第112話 玄武門の戦い(マックス視点)
「聖獣使いが来たぞ! 撃て!!」
王都北部、玄武門の外壁の上から魔術が雨のように降り注いでくる。
一緒に行動していた魔術師達が悲鳴を上げたり逃げ出そうとするのを僕は制止する。
「玄武から離れないでください! 玄武の防御結界はこの程度の攻撃じゃ破れません」
僕が立っているのは聖獣の中でも一番の巨体を持つ巨大な亀の甲羅の上。
ブルー公爵家に協力している東部領の貴族達の攻撃は玄武を中心に展開されている結界によって阻まれている。
他のみんなと違って僕の玄武は強い攻撃力もないし、機動力もない。
ただ頑丈な体と魔術への耐性による防御力でじわじわと進撃するスタイルだ。
「ちぃ! このままじゃ連中が門の前に辿り着いてしまうぞ」
「構わんさ。いくら聖獣とはいえこの分厚い扉を破壊することは出来ん。それに門と王都には魔術が施されていて外からは開けられないそうだ」
「なら一方的に撃ち続けて敵を削れば勝てるぞ!」
敵は怯むことなく絶えず攻撃してくるけど、その間に一歩ずつ玄武は進んで門のすぐ前に着いた。
ふぅ、と僕は緊張しながらも甲羅から降りて門に手を触れる。
ここに来る前にロゼリアさんとエリンさんから聞かされた情報を信じて魔力を流し込む。
「我らが都を守護する門よ。【玄武】の主人であるマックス・グルーンが命ずる」
僕ら聖獣使いがバラバラになって行動しているのには大きな理由がある。
この玄武門の担当に僕がなったのは門と使役する聖獣の名前が同じだからだ。
「開門せよ玄武門!!」
僕が魔力を注ぎ込んで門が一瞬だけ光った。
するとガコン、と音がして玄武門がゆっくりと動き出す。
「おい! 誰だ開門したのは」
「知らねぇよ! 勝手に門が開きやがった」
通常であれば騎士団に所属している魔術師や門番の屈強な男達が数十人がかりでやっと開くことが出来る門がひとりでに開いていく。
内側では開かないように閂を使用していたのだろうが、無惨にも壊れてしまった。
「こんな大規模な仕掛けがあったなんて昔の人の技術力には驚かされるよ」
ロゼリアさんとエリンさんから聞かされたのは二百年前に魔女が王都に攻め入ろうとした際に当時の聖獣使いがたった一人で門を開閉して民を避難させたという話だった。
ルージュ家の聖獣使いがそれをやったそうなんだけど、エリンさんが他の門でも同じことが可能だと教えてくれた。
各地の門が聖獣使いの魔力に反応する魔術具だという国家機密級の情報。
どうして彼女までそんなことを知っているのか疑問に思ったけれど、今回みんなが彼女の話を信じて作戦に乗ったのは危険を予知したり誰も知らないような情報を握っていたりしたノアさんとどこか似た雰囲気を感じたからだ。
「全員突撃! 王都を取り戻すんだ!!」
「「「おぉー!!」」」
人が通れるくらいまで門が開いたので僕は先陣を切りながら王都へ押し入る。
僕らの侵入を防ごうとしていた東部領の貴族達は突然の開門に驚いて統率が乱れていた。
「玄武、今だ!」
相手が混乱しているとはいえ戦力の多さや装備の質はこちらが不利。
僕は形勢逆転を目指して玄武に命令をする。
玄武は巨大な亀だけどその尾の部分は二又の大蛇の頭がある。
「「シャアアアアアアアアアアア──ッ!!」」
二頭の蛇が鳴くと、玄武の亀の口から眩い閃光の光線が放たれる。
玄武が覚えているマジックカウンターという大技だ。
ただ相手の攻撃魔術を受けるだけではなく、その攻撃を吸収し、何倍にも増幅してお見舞いする強力な技。
「うぎゃっ!?」
「ひいぃっ!」
陣形を立て直せずに混乱していた敵軍が閃光によって薙ぎ払われていく。
生物としてのあまりの格の違いに驚き敵前逃亡する者が多数現れ、僕達らが玄武門から侵入するのを防ごうとしていた戦力はあっという間にその数を減らしていく。
「っと、……そろそろいいかな?」
ひと通り敵を蹴散らしたのを確認した僕は玄武を退去させる。
聖獣を召喚するのには膨大な魔力が必要になる。ましてやその状態で魔術を使い続ければあっという間に魔力切れで身動きが取れなくなる。
門を開けて王都に入るという任務は達成したからここからは敵との戦闘を避けながら王城を目指す。
「マックス様。この場や避難民の者達は我々にお任せください」
「後を頼みます」
囚われているであろう貴族の家族や西部領からの避難民はついて来てくれた北部領出身の魔術師達に任せる。
そこかしこで魔術師同士の戦闘が始まる中、離れた遠い場所から爆発音や巨大な火柱を見つけた。
朱雀門や白虎門が開いて同じように戦いが始まったようだ。
「ここからは僕ら二人だけになるけど気をつけて進もう」
「……(コクリ)」
全身をすっぽりローブに包んで顔が見えないようフードを深く被った彼女の手を取り、瓦礫の山を通り抜ける。
玄武門は騎士団も出入りしている場所だからもっと大勢の兵が待ち構えていると思っていたけど、これはロゼリアさんの読み通りに朱雀門に向かったみたいだ。
「くそっ。行かせるものか!」
「道を開けてもらいます」
ローブで素顔を隠した彼女と違って僕は顔が割れているので貴族風の魔術師がこちらを攻撃してくる。
しかし、玄武を召喚していなくたって僕は五大貴族の人間だ。
周囲の戦闘で崩れた建物の瓦礫に触れて巨人の腕へと変形させる。
「ギガントスイング!」
極太な木の幹くらいに大きな腕が振るわれて敵の魔術師を何人もまとめて吹き飛ばして気絶させた。
こういう対人相手の戦いは苦手なんだけどなんとかなりそうだ。
「先を急ごう」
魔術師同士の戦いで綺麗だった王都の街並みが壊れていく。
こんな戦いを早く終わらせるために頑張らないと。
決意を固めながら走っていると、突如隣にいた彼女から腕を引っ張られた。
「うわっ!」
急に引っ張られたせいで僕はバランスを崩して転倒しそうになる。
いきなり何をするんだ? と考えたのは一瞬だけだった。
ヒュン! と今僕が居た場所に黒い泥のような塊が飛来して地面をぐずぐずに溶かした。
「これは……呪い!?」
毒物かと警戒したけれど植物に詳しい僕の知っている臭いはしない。
ただ禍々しさと強烈な嫌悪感、聖なる獣と接しているからこそ分かる不浄な魔力。
間違いなく僕を殺すために放たれた呪詛の塊だ。
「かっかっかっ。一撃仕留めてやろうと慣れん隠密までやってみせたのに失敗してもうたわい」
しわがれた声がすぐ近くの建物の影からする。
ゆっくりと影に波紋が広がり中から人が迫り上がってくる。
「まぁ、一撃が当たって即終了というのも味気ないものじゃ。長く苦しませて殺せるようになったと思えば避けてくれた助かったということにしておくか」
禿げ上がった頭に干涸びた死体のような骨と皮しかない弱々しそうな肉体。
黒く濁った瞳に顎から伸びた長い髭が真っ白な枯れ木のような老人が笑う。
「よっ! 久しぶりじゃの」
気さくに手を挙げてふざけてくる老人を見て僕の感情はぐちゃぐちゃになる。
だってコイツだけは忘れられないし、絶対に許せない相手だったからだ。
「ヒュドラ・ノワール!!」
側にいる彼女を守りながら王城を目指す僕の前に、かつて母さんを呪い殺し、ノアさんを襲った邪悪な黒魔術師が現れた。