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第33話 散々な学生生活一日目


 私は十五才になった。

 乙女ゲーム《輪廻転生物語 エターナルラブメモリー》の世界では魔力を持っている子供は十五才になると王立魔術学校に通うことになっている。

 ゲームのシナリオは主にこの学校と王都近郊で起こる事件を中心に展開され、いよいよ原作のスタートが間近に迫っていた。


「……ヒロインが見つからないわ」


 シュバルツ邸の自室。その机に寝そべりながら私は呟いた。

 手元にあるのは出来る限りのゲームの内容をメモしたノートと王都の略図だ。

 原作シナリオが始まるということは次々に厄介な事件が発生するということであり、対処が後手に回らないように私は事件の中心であるエタメモのヒロインを探し出して動向を伺おうと計画していた。

 しかし、彼女を見つけることは叶わなかった。


「いやまぁ、手がかりが店の名前と金髪の少女ってだけじゃね……」


 ノートに書いた攻略情報にはヒロインちゃんの両親が営む菓子店の名前だけがあった。

 エタメモのヒロインはプレイヤーの写し身であり、自由に名前が設定出来る仕様だ。それによって私にはこの世界でのヒロインの名前がわからない。最初に設定してあるデフォルトの名前があったんだけどパッとしない名前だったから頭から抜け落ちてしまっていたのだ。

 これについては申し訳ないと思うのだけど、まぁ実家の菓子店の名前は分かっているんだし、探していれば見つかるでしょと気楽に考えていたら今度は店が見つからない。

 数年がかりでキッドに王都中にある菓子店を巡って来てと頼んだのだけど見つからなかった。

 ゲームのプロローグは魔術学校に通うところから始まるので実家の菓子店は名前以外出てこない。私の知る情報は店名だけだ。

 色々な店のお菓子が食べられてすっかり私の舌は肥えてしまったが成果は得られなかった。

 金髪の女の子という情報もあるけれど、こんな洋風の世界観だと珍しくもなんともない。私の黒髪と比べたらごくありふれた髪色なのだ。


「せめて派手なピンク髪だったりすれば目立つのに」


 自称地味なモブであるヒロインがそんな容姿なわけもなく、菓子店の金髪の娘では絞りきれなかった。

 もしやこの世界にはヒロインが存在しなかったりする? なんて不安にもなる。

 仮にそうなった場合はこのアルビオン王国は将来的に詰むことになる。そうならないようにお父様や他の五大貴族が動いてはいるけれど、やっぱりヒロイン無しは辛い。


「お嬢。今日の分のケーキをお持ちしましたよっと」


 うだうだと悩んでいるとティータイムセットの乗ったワゴンを押してキッドが部屋に入ってきた。

 この五年で見違えるほど成長した彼は鍛練によって引き締まった体をした高身長のイケメンになっていた。

 執事としての技量もあのメフィストに匹敵するくらいだ。むしろメフィストみたいに捻くれていない分こちらがマシか。

 料理スキルも私なんかじゃ敵わない腕前になって店でも開けそうなくらいよ。


「今日はいい豆が手に入りましたんでね。ホットで良かったですよね」

「……美味しい」

「だったらもう少し美味しそうな顔をしてくださいよな。あとあまりこんを詰めてると明日の入学式に響きますぜ」

「キッドのくせに私に指図するのかしら?」

「オレはお嬢の世話係なんで。主人の体調管理について進言しているだけですよ」

「言うようになったわね貴方」


 彼の言う通りに見つからなかった人物についてうだうだ考えるのは一旦辞めましょうかね。

 折角用意してくれたコーヒーが冷めてしまわないように私はノートを閉じてティータイムにする。

 うん。今日のケーキも美味しいわ。


「入学式ですけど旦那様は都合がつかなくて不参加らしいです」

「最近は魔獣の動きが活発化しているみたいだし、魔術局も忙しいから仕方ないわよ。それに今更保護者が見に来てくれないと寂しいって年でもないわ」

「いや。旦那様が悔しそうにしてました」

「お父様ったら……」


 恨めしそうな顔をしながら部下に指示を出す姿が目に浮かぶ。

 魔術の修行なんかを通してお父様と関わる時間が増えて気づいたのだけど、あの人は結構子供思いなところがある。

 勿論シュバルツ家の当主として厳しい態度をとるのだが、その言動の端々から親バカが漏れている。

 昔にティガー達の前で私が強いと言ったのも娘を自慢したかったからなのだろうと思える。

 こちらとしてはいい迷惑なんだけどね。


「私に入学式云々を言っているけれど、キッドもちゃんと準備しなさいよ。これから同級生になるんだから」

「わかってますよ。しかしお嬢と学生生活なんて随分遠いとこまで来たなぁオレ」


 しみじみと呟くキッド。

 彼の境遇を振り返ればそう考えるのは自然なのかもしれない。

 これから私達は主従でもあり対等な同級生でもある関係になる。

 だけどまぁ、今までがフランクに接していたし大した変化はないかもしれないわね。


「キッドってば魔力持ちで地頭も悪くないし、要領もいいから私より成績が良かったりするんじゃないかしら?」

「それはあり得ますね」

「冗談のつもりで言ったんだけど即答しないでくれる?」

「学生の範疇ならの話ですよ。なんでもありになったらお嬢を止められるのなんて同じ五大貴族くらいでしょう」


 同じ五大貴族。

 そうだ。とうとう原作が始まるということは魔術学校に五大貴族全ての関係者が集うことになる。

 その中には私がよく知る人物や初めて顔を合わせる子もいる。


「勉強ならマックス様。武術はティガー様がすば抜けてますからね。オレはせいぜい秀才止まりでしょうよ」

「自分で秀才っては認めるのね。まぁいいわ。それくらいじゃないと私の執事は務まらないもの」


 ちょっとだけ意地悪そうに言うとキッドは唇の端を上げた。


「おまかせくださいお嬢。きっとアナタに相応しい男になってみせますよ」


 決め台詞のようにそう言ったキッドの低い声が耳の奥に響いてなんだかむず痒くなってしまった。

 イケメンに成長したのは喜ばしいんだけど、偶になんだか心臓に悪いオーラを出すようになったのよね彼。






「……あー、なんかケツが痒いな。恥ずい」





 ◆





 迎えた入学式当日。

 晴れやかな気持ちで新しい学校生活に胸を踊らせる子達と違って私は気分が盛り下がっていた。


「こういう日に限って馬車が壊れるとかある?」

「申し訳ないっすね。どうも車輪の軸に亀裂が入ってたみたいで。やっぱ専門の業者に点検してもらった方がよかったか」


 時間に余裕を持ってシュバルツ邸を出発しようとしたら馬車が壊れてしまったのだ。

 仕方なく代わりの馬車を急遽用意して走らせてはいるが入学式の開始には間に合わないかもしれない。

 なんとも幸先の悪いスタートになってしまった。


「とりあえず学校に着いたらオレの方から教師に説明しときますんで、お嬢は先に教室に向かってください」

「わかったわ。よろしく頼むわね」


 そんな会話をしながら馬車を学校へと急がせているともうすぐ目的地というところで馬車が止まってしまった。


「御者さん。どうかしたんすか?」

「すいません。何やら道が詰まっているみたいで進まないんですよね」


 馬車の窓から顔を出してみると、確かに学校へと向かう馬車が長い行列を作っていた。

 今走っている大通りは学校や近隣の商店も荷運びで利用しているのでよっぽどのことがなければ詰まったりしないように整備されているはずだ。

 私達を乗せた馬車の御者が他の馬車の御者と話をして情報を共有する。

 なんでもどこぞのお偉い貴族の人間が大量の荷物を急いで運び込もうとして並んでいる列に割り込んだらしい。

 そのせいでちょっとした揉め事になって後続の列まで足を止めさせられているとか。


「毎年似たような事件はありますけど、今年のはちょいとひでぇな。重ねてすいませんがこのままだといつ着くかわかりませんよ」


 申し訳なさそうな顔で謝ってくる御者さん。

 この人が悪いわけじゃないので謝る必要はないのだけれど、これは困ったわね。


「仕方ないわ。ここから歩きましょうかキッド」

「お嬢がよければそれで。御者さん、これ運賃」


 手荷物が少なかったのが幸いで私達は馬車を途中下車して学校へと走って向かった。

 どこの誰かは知らないけど、五大貴族の一つシュバルツ公爵家の、邪魔をしてくれたことは覚えておくわよ!


 この後、入学式に盛大に遅刻して教室に向かった私は散々探しても見つからなかったヒロインが普通にいて益々機嫌が悪くなるのだった。





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