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第116話 マックス・グルーンの覚悟。

 

「かっかっかっ。よう逃げるわい」


 老人の笑い声と共に僕らを追いかけてくる呪いの弾丸。

 ノアさんのに比べれば威力も、与えられる呪いのレベルも低いに違いない。

 だけど、


「ヴァアアアアア!!」

「くっ!」


 近くの建物の屋根から何かが飛び降りてきた。

 それは四足型魔獣を模した姿をしていながら人の顔が無理矢理継ぎ接ぎされた醜悪な化け物だった。


「ゾンビと魔獣の融合。名付けてキメラじゃ」


 既に何体か倒したけど、キメラと呼ばれる怪物はとにかくタフで一度や二度の攻撃では死なない。

 おまけに人間の頭がくっついているせいなのか魔獣なのに知性のある動きをする。


「ほれ、逃げろ逃げろ」


 ヒュドラは僕を追い詰めることを楽しんでいる。

 最初の一撃以降にあいつが使う呪術は低級なものでメインはキメラによる攻撃だ。

 前回、僕が玄武を使ってした呪詛返しを恐れているのかもしれない。

 だから呪いではなく物理的にキメラが持つ鋭い牙や爪で殺しに来ているのだ。


「こんなものを作って、どれだけの人達を犠牲にしたんだ!」

「全ては魔術の発展のためじゃ。この研究の果てにある生命の神秘を解き明かすための」

「お前がやっていることは命の冒涜だ!」


 キメラにされた人達の中にはまだ幼い子供の顔もあった。

 共通しているのは彼らがみんな苦痛に顔を歪めているということだ。


「絶対に許さない」


 拳を強く握って僕はヒュドラに向き合う。

 キメラに追われて逃げていてけれど、ただ闇雲に逃げ回っていたわけじゃない。

 玄武門から東側に進めば魔術学校の敷地に着く。選んだのは周囲が開けている演習場の一つだ。


「とうとう観念したようじゃの。こんな場所に逃げ込むとは」

「いいや、逆だよ。ここでお前を倒す」


 街の中で僕が本気を出してしまうと周囲の建物に大きな被害が出てしまう。

 壊れた建物を利用する方法もあるが、崩れた瓦礫の下に人がいたら巻き込んでしまうから止めた。

 誰もいないただの広いフィールドが僕が本気を出せる戦場になる。


「できるものならやってみるんじゃな。いけ、キメラ達よ!」


 僕を取り囲むキメラの数はおよそ三十体。

 四足歩行の素早いタイプや熊のような魔獣の姿のキメラまでいてバリエーションが多い。

 ヒュドラ自身は獅子の体に山羊と人間の頭がついたようなキメラに跨っている。

 これだけの数に襲われては五大貴族の人間とはいえ防ぎ切れるものじゃない。


「その小僧を喰い殺すのじゃ」


 加えて僕は既に玄武門を開けたり玄武を召喚したりで魔力を消費している。

 エリンさんがすぐ側にいてくれたら体力も魔力の回復もできたかもしれないが、いないものは仕方ない。

 彼女はこんな奴を相手にしている暇なんて無いんだから。


「小僧の次はローブの女じゃ。あっちは実に興味深い素質があるから解剖のしがいがあるわい」


 ヒュドラの興味は死にゆく僕のではなくエリンさんに向いているようだ。

 王家の生き残り、聖女を継ぐ者、女神の化身。

 ただ平和に暮らしていた女の子には重すぎる運命を背負い、一番の友人を亡くしなからも前へ進む彼女にこんな外道の相手はさせられない。

 だから僕がこの場で終わらせる!


「デザートヘル!!」


 両手を地面に叩きつけ、残っていた魔力のほぼ全てを使った魔術を発動させる。

 キメラが立つ地面を対象にして発動させたのは範囲型の土属性の魔術。


「ヴァ!?」

「ギギッ!」


 一斉にキメラ達が悲鳴を上げる。

 彼らは突如砂へと変化した地面に沈み始めたのだ。

 逃げようと必死になってもがくけれど、暴れると余計に砂に沈むのがこの魔術の恐ろしさだ。


「おのれ! この場を選んだのはこのためか!」

「あぁ、そうさ」


 小さな体のキメラはあっという間に砂に沈んで姿が見えなくなった。

 この魔術は敵が身動きを取れないようにしてそのまま生き埋めにする。

 キメラとはいえ頭まで砂に浸かれば呼吸すら出来ずに死ぬ。


「あまり使いたくは無かったんだけどね」


 範囲が広くて味方を巻き込みかねないし、場所も限定されてしまうから今まで使わなかった。

 それに苦しみながら生き埋めになる姿を僕はあまり見たく無かった。

 でも、相手が人以外なら遠慮は必要ない。


「大人しそうな顔をしてエグい魔術を使いよる」


 そのまま一緒に沈んでくれたらよかったのに、ヒュドラは乗っていたキメラから砂になっていない地面へと飛び降りてしまった。


「キメラはゾンビと違って増えんし、手間もかかったのに全滅とは……許せんぞ」

「許してもらうつもりはない。お前にこれ以上命を弄ばれるくらいならここで終わった方がよかったと思うよ」


 青筋を浮かべ、鋭く睨みつけてくるヒュドラ。

 魔力が切れかかっているのを見破られないように冷静を装うけど、呼吸が乱れそうだ。


「こうなればワシがこの手で殺してやる」


 ヒュドラの両手に禍々しい呪いの塊が浮かび上がる。

 あの攻撃をまともに受けてしまえば僕は死んでしまうだろう。


「ワシとあのお方が作る新世界をあの世で見ておくがいい!!」


 僕めがけてとてつもなく大きな呪いを放とうとするヒュドラ。

 自分の魔術のせいで周囲は砂だから避けようにも足がとられて二度目は避けられない。

 玄武を呼び出さない限り今の僕に対抗手段はなく、ただ死を待つだけ。


 ──あぁ、きっと向こうでノアさんに叱られちゃうな。でも、また君に会えるならそれでも……。


「そうはさせねぇぜ!」

「なっ!?」


 ヒュン、と音がして飛来する矢。

 一切ブレることなくあり得ない速度で放たれた渾身の矢はヒュドラの腕を吹き飛ばした。


「ワ、ワシの腕が!」


 風の魔術によって強化された必殺の攻撃。

 優れた視力と身体能力、そして魔術師としての強さがあってこその芸当。


「マックス兄ちゃん無事か?」

「助かったよフレデリカちゃん」


 敵を欺くために素顔を見せないように被っていたフードを外し、弓矢を構えていたのは僕の友達の妹だった。


「アタシがいなかったらヤバかったぞ今の」

「城に向かってくれって言ったのにわざわざ追って来てくれたんだ」

「マックス兄ちゃんを置いて行けるかよ」


 キメラから逃げる時に彼女には頼み事をして無理矢理別れた。

 魔術で土の壁を作って逃してあげたつもりだったのに面目ないな僕。


「マックス兄ちゃんの守りたいって強い気持ちは認めるけど自分自身の安全も考えないとだぜ?」

「善処するよ」

「嘘ついたら一日中アタシと組手な」


 どうやら長い付き合いのこの子には僕の考えなんてお見通しみたいだ。

 ノアさんに憧れて色々頑張ってはいるけど何かと自分は後回しにしがちだからね。痛いところを突かれた気分だ。


「おのれおのれおのれ!」

「コイツが姉御の言ってた黒魔術師か」


 両腕を失って出血し、地面に座り込んでいるヒュドラ。

 フレデリカちゃんは僕を心配しながらも弓に矢をつがえたまま警戒している。


「よくもワシの腕を……これでは魔術の研究ができないでわないか」

「そんなロクでもねぇ研究はできない方が世のためだぜ」

「何も知らん小娘めが!」


 ただでさえ顔色が悪かった老人の肌が土色へと変わっていく。

 歳をとっても魔術の腕は衰えなくてもこの怪我は体にとって致命傷のようだ。


「許さん。許せんぞ!」

「その姿じゃロクに魔力すら操れねぇだろ。大人しくくたばってろってんだ」


 血走った目で僕らへと怨嗟の声をかけるヒュドラ。

 狂気に染まり多くの人を犠牲にしながら禁忌を犯した魔術師の恐ろしさにたじろぐ。


「ちっ。余計なことすんじゃねーぞ」

「待ってフレデリカちゃん! 近づくな!」


 警戒を強めたフレデリカちゃんがヒュドラを拘束しようと近づき、嫌な予感がした僕は彼女を引き留めようとした。


「死ぬなら道連れじゃ」


 だけどそれより早くヒュドラが動いた。

 奴の体が急速に膨れ上がって破裂する。

 周囲に血を撒き散らすかと思ったら、肉体は黒い泥のような姿に変わったのだ。


「きゃああああっ!!」


 飛び散った黒泥は触れたものを汚染する呪詛の塊だった。

 緑の草木が枯れて地面はひび割れ穢れてしまう。

 そんな黒泥をフレデリカちゃんは正面から浴びてしまい、悲鳴を上げて地面に倒れ込む。

 僕は魔力を足裏に集中させて砂の大地に沈まないよう蹴り飛ばしながら駆け出した。


「フレデリカちゃん! しっかりして!」


 急いで彼女に近づいて容体を確認する。

 黒泥がかかった部分にできた痣が火傷のように熱を持ちフレデリカちゃんの体の半身が呪詛に蝕まれかけていた。

 シュバルツ家に次ぐ黒魔術の自爆技というだけあって即効性があり、このままだと命に関わる。


「ノアさん……じゃなくてエリンさんに早く診せないと!」


 これだけの呪いをどうにか出来る人物を僕は彼女達以外に知らない。

 だけど今からエリンさんのいるところに運んで間に合うのか?

 まだ王都の各地で戦闘が行われている中を重傷者を背負って切り抜けれるのか?


「どうしよう。僕はどうすれば……」


 苦痛に歪む彼女が舌を噛まないよう布を咥えさせながら手持ちのポーションをふりかける。

 だけどただの怪我じゃないから効果がない。


「僕なんかじゃやっぱり……」


 あの頃の記憶がフラッシュバックする。

 幼い僕、苦しむ母さん、諦めた顔の父さん。

 泣き虫で何も出来なかった自分と決別したくて一生懸命に頑張って来たつもりだった。

 目の前で苦しむ人を守ろう決意し、修行を重ねて玄武を呼び出すことにも成功したのに。

 僕は何も変われていなかった。あの頃のままの無力な子供だ。


「……しっかりしろよ兄ちゃん」


 腕の中から声がした。

 フレデリカちゃんが布をズラして喋ったのだ。

 普段の彼女からは考えられない弱々しい声だった。


「じっとして今は耐えるんだ」

「アタシはもう長くない。わかるんだそういうの」


 ピクピクと今も痙攣を繰り返す体。抱き上げている体は高熱を発している。

 それでも彼女は口を開いた。


「兄貴やエリンを頼む。アタシにとって一番頼りになるのは兄ちゃんなんだ」


 違う。僕はノアさんみたいにはなれない。

 ノアさんがいてくれたらみんなを助けられたかもしれないけど、僕なんかじゃ誰も救えない。

 魔力はもうないし、ティガーくんやグレンくんみたいに素手や剣で戦うのも得意じゃない。

 聖獣も呼び出せない僕には何も救えないんだ。


「泣くなよ兄ちゃん」

「ごめん……ごめんよ……」


 フレデリカちゃんの体にできた黒泥の痣が全身へと広がっていく。

 僕は泣きじゃくりながら彼女を抱きしめる。

 ノアさんが死んだ時はまだ僕より悲しむ人が沢山いたから耐えれた。

 でも、ここに僕しかいないと自覚すると涙は堪えられなかった。


「でもまぁ、最後が兄ちゃんと一緒でよかった」

「フレデリカちゃん?」

「兄ちゃんってば鈍感だからな。アタシが兄ちゃんのこと好きなの気づいてなかっただろ」

「それは……」


 言葉に詰まる。

 僕はノアさんが好きだ。

 色々な女の子に声をかけられても好きな人がいるからと断って来たし、断り方に悩んでフレデリカちゃんに相談したりもした。

 そんな僕のことを?


「だから今言っとく。返事はいらないけど……やっぱ最後にフラれるのは嫌かな」


 たはは、と乾いた笑みを苦しそうに浮かべるフレデリカちゃん。

 彼女は自分の死を悟っている。

 この場に誰もいないから僕が看取らないといけない。


「僕なんかへの言葉よりもティガーくんや家族に遺す言葉を」

「僕なんかじゃねーよ。兄ちゃんが凄いやつだって近くで見てきたアタシが言うんだ。だから自信持ってくれよ。優しくてカッコいい兄ちゃんがアタシは好きなんだ……」


 今にも閉じてしまいそうな瞳が僕を見ている。

 彼女にはきっと僕じゃない僕が映っているのだ。

 その期待が今は重たい。

 弱々しく震えている手がポンと頭に置かれ、僕を撫でた。


「だからしっかりろよ、マックス」


  ポトリとゆっくり手が落ちていった。

 気力で耐えていた呪いが全てを塗りつぶした。


 しっかりしろ。


 いつだって僕はそう言われ続けた。

 小さい頃から母さんに言われ、あの時もノアさん同じことを……。


「──っ!!」


 脳内に電流が走る。


「まだだ!」


 思い出す。あの日の事を。


「まだ手はあった!」


 絶望して全てを諦めたしまった時、今と同じ状況で何が起きたのかを。


「僕はそれを知っている」


 賭けとしては最悪だけど、やってみる価値はある。

 僕は自分で何も出来ないと諦めていたけれど、まだやっていないことがあった。


「諦めるなら全てを出し切ってからだ」


 そうだよねノアさん?


「フレデリカ。君だけを苦しませないよ」


 持っていたポーションを全て僕が飲み干す。

 必要なのは僕の体が耐え切ることだ。

 ぶっつけ本番で、成功する確率が低くてもやらなきゃ何も変わらない。


「僕も君の苦しみを請け負うから」


【呪いを確認。起動する術式によって干渉を開始】


 母さんのことがあって以降、黒魔術については調べていた。

 ノアさんと仲良くなってシュバルツ公爵とも話す機会があった。

 ヒュドラ・ノワールの事件からはより詳しい情報の共有をした。

 だから僕の得意な知識集めだけは終わっている。


【呪いへの接続を確認。呪詛の対象を……】


「君の憧れたヒーローは本物だって証明してみせるから戻ってこいフレデリカ!!」


 あぁ、女神様。どうか僕に力を貸してください。


 かつてこの世界を作ったとされる神に祈りながら僕の意識は暗闇へと落ちていく。

 その途中で見えたのは誰かにそっくりな女神が違う誰かに似た顔でサムズアップをしている奇妙な光景だった。






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