谷口孔は尊の部屋でカマンベールチーズを食べビールを飲む
谷口孔は高梨尊の部屋の前に立って、黒色のインターフォンのボタンを左人差し指で押した。「ピンポーン」という牧歌的な音の後「少し待ってください」という尊の声がインターフォンから聞こえた。
「カチャ」という鍵が外れた音がするとドアが開き灰色のスラックスに紫の薄いセーター姿の尊が呆れたように孔を迎え入れた。そしてこの部屋の住人は何も言わずにリビングルームへ歩いて行った。
「やあ、エリックも来てたのかい?」黒色のゆったりしたジャージを着た孔は右手に持っていたビール六缶セットを小麦色の食卓に置き木製の椅子に座った。
「スルジャから今日の白石センセーの弔いの様子を訊きたかったデース」
「へぇー、エリックはそんなに白石センセーに興味があったのかい? 美冬ちゃんも弔いに行ったのだから君も行けば良かったのに」孔はそう言いながら缶ビールのステイオンタブを引っ張った。「プシュ」という音と共に白い泡が開け口から湧き出た。孔は慌ててビール缶に口を付けて泡を吸い取ると、そのまま小麦色の液体を喉に流し込んだ。
「ヒャー、仕事を終えた後のビールは美味いねぇ。尊、何かおつまみはないのかな?」
「チーズならありますよ」尊は冷蔵庫からカマンベールチーズを取り出した。
「ハハハっ、悪いねぇ」孔は悪びれずに三角のカマンベールチーズを受け取った。そして銀色の包装紙を剥いてカマンベールチーズの半分を齧りとり口の中に入れた。そして美味しそうに缶ビールを飲んだ。
「あーっ、やっぱりビールとカマンベールチーズは合うねぇ。尊も僕の好みが段々分かるようになってきたじゃないか」
「あれほどねだられると分かりますよ」尊は苦笑した。
「ところで孔サーン。孔サーンはホントに城北高校のセンセーになるのデスカ?」
「そうだよ。僕は物理を教えるよ。白石センセーの後任だ。さっきまで校長室で校長、教頭、阿沼学年主任と打ち合わせしていたのだから」孔は胸を張った。
「大丈夫デスカ?」
「フフフッ、エリック・ハーバート君。君は僕の頭脳を見くびっているね。僕の頭脳は短期間で大学の卒業単位をとったし、大学院にも行かないかって勧められたくらいだ。君たちの授業をすることなんてお茶の子さいさいだよ」
「オチャノコサイサイ?」エリックは首を捻った。
「お茶の子さいさいは物事を容易に、簡単にできるってことさ」孔は楽しそうにビールを一口飲んだ。
「孔サーンはハッタリかますからァ授業は大丈夫デショ。ソーいうことじゃなくてェ、白石センセーのあとダカラ・・・」エリックは孔の隣に座っている尊を見た。
「何だい、尊。今日の白石先生の弔いで変なことがあったのかい?」
「ええ、まあ」尊はグラスの麦茶を一口飲んだ。
「猪口先生のことだろ」孔は面白そうに二人を交互に見た。
「孔サーン、よくわかりマスネーッ!」
「さっき校長室で阿沼学年主任が猪口先生のおかしな振る舞いのことを聞かせてくれたんだよ。尊、クールな君も結構驚いたんじゃない?」
「そうですね。猪口先生はやはり白石先生が亡くなって、かなり変わってしまった・・・」
「火葬場で大きな声で笑ったんだろ、猪口権は」孔は残りのカマンベールチーズを口の中に入れた。そして二十回咀嚼すると柔らかくなったカマンベールチーズを飲み込んだ。それからビールを大量に食道に流し込んだ。
「渡辺サーンも白石センセーにお別れの握手をしたらァ、急にブルブルと震え出したそうデス。白石センセー、死んでも変なチカラがありますゥ」
「フフーン。エリックは死んだ白石先生が気になるのかな。それはジェラシーってことでしょ」孔は二本目の缶ビールのステイオンタブを引っ張った。
「ノーノーノー、孔サーン、違いますヨーッ。僕は渡辺サーンのことが心配だったのデス」
「エリック・アレキサンダー君、それって同じことじゃない?」
尊が「クククッ」と小さく笑った。
「ホワッツ?」エリック・ハーバートは前に座っている孔と尊を交互に見た。
「美冬ちゃんはチャーミングだからエリックが気になるのは当然だねぇ。尊?」
「そうですね」
「オーッ、孔サーンも渡辺サーンのこと、可愛い―ッて言ってましたよッ」
「フフフッ、何だいエリック君。君はこの僕に対してもジェラシーを感じるのかい? そりゃあ僕がカッコ良くて有能な男だから警戒するのは仕方ないけど」
「ソンナこと、思ってませんヨ」
「オーッ! エリック、なかなか言うじゃないか。もっとも僕は城北高校の教師になるので、そんなことをするヒマはないのだよ」
「ホントですか。ドウ思う、スルジャ?」
「さあ・・・孔さんのことだからね」尊は曖昧に笑った。
「何だい、君たち。二人とも人生の先輩に対して敬意が足らないよ。尊、罰としてチーズを持ってきなさい」孔はいつの間にか三つ目の缶ビールを飲んでいた。
「孔さん、飲み過ぎですよ」尊は呆れながら冷蔵庫からカマンベールチーズを取り出した。
「今日は僕の就職祝いだ! ウィーッ」孔は右手に持っている缶ビールを差し上げた。
「スルジャ、コノ人大丈夫ですカ?」
「さあ?」尊は三角のカマンベールチーズを二個、孔の前に置きながら首を捻った。




