昨日と同じ今日
「綾子さん、ちょっとちょっと待ってくださいーっ」華は綾子に引きずられるように「ライトハウス」に入った。
「フゥー」ライトハウスの店主はカウンター席につくと、大きく息を吐き出した。華は怪訝な表情を浮かべて綾子の隣の席に腰を下ろした。
「・・・綾子さん、大丈夫・・・ですか?」カウンターの奥に内田南が心配そうな表情を浮かべて囁くように訊いた。
「あっ、南ちゃん、心配かけてゴメンね。大したことなかったのよ、ねっ華ちゃん」
「うーん・・・」華は掴まれた左腕を右手で摩りながら困ったような眼差しを南に向けた。
「ちょっと疲れが出ただけなのよ。大丈夫。ところで南ちゃん、あれからお客さん来たかな?」
「はい、猪口先生がコーヒーを飲みに来られました」
「エッ! 猪口先生が・・・・・・」綾子の反応に華と南は少し驚いた。
「猪口先生はコーヒーを一杯飲まれて、すぐ帰られました。それからお店の今日の精算は済ませてあります」
「ありがとう。アラッ、もう六時を回っているわね。華ちゃん、お礼にコーヒー一杯淹れようか?」綾子はカウンター席からシンクの前に移動した。
「いえ、もう私は帰ります。綾子さん、無理しないで早く休まれたほうがいいですよ、ねっ南ちゃん」華と眼が合うと南は頷いた。
「わかったわ。じゃあ南ちゃん、上がっていいわよ。華ちゃん、さっきはありがとう」
「いえいえ、どういたしまして。それじゃあ私、帰ります。南ちゃん、バイバーイ」華は南に軽く手を振った。南はそれに応えるように小さく手を振った。元気な女子高生が店を出て行くと、店内は静かになった。
「・・・綾子さん、お先に失礼します」
「お疲れ様」南は店主の声を聞いてライトハウスから出て行った。
綾子は厨房に入ると、自分のためにブルーマウンテンコーヒーを淹れた。音もなく店の木製ドアが開き茶色いスーツを着た猪口権が入ってきた。そして綾子の目の前のカウンター席に腰を下ろした。
「綾子さんと同じコーヒーを一つ」
「猪口先生・・・・・・。もう営業時間は終わっています」
「綾子さん、僕はねえ、白石の弔いに行って疲れている。だから、そのブルーマウンテンコーヒーを飲みたいのさ」
「えっ?」
「だからさ、東山校長がキャンキャン言って、城北高校として白石の死体を焼きたがったんだよ。僕は仏を信じる身だからさぁ、あんな悪者でもちゃんと弔わないといけないと思っていた。白石は執念深くて嫉妬深いからね、彼の頭は空っぽのくせに。あいつは弔わないと化けて出てくるよ。僕なんかは天才だから絶対呪われてしまうんだ。ほら、白石が欲しがっていたものを僕はたくさん持っているだろう。頭が良すぎるのも困りものだよ」
「・・・・・・はい」綾子は壁に掛かっている丸い時計を見た。時計の針は七時を回っていた。
「白石はねぇ、自分が空っぽだと思っている女を見つける才能だけはあったんだ。あんなクズ男でも何らかの取柄があるっていうのは、神様の悪戯だと思うよ。酷いよね、神様も。そして、あいつは学校の外でもそういう空っぽな女を見つけては虐めていた。あのAFZ社員の村上玲って子も白石の毒牙にかかった哀れな女だよ。村上玲、知ってるでしょ?」猪口教諭は顔面を紅潮させて喋った。
「さあ・・・」綾子は目の前にいる中年男の話の内容が分からなかった。分からないけど聞いてしまっていた。
「なんだ。村上玲も知らないのか。馬鹿だな、お前は! あの水樹晶がAFZでナイフを突きつけた女じゃないか。そのデカい頭は働いていないのか? まあ僕はAFZの高梨営業本部長と懇意にしているしねぇ」
「すみません」叱責。
「綾子さん、あなたと同じように頭も心も空っぽな村上玲をねぇ、先日僕は救おうとしてあげたんだよ。いつも欲情していた変態男みたいに下品なセックスはしないけどね。僕ぐらい知性があると精子をいちいち女に注ぎ込むなんてことは、もったいないじゃないか。僕の極めて優秀な遺伝子を受け取る女はとても限られている。この世界に数人しかいないよ。そう思うでしょ、おい、綾子?」
「アッ・・・はい」飯塚綾子は体温が下がったように感じた。だがその場所を離れることはできなかった。
「何だよ、その気のない返事は。綾子さん、ちょっとこっちに顔を出してよ」綾子は言われるままに顔を猪口権の前に突き出した。すると国語教師は右手でむんずとカフェの女性店主の太い首を掴んだ。
「ううっ」綾子の唸り声が聞こえた。座っている猪口権は右腕だけで、がっしりした体格の綾子をカウンターの奥から引きずり出そうとした。綾子は首を絞めあげている猪口権の右手を振りほどこうとしたが万力に挟まれたように動かない。ブラウスとジーンズを身に着けている彼女の体はカウンターの上を滑り猪口権の隣の席に収まった。しかし相変わらず中年男の強い力で首は絞め上げられている。綾子の意識が遠のき始めたとき、彼女の首を掴んでいた手の感触がなくなった。それと同時に新鮮な空気が彼女の口と鼻から胸に入ってきた。
「ハァーアー、ハァーアー、ハァーアー」首を絞められた女は両手をカウンターに置いて目を瞑り大きく呼吸を繰り返した。その肉厚の体躯は小刻みに震えていた。
「痛みは生きている証でしょう、綾子さん。ヒヒヒーッ」猪口教諭は満足そうに笑っていた。
「・・・・・・」綾子は赤くなった首を押さえながら小さく頷いた。
「しかし村上玲の肌触りとはえらく違うなあ。ひょっとして綾子さんは薬をやっているのかなぁ」
綾子は力なく首を横に振った。
「本当かなぁ」店の営業時間を無視している客は微笑みながら黒いコーヒーカップに大きな口を付けた。
「うーん、不味いですねぇ。綾子さん、これほど不味いコーヒーを淹れることができるのは、ある種の才能ですよ、ヒヒヒッ。南ちゃんに教えてあげたらどうですか? あなたが淹れたコーヒーは、嫌な客が二度と来ないようにするには効果抜群ですよ。あの味覚音痴の白石でも綾子さんの淹れたコーヒーを飲んだら、この店には来なかったかもしれない。ヘヘーッそう思いませんか、綾子さん?」猪口教諭は大きな口をへの字に曲げながらも黒茶色の液体を体内に流し込んだ。
「はい・・・」ライトハウス店主は目の前の客にコーヒーを淹れた記憶がなかった。綾子の視界は霞がかかっているようだった。しかし隣の席に座っている男の目の茶色い光だけがくっきりと見えた。
「何ですか、綾子さん、そのだらしのない眼は。あの宮森華さんとは大違いですね。お前の眼は全く意志というものが無いな。屠殺場に行くのを待っている豚みたいだ。おい、豚女!」猪口権の左手が綾子の黄色い首を掴んだ。
「アッ!」綾子の体は猪口権の左腕を伸ばしただけで宙に浮いた。
「ウーン、村上玲ちゃんの倍くらいの重さがあるなぁ。太い材木を持っているみたいだ。おい豚女、気持ちいいだろ?」国語教師は楽しそうに差し上げた女の顔を見つめた。鰓の張った女の顔は、最初は紅くなったが徐々に青白くなり、赤紫の舌が口の中から這いずり出てきた。そして肉厚の体が小刻みに震え始めた。
「ケッ! また首を絞められて喜んでいる。本当に変態豚だな」猪口権はゆっくりと隣の席に飯塚綾子を下ろした。
「ハァーアー、ハァーアー、ハァーアー、ハァーハァ」綾子はカウンターに突っ伏した。その頑丈な体は痙攣していた。
「おい、ご主人様がお前の淹れた不味いコーヒーを飲んでやっているんだぞ。勝手に一人で気持ち良くなって寝ているじゃない! この変態豚女!」猪口権は綾子の茶色の髪を左手で掴み彼女の顔を引き上げた。そして彼の前にあった布のお手拭きをカフェの店主の喉の奥まで捻じり込んだ。
「ウウッーッ」
「ご主人様が顔を拭いたお手拭きだ。ありがたく味わいなさい。そうすると綾子さん、あなたの下劣な味覚も少しは改善するかもしれないでしょう。ヒャヒャヒャー」
「オェー!」強烈な吐き気を催した綾子は口から唾液に濡れたおしぼりを吐き出した。
「コラァ、せっかくご主人様が使ったおしぼりを吐き出すとは、けしからん豚だな。そうか、このおしぼりよりも、僕の匂いが浸み込んだ靴の方がお好みなのかな?」
「ハアァハァハァ」ウエーブのかかった茶髪を掴まれている綾子は虚ろ目で自分を蹂躙している男を見た。(あの匂いのきつい靴をまた口に入れられるのだろうか? 気持ちの悪い匂いだけど、どこか懐かしい匂い・・・。でも私は何故こんなことをされているのだろう・・・・・・)彼女は断片的にしか思考が浮かばなかった。下腹部から身が裂けるほどの快感が頭頂まで走り、体はガクガクと震えた。(もう私は死んでもいいかもしれない)目の前の小さな茶色い眼が冷たく光った。
「綾子さん、一番気持ちが良くなる方法を教えましょうか? 極限の痛みがあれば限界を超えた快感を生み出しますよ」猪口権の顔は何の感情も無かった。
「ハァハァ、極限の・・・痛みって・・・何ですか・・・・・・」綾子は涎を垂れながら訊いた。その透明な粘液はベージュ色のブラウスが盛り上がっている胸の辺りに沁み込んだ。
「何だ、そんなことも分からないのか? 小賢しいことを言っているわりには脳が働いていませんねぇ。僕があれほどヒントを与えてあげたのに」国語教師は深くため息をついてまたコーヒーを飲んだ。
「・・・・・・ヒント?」虚ろな眼をした女は俯いて涎を垂れながら呟いた。
「ヒントはコレですよ、綾子さん」呆然としている女は茶髪を強く引っ張られ顔が上に向いた。いきなり口の中に饐えた匂いのする革靴が突っ込まれた。
「ヴオーゴッッッ」綾子は激しく噎せたが、喉の奥まで突っ込まれた革靴は微動だもしなかった。
「何だい、その下品な声は・・・。本当にあなたは品性下劣ですねぇ。だから下品で不味いコーヒーしか淹れられないんだよ。反省しないといけませんよ、飯塚綾子さん」猪口権は左手で女のウェーブのかかった髪を掴み上げ、右手で革靴を女の口の奥までねじ込んでいた。
「ホラホラ、気持ち良いでしょ」猪口教諭は左手で掴んだ髪で女の顔を固定しながら、右手で女の口に突っ込んでいる革靴を上左右に激しく動かした。
「オェ、ゥヴェー」口の中に革靴を捻じり込まれた女は白目を剥いて小刻みに痙攣していた。




