第19話 子供自慢大会開幕!
ティガー・ヴァイス。
前世でプレイしていた乙女ゲーム《輪廻転生物語 エターナルラブメモリー》に登場する攻略キャラクターの一人。
五大貴族の一つヴァイス公爵家の長男であり、銀髪のワイルド系イケメンだ。
今はまだ十歳なのでワイルドというより生意気な少年という風が正しいが、間違いなくその容姿は私の知っているキャラの幼い姿だ。
「せがれのティガーはこの年で守護聖獣を召喚できる。自慢の息子だ」
「オヤジの子供だからな。それくらい当たり前だぜ!」
ガッハッハっと笑う似たもの親子。
全身から自信が満ち溢れている元気な少年……を見ながら私は冷たい汗を流していた。焦っているといってもいい。
どうしよう。ティガーの性格が私の知っているゲームと違う。
ヒロインの前に現れるティガーという青年はワイルド系のイケメンではあったが、このように人前で笑うようなキャラではなかった。
むしろ口数は少なく、一匹狼のように振る舞っていたのが特徴だ。
ヒロインと交流して心を通わせていくうちにグイグイ迫ってきたりリードしてくれるようになるのだが、目の前にいる少年は攻略後のティガーに近いのだ。
そしてもう一つ違う点。
「アタシの顔になんか付いてるか?」
「いいえ。可愛らしい妹さんだなと思って」
妹がいるとは知らなかった。
ラブメモの主な舞台は魔術学院で各攻略対象の家族は名前がチラッと出てくる程度で直接ストーリーに関わることは少ない。
お父様だって利用されたのちに死んだというテキストがあるだけで名前も立ち絵すら無かった。
マックスのお母さんについてもマックスが学院でヒロインへ昔話をする時に既に亡くなっているということが判明する程度だ。
なのでこの銀髪の少女フレデリカの名前は本編の中では出てこない。
「なんたってオレはこの国で一番強いヤツになるんだからな!」
ティガーが大きな声で宣言する。
その言葉を聞いて私はあるシーンを思い出した。
学院で発生するとある事件の際にヒロインの側にいたティガーが過去の話を語る場面。
『子供の頃のオレは何だって出来るって信じていた。自分は強いと過信していたんだ。……でもそのせいで大切な家族を失った。だからオレはもう何も失わないために孤独を選んだ。ただ強くなるために一人でもがいていたんだ』
この台詞を言ったティガーをヒロインが優しく抱きしめて慰めるシーン。
迫り来る大量の敵を前にティガーは立ち上がって前に出る。
『今、この時のためにオレは強くなったんだ!』
もう何も失わないために一人だった青年は愛する者を背に戦う。
ここで場面を盛り上げる戦闘曲が流れ出して覚醒したティガーの無双が始まるのだ。
翌日から通勤中にはその曲をリピート再生するようなになるくらい好きなシーンだ。
――って、そんなことを思い出してる暇じゃない!
「よく言った。それでこそヴァイス家の男だ」
「アタシだって兄貴に負けないくらい強くなってやるからな!」
「オマエじゃ無理だぜフレデリカ」
「ハァ〜? なんだと兄貴!」
お兄ちゃんには負けないと意気込むフレデリカ。
もしかしたらゲームでティガーが失った家族が彼女なのかも。
だとすればこれはマックスの時と同じように彼女を助けることでティガーと敵対する可能性を減らせるかもしれないわね。
……何が原因で亡くなるのかは知らないんだけど。
「コラっ! 人前で言い争いをするな。みっともないだろうが」
口喧嘩を始めた兄妹を叱りつけるヴァイス公爵。
うんうん。あくまで五大貴族の会合なんだから騒ぐのは駄目だよね。
「白黒つけたいなら決闘しろといつも言っているだろうが!」
はい? 急に何を言ってるんですかこの大男。
「「勝負だ!!」」
しかも白銀の兄妹は躊躇うことなくすぐさま東屋の近くにある広場に移動してしまった。
そのまま二人で取っ組み合いを始めている。
「止めなくてよろしいんですか?」
「ノアよ。これがヴァイス家の日常だから考えるだけ無駄だ」
私の提案を隣に座るお父様が否定した。
席に座っているグルーン公爵も苦笑いで頷く。
「我がヴァイス家では揉め事は決闘! 気に入らねぇことは戦いでケリをつける。負けたら勝者に大人しく従うのが家訓だ!」
なんて脳筋。
これで五大貴族を名乗っているの? 大丈夫?
「ノアよ。ヴァイス家が治める西部領は昔から魔獣による被害が多いのだ。戦わねば魔獣に喰われて死ぬ環境では強さこそ正義。それゆえこのような頭の悪い考えが染みついている」
納得のいかない私にお父様が説明をしてくれた。
魔獣と呼ばれる人間を積極的に襲ってくる怪物がこの世界にはいて、魔術師の主な仕事はその魔獣の討伐だ。
ゲームにも度々出現するし、災禍の魔女が起こした災害もこの魔獣が関係している。
とはいえ、そんな決め方でいいのかヴァイス家。
「くそっ! 次は負けないからな!」
「オレに勝つなんて無理だぜ」
そうこうしている間に兄妹が戻ってきた。
妹の方が悔しがっているからどちらが勝ったのかは明らかだけどやっぱり理解出来ない。
「長男の方はかなり動けるようだな」
「ティガーはそこらの大人より強いぞ。最強になるというのも絵空事じゃないからな」
息子を褒められたことで上機嫌になるヴァイス公爵。
五大貴族が集まるからって不安になっていたけれど、特に何も起きなくて安心した。
「……まぁ、ノアには敵わないだろうがな」
「へぇ。言うじゃねぇかシュバルツの」
ちょ!? お父様!?
急に爆弾発言を投下されて私の頭が真っ白になる。
「テメェがそんな風に言うってことはさぞかし強いんだろうな。一つ模擬戦でもどうだ?」
ほらぁ! 言わんこっちゃない!
こんな頭の中まで筋肉で埋まっていそうな人の前で挑発してしまえばこうなるのは当然だ。
私は助けを求めるように後方待機しているキッドに目線を送るが、キッドは気まずそうに顔を逸らした。
私の味方はいないんですか!?
「痛い目を見るのはそちらだが?」
お父様はどうしてそんなに火に油を注ぐようなことを言うんですか。張り合わないでください。
「あの、」
黒と白いのが視線をバチバチしているところにか細い声が割って入る。
口を開いたのは、なんとマックスだった。
「よければノアさんではなく、僕が模擬戦の相手になりましょうか」
「マックス。急にどうしたんだい?」
「お父さん。僕だって同じ五大貴族の息子として負けたくないんだ。最近は魔術の鍛練も頑張っているし、自分の実力を知りたいんです」
息子の発言に心配そうな顔をするグルーン公爵に思いを伝えるマックス。
意外だったわ。マックスがそんなことを言い出すキャラだとは知らなかった。
「わかった。お前がやりたいようにしなさい。どうだろうかヴァイス公爵」
「いいだろう。その心意気が気に入った。ティガー、相手をしてやれ」
「わかったぜオヤジ!」
お父様の空気読まない発言から始まった子供同士の戦いはティガー対マックスに落ち着いた。
隣に座るお父様はせっかくの機会だったのに……と不満を漏らしていたがとんでもない。
魔女パワーに覚醒した原作開始時のノアならまだしも中身が私の今では勝てるわけないじゃない。
「僕頑張るから見ててねノアさん」
「マックス。貴方もしかして……」
あのタイミングで割って入ったのは私を庇ってくれたのか? と私は思った。
穏やかとは言い難い会合は五大貴族の息子同士の模擬戦というイベントに変わってしまった。
全員が立ち上がってさっきまでヴァイス兄妹が戦っていた広場に出る。
ここだけ不自然に芝が生えていないので普段からここで鍛練でもしているのだろう。
審判をするのは第三者のお父様になった。
本人は嫌そうな顔をしたけど、元は貴方が余計なことを言ったせいだから大人しく引き受けてください。
「お嬢はどっちが勝つと思ってんです?」
「ティガーかしら。背も高いし、噂通りだったらマックスに勝ち目はないわ」
「友達が戦うってのに冷たいっすな」
「もっと大人になってからだったらいい勝負するでしょうけど、今は仕方ないわよ。キッドはどっちだと思うの?」
「オレはマックス様に……勝って欲しいな」
含みのある言い方をするキッドだが、なぜか彼は私の顔を見ていた。
私の顔に何か付いてるの?
「はぁ……」
「人の顔見てため息出さないでよ」
「マックス様も大変そうだなと思っただけですよ」
意味がわからないわ。
とりあえず、急に原作キャラ同士の戦いが始まるし、今後の参考のためにデータを取らせてもらいましょうかね。