第21話 子供会議
天気が崩れだして雨が降るかもしれないからと五大貴族間の話し合いは屋敷の中で行われることになった。
ここからは政治の話も入ってくるからと子供は別の場所に待機することになった。
大人達は屋敷の東側にある応接室で、私達が案内されたのは中庭を挟んだ西側の遊戯室だった。
「うわぁ〜。いっぱい本があるんだね!」
「オヤジが書斎に置いても読まなくて邪魔だからここに置いてあんだよ。本が好きなんて変わってんなオマエ」
マックスがキラキラと目を輝かせているのは遊戯室の壁際に並べられたヴァイス公爵家の本だ。
ざっと見てみたけど、魔術の禁書は置いてないわね。
まぁ、あんなのを大量に保管しているのは我が家くらいのものでしょ。
「アンタも本好きなのか?」
暇潰しに面白いタイトルの本でもないかと背表紙を見ているとフレデリカちゃんから質問された。
「私も好きだけど、ここには好みの本は無いわね」
私が主に読んだりするのはロマンス小説だったり戦記物だったりする。
漫画やアニメがない世界なので娯楽を求めると自然とそういう本を読むようになった。
アニメは無理だとしても漫画だったらこの世界で作ることは可能かもしれないわね。画家を集めて資金提供して文化を広める。うまくいけば即売会でも開きましょうか?
「本なんて面白いと思わねーけどな」
「そんなことないわよ。よければ今度私のおすすめを貸しましょうか?」
本を読まないとは勿体ない。
こちらの世界は現実で白馬の王子様と姫の物語だったり、貴族の主人と使用人の実話を元にした不倫だったりとネタには困らない。
後者は子供におすすめ出来ないけど、前者なら読みやすくて短いのがあったはずだ。
「黒いのもマックスと同じで本好きなのか?」
「黒いのって……。私はノア・シュバルツよ」
人を色で呼ぶのはやめてもらおうか。
おいそこの黒いの! とかまるでゴキブリみたいじゃないか。
「まぁ、なんでもいいや。オレはマックスは認めたけどオマエを認めたわけじゃないからな」
「はいはい。お好きにどうぞ。フレデリカちゃんはあっちで私と女子会でもしましょ?」
「えー。なんかアンタ怖そうだからこっちの兄ちゃんの方がいい!」
ガーン。
ショックである。
私から距離をとったフレデリカちゃんはマックスの背後に隠れてしまった。
私ってそんなに怖いのだろうか?
「キッド。私って怖いの?」
「こっちに話振らないでくれっての。まぁ、お嬢は旦那様に似て吊り目だからな。髪を下してる状態で夜中に会ったらビビるな」
くっ。さらさらロングの黒髪が憎い。
お風呂上がりに鏡を見たら幽霊みたいだとは自分でも思った。
けど、今はツインテールにしているし、普段よりかわいくなっているはず。
「この髪型でもだめ?」
「……髪は別にいーんじゃないっすか……」
ぎこちない仕草で首を逸らすキッド。
むむむっ。困ってしまった。
幼く見えそうな格好をしていれば無害に思われるかと期待していたのに効果なしとは。
「フレデリカちゃん。そんなことを言わずにノアさんと一緒に遊ぼう。彼女はとても優しくて頼りになる人だよ」
「マックス……! 私の味方は貴方だけよ!」
嬉しくなった私はマックスの手を握ってブンブンと振り回す。
あわあわと挙動不審になるけど、この中で一番私に優しいのは彼だ。
よし、今日から私の親友に認定してあげるわ。
「じっー」
「フレデリカちゃ〜ん。一緒に遊びましょ〜」
「多分、お嬢のそういうとこじゃねーの? 酔っ払いのおっさんみたいな」
指をワキワキさせながらかわいい妹ちゃんに近づくとキッドから注意された。
だって……前世の私の身内に妹なんていなかったんだもん。いたのはむさくるしい兄だけ。
今世でも強面のお父様に悪魔にスレた執事。男ばかりで女の子と関わりがない。……屍人はカウントしないわよ。
「イエスロリータ。ノータッチね」
「あー、マックス様。頭に効く薬って持ってないっすか?」
「軽い傷を治すものなら……。というか、これは薬でどうにかなるのかな」
おいキッド。それはどういう意味なのかしら。
あとでガンド打つわよ。半日くらいトイレ暮らしを送るはめになるわよ。
「仲良いんだなオマエら」
「そうかしら?」
ふざけあっているとティガーがそんなことを言い出した。
「互いに軽口言い合えるってことはそうじゃねぇのか? オレらは兄妹だけだったからこういうの新鮮だぞ」
「兄妹だけってどういう意味かしら?」
「オレらは当主の子供だろ? しかもオレは白虎を呼べるし、フレデリカもつえー。周りのやつらはオレらを特別だって言うだけだ」
早熟な才能。魔術師としても武闘家としても優秀な兄妹。それゆえに周囲から孤立してしまったのだとティガーは話す。
誰もが兄妹を自分とは違う存在として扱う。悪気がない人の方が多いのだろうが、本人達からすれば仲間はずれにされているように感じるはずだ。
今はまだ兄が、妹がいるから耐えれているが、もし片方が欠けてしまえば彼らはどうなるかを私は知っている。結末は一匹狼として孤独に苦しみながら生きる青年だ。
「だからまぁ、なんか楽しそうだなってな」
照れ臭そうに鼻をかくティガー。
元気いっぱいな育ち盛りの子供にそんな顔をされるとお姉さんは困ってしまう。
あー、仕方ないからここは私が一肌脱ぎますかねぇ。
「ほほぅ。ヴァイス家の坊ちゃんは寂しがり屋のようね」
「はぁ? いや、別にそんなことは思ってねぇけど」
「まあまあ。そう恥ずかしがらなくてもいいわよ。お互いに苦労する家柄なんだし仲良くしましょうよ〜」
ちょっとだけウザい口調でからかいながら私はティガーとフレデリカちゃんの手を掴んだ。
「せっかくお屋敷が広いんだしかくれんぼでもしましょうか。キッドが探す側ね」
「おい! アタシはやるって言ってねーよ!」
「強引な女だなオマエ」
戸惑う二人の手をそのまま引っ張る。
「すいませんねうちのお嬢が。我儘を言い出したら止まらない方なので」
本当に困った主人だぜと、キッドが苦笑しながら私に目配せする。
どうも悪魔が師匠にしては人に気づかいが出来る有能な弟子のようね。
メフィストはこういうところを見習って欲しいわ。
「あの、他所の家で勝手に歩き回るのは駄目じゃないかな? 遊戯室なんだし何か遊ぶものがあるんじゃ」
さぁ、張り切ってレッツゴー! と思ったらマックスから正論の指摘が入ってしまい足が止まる。
うっ。確かにそうだよね。つい他の家が広くて珍しいからと調子に乗ってしまった。
どうしよう……。
「……許可ならオレが出すぜ。ここにあるのってチェス盤とかビリヤード台だからな。体動かす遊びの方がマシだ」
「兄貴がやるんならアタシもやってやるよ。逃げようぜマックス兄ちゃん!」
「ヴァイス家の二人がそう言うなら……。よし、僕もかくれるぞ!」
なんだかんだでマックスも参加してくれて安心した。
これで怒られるなら全員同罪よ。……言い出しっぺはお前だろうとか言わせないわよ。
「お嬢。次からはもうちょい事前に何するか教えてくださいよね」
「善処するわね。じゃあ、キッドは百秒数えてから出てきなさいよね!」
やれやれと肩をすくめる年寄りくさい執事に背を向けて私達はかくれるべく遊戯室を後にした。