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第14話 孤児院の顛末。

 

「う、うわぁあああああっ!!」


 温かな日差しが降り注ぐとある日の午後。

 課題の禁書解読の本日分を終えた私が屋敷の景観を見栄え良くするために屍人の使用人達に命令して花を植えていると甲高い悲鳴が聞こえてきた。

 広い庭の一部に作られた魔法の試し撃ちをするための空き地に一人の少年が倒れている。


「おや。どうされましたか? これから私の特技である人体破壊戦闘術を教えて差し上げようというのに」

「木人椿が砕けてるじゃねーか! そんなの受けたら死ぬわ!」


 少年が指差す先には最早原形を保っていない木で作られた格闘技の練習道具があった。木人椿とはカンフー映画とかでよくある丸太に枝がついたやつだ。


「はて? 人体破壊戦闘術なので砕けるのは当然では」

「最初は組手ですって言ったよな。つまりアレをオレに使うんだよな」

「……そうなりますね」

「死ぬわボケェ!」


 キレキレのツッコミがメフィストに向けられる。

 ここ最近ですっかりお馴染みとなった光景を見ながら、私は騒がしい彼等を黙らせるために近づく。


「うるさいわよ貴方達」

「聞いてくれよノア!」

「ノアじゃなくてお嬢様でしょ? 使用人なら主人の呼び方に気をつけなさい。キッド」

「へいへい。わかりましたよお嬢」


 お嬢って……まるでヤクザの娘みたいな呼び方しないでよね。

 まぁ、我が家の家業的にはあながち間違いではないのかもしれないけれど。

 キッドという少年はいかにメフィストが理不尽な存在であるかを説明してくるが、それに対する私の答えは一つだけだ。


「悪魔だから人の心がわからないのよ。そいつ」

「本当に面倒くせぇなこの家……」


 同情はするが私はもう諦めている。


「なんでここで働いてんだろうなオレ」


 はぁ……と溜め息吐くキッド。

 彼は所々に黒い部分があるくすんだ黄土色の金髪を掻きむしる。


「行く宛が無いから雇ってあげたんじゃないの。貴方死にかけていたし、帰る場所も無いんでしょ?」


 この少年は例の孤児院の人身売買事件で救出した子供達の一人だ。

 普通の子より魔力が豊富で魔術のセンスもあったせいで特別待遇として別の牢に捕まっていた子。

 衰弱していたので他の子達と一緒に病院に運び込んで治療をした。

 精神的に弱っている子もいて心苦しかったが、捜索願いが出されていた子は親元に帰れるように魔術局が面倒を見てくれることになった。

 ただ、彼だけは事情が違っていた。


「まぁな。名前も故郷も何も思い出せないしな。そもそも最初に浜辺に打ち上げられてるところを人攫いに捕まったわけだし」


 彼は記憶喪失だった。

 年齢の割に多い魔力を持ち、私とそう変わらない年で魔術を使えるセンスがあるのでどこかの貴族の子供かと思っていたのだが、彼を探す人はいなかった。

 魔術局も対応をどうすればいいか悩んでいたところでメフィストがお父様に進言したのだ。

 このまま別の孤児院に入れるのも勿体無いのでうちで雇わないかと。

 少年は話を聞いてすぐに受け入れた。その時に名前が無いと不便なので私がキッドと名付けた。

 これがこの少年が我がシュバルツ家の使用人になった経緯だ。


「五大貴族……だっけ? そんな凄いお貴族様の家ならなんか情報が入ると思ったんだけどな。死体だらけで悪魔を飼ってるなんて知らなかったぜ」


 初めてシュバルツ家に来た時に屍人の顔のベールをめくって腰を抜かしたんだっけ。

 一般人の反応を見れて新鮮な気持ちになれたわ。


「お嬢様にはこのメフィストがついていますが、今後は私が側に居られないこともあるでしょう。その時にお嬢様をお守りするのがキッドの役目です」

「へいへい。衣食住を貰った分はきっちり働きますよだ。……でも、オレが子供だってこと忘れないでくださる?」


 メフィストとしては彼を早く一人前にしたいんだろうけれど、つい最近まで牢に閉じ込められていた子供にさせることじゃないわよね。


「メフィスト。少し手加減をしてあげたら?」

「こればかりはお嬢様のご命令でも聞けませんな」


 そもそも私の命令を素直に聞いてくれた回数が少ないと思うけれど。

 どうにも譲る気は無いようだ。


「そこをなんとかしてちょうだい」

「キッドの成長を遅らせるというのなら、護衛対象であるお嬢様の方を鍛えなければなりませんね。具体的には今までの倍の稽古を」


 メフィストの言葉の途中でキッドの肩に手を置いて私は笑顔でこう言った。


「キッドくんファイト」

「諦めんなよ!」


 だって嫌だもん。

 せっかくこの世界で子供に戻れたのに毎日鍛練だの勉強だので息が詰まってしまう。もっと自由に遊び回ったり観光したりしたいのに許してくれないのだ。

 せめてゆっくり本を読んだりティータイムを楽しむくらいは許して欲しい。


「ほら。ちゃんと鍛えて私を守れるくらい強くなったらご褒美をあげるわよ」


 中々諦めてくれないキッドにそっと耳打ちする。

 ピカピカのかっこいい剣とか大きな城の模型でも買ってあげよう。

 公爵家だけあってお金は沢山あるのだ。


「……ちっ。しゃーねーな」


 ほら男子ってばチョロいわね。

 私だったら褒美なんていらないから休ませてと断固拒否するし、ボイコットしてやる。


「……ご褒美って……そういうこともありだよな……」


 何か小声でぶつぶつと言うキッド。

 やる気が出るのは結構だが、あまり軽く約束をするものでは無いですよと私に注意するメフィスト。


「ではメフィスト式人体破壊戦闘術、通称メフィスト神拳を教えましょう」


 大丈夫かなその名前。もっとまともな名称は無かったのだろうか。


「かかってこいやぁああああああああっ!!」


 急にやる気になったキッド。

 しかしまぁ、戦闘経験も無い子供が大人の、それも長い間生きている悪魔のメフィストに敵うわけもなく地面を何度も転がることになったのは言うまでもない。


 いや、ちゃんと手加減はしてあげるのねメフィスト。


 こうして私の日常は徐々に騒がしいものへと変わっていくのだった。


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