエリン。
髪色と同じ金色の瞳が恐る恐るではあるけど私の視線と交わる。
この顔で自称モブ顔はないわね。前世の私こそザ・地味顔で決まりよ。
「これからよろしくねエリンさん」
「は、はい。よろしくお願いしますノアさま」
手を出して友好の握手をするついでに彼女を引き寄せて立たせる。
いつまでも地面に座ったままじゃ可哀想だもの。
「ところでエリンさん。ご実家が菓子店だという話を耳にしたのだけど、貴方自身もお菓子を作っているのよね」
「ええ。まだまだパパやママには及ばないんですけど、いつかお店を継げるように頑張っています」
「もしよかったら私に作ったお菓子の味見をさせてもらえないかしら? 材料費と場所はこちらで提供させてもらうから」
エリンの両手を包み込むように握って私は鼻息荒く彼女に迫った。
破滅フラグとか諸々の事情はあるけれど一番の理由はコレよ。
エタメモで次々に登場した彼女の手作りのお菓子!
ゲーム内でも度々キーアイテムにもなるあの美味しそうなお菓子を食べられるチャンスを逃してなるものですか!
私はコラボ商品でキャラクターのイラストがプリントされたものよりも作中でキャラクターが身に付けたり食べたりしているものを忠実に再現したものの方が好きなオタク。
「わたしなんかのお菓子をノアさまのお口に入れるわけには」
「全っ然構わないわ! 心配しているのなら安心しなさい。こう見えて私は王都のあちこちの店のお菓子を食べているの。きっとアドバイスしたり将来の経営についても力になれると自負しているわ」
だからお菓子食べさせて!
「ふっ。ふふふ……」
「エリンさん?」
早口で捲し立てる私を見て彼女は急に笑い出した。
萎縮するような雰囲気も消えて柔らかい声が部屋に響く。
「すいません。ノアさまが近所の子供達にそっくりで」
「近所の?」
「ええ。毎日家にやってきては味見してやるよとか、宣伝してやるよって。ただ甘い物が食べたいだけなんですけどね」
「うっ。それは……」
近所のちびっ子と変わらないと言われて恥ずかしくなる。
こんなチャンスはそうそうないとがっつき過ぎてしまったかも。
「まだまだ未熟者ですがこちらこそよろしくお願いしてもいいですかノアさま?」
「え? いいの?」
「はい。お菓子を好きな人に悪い人はいませんから。って、これはママの口癖なんですけどね」
「ええ! 是非ともお願いするわ!」
こうして私はエタメモのヒロインにしてルームメイトのエリンと友達になった。
自分の身の安全のため、そしてなにより彼女が作るお菓子のために私は全力で頑張ります!
「じゃあ早速寮の厨房に突撃してくるわね!」
「今からですか!?」
走って部屋から出て行こうとする私にエリンは目を大きく開いて驚くのだった。
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「まるで嵐みたいな人。……でも、なんだか変な気持ちです。懐かしいような、悲しいような。こんな気持ちになるのは初めて……」
一人取り残された部屋でわたしは薄く全身を発光させながら呟いた。